15『依頼報酬』
依頼を受けてから一ヶ月、毎日薬を作り続けたことにより、なんとか依頼を達成できた。レーナは一人でこれをやっていたとは恐れ入る。作った薬を箱に詰め、運び出す。アーニーおばさんやサナが周りに声をかけて、大勢の人が魔術ギルドに運び込んでくれた。
「薬瓶が無くなったらウチにいいな! 格安で分けてあげるよ!」
「道具の修理は任せて貰える? レーナさんにも贔屓して貰っていたの」
「サナが忙しいときはアタイがお供についてやるよ」
フィーナ達に次々と声がかけられ、お礼を言われる。よほど切羽詰まった状態だったのか、周りの魔女達には安堵の表情が見られる。
「本当はフィーナやイーナに頼みたかったらしいんだ。けどまだ子どもだし、いくらレーナの娘でも住人全員が頼み込む訳にはいかなかいからねえ。みんな感謝してるんだよ」
アーニーおばさんは喜ぶ魔女達を目を細めながら見つめて言った。その手にはイーナが作ったドレッシングの入った木箱が握られている。
フィーナ達は依頼完了の報告をするべく、魔術ギルドに向かった。魔術ギルドの一階では、大量の荷物と見物人が押し寄せている。
「依頼にあった薬品リストの全薬品です」
フィーナが受付にリストとチェックシートを渡す。受付のステラは目を見開き確認すると、上品な笑顔で頷いた。
「これは確認が楽ですね。ありがとうございます。今日中に納品しますので、明日の午後に報酬を受け取りに来てください」
「え? 報酬?」
フィーナ達は顔を見合わせ、首を傾げた。報酬があったとは三人とも知らなかったようだ。
「はい。分野長直々の依頼をこの短期間でこなすなんて、非常に優秀なんですね。報酬も少なくない額が払われると思います」
見物人達から「おぉ〜!」と驚きの声があがる。分野長の依頼は村全体からの依頼であることが多く、住人の嘆願書によって依頼が実現する。報酬は住人達から少しずつ払われるため、高い報酬となるが、その分難易度が高い。村を壊滅させるような魔物の討伐であったり、外の街との通商交渉だったりと村にとって重要な依頼であるため、失敗は許されない。
今回、分野長からの依頼を受けたのがわずか十歳の見習い魔女だったため、周囲も気が気でならなかったようだ。
「報酬ってお金〜? またローストチキン食べれる?」
デイジーはどうやらあのローストチキンがとても気に入ったようだ。イーナが頷くと、デイジーは跳ねるように喜んだ。
「では、明日の昼にまた来ます」
フィーナ達は跳ねるデイジーを落ち着かせ、家に帰った。イーナが入れてくれたカモミールティーを飲みながら、ゆったりとした時間を過ごす。
達成感と多幸感が身体を満たす。フィーナは前世であのように周りから感謝された事はあっただろうか、と考えたが、まるで思いつかなかった。皆が笑ってフィーナ達を褒めるので、少し気恥ずかったが、悪い気はしなかった。フィーナはこの仕事を心から楽しめると思っていた。
イーナとデイジーも、口には出さないが、時折天井を見つめてはニヤニヤしている。褒めてもらえて嬉しいのだろう。
次の日、フィーナ達は約束通り、昼に魔術ギルドへ向かった。道中、市場を通ると色々な物を渡された。
持ちきれないので気持ちだけ受け取っておくと言って解放してもらった。
ギルドの受付にはステラの他にも錬金術分野長のリリィと見慣れない人がいた。
「三人ともお疲れ〜。依頼達成早かったね〜。ほんとありがと〜」
リリィはフィーナ達に駆け寄ると、手をとって激しく握手した。リリィはまだ雪のように白い肌をしていたが、目の下の隈も消え、頬には赤みが指して、血色が良くなっていた。
「君達が例の三人娘か」
見慣れない人がこちらに向かって会釈した。背はフィーナ達とほとんど変わらず、くりくりとした目に柔らかそうな頬、髪は明るい茶色で、肩までの髪にゆるくウェーブがかかっている。
「私はギルドマスターのデメトリアだ」
「え!? ギルドマスター!?」
フィーナ達が目を見張ると、デメトリアは無い胸を大きく反らしてドヤ顔を作った。
「君達の働きはステラから聞いたぞ。まだ子どもだと言うのによくやったな! ギルドマスターである私が褒めてやろう!」
「は、はぁ……」
正直、フィーナ達とたいして年齢はかわらないように見える。同年代の子どもに上から目線で褒められても嬉しくなかった。ギルドマスターというのも胡散臭い。イーナがギルドマスターは自分の研究に忙しく、滅多に姿を見せないと言っていたので、目の前の子どもはギルドマスターの代役か何かだろうと思っていた。
「む? なんだ、その目は? 私は正真正銘のギルドマスターだぞ?」
フィーナ達のジト目に気がついたのか、デメトリアは不機嫌そうに眉を顰めた。
「でめちゃんはこう見えても五十歳なの〜」
(五十歳!? どう見ても幼女なのに!)
「でめちゃん言うな! おほん! 私は若返りの研究をしていてな。実験に失敗してこの見た目になったのだ。絶対子ども扱いするんじゃないぞ!」
デメトリアは頬を膨らませ腕を組み、そっぽを向いた。その仕草はデイジーより様になっている。リリィは笑いを堪え、ステラは愛らしそうに微笑んでいる。
(案外その見た目を楽しんでるんじゃ……ないよね?)
フィーナは引き攣った笑いを浮かべつつも、見た目子どものデメトリアに会釈した。
「マスター、そろそろ報酬についてお話したいのですが……」
ステラが子どもをあやすようにデメトリアに話しかける。
「お、おお! そうだったな! ステラ、説明を頼む」
「はい、こちらが今回の依頼の報酬です」
ステラは箱から革袋を三つ、カウンターに置いた。ガシャリと重みを感じさせる音が革袋の中身から発せられる。
「報酬は金貨にして378枚です。本来なら756枚なのですが、見習い魔女なので規定通り、正当報酬の半額となります」
見習い魔女は成人した魔女と違い、依頼に失敗してもリスクを負わなくていいため、報酬が減額される。成人魔女は依頼に失敗した場合、違約金を払わなければならないらしい。払えなければ、危険地帯の調査や魔物討伐に向かわされるらしい。なかなか厳しい世界である。
「報酬は半額になりますが、マスターの意向により、今後も薬の生成をお願いしたいとの事で、その都度報酬が払われます」
金貨は一枚でフィーナ達三人の一日分の食事が賄える価値がある。一応この貨幣より上級の大型の金貨があるのだが、レンツで使われているのはこの様式の金貨だ。金自体はそれなりに産出されるらしく、前世ほど価値はないが、それもこの世界の特色なのだろう。
とはいっても378枚ともなると、一年は何もせずとも食べていける。かなりの大金である。さらに継続して仕事を任せられるとなると、一介の見習い魔女が手にすることはない大金が手元にくる。フィーナ達はまるまるとした革袋に唖然としていた。
「何を驚いている。君達は最年少で分野長の依頼を達成したのだぞ? このくらいは妥当な報酬だぞ」
デメトリアが腕を組んで、フンと鼻を鳴らす。
「金貨はこちらで預かることも出来るので、どうぞ受け取ってください」
フィーナ達は相談した結果、革袋一つを受け取り、あとは預かってもらった。革袋一つでも、金貨は百枚以上入っており、三人はホクホクとした顔で帰路についた。帰りに市場で色んな物を買い漁ったのは言うまでもない。