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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
147/221

144『レンツの危機に 6』

 ひんやりと伝わる地面の冷たさ。

 青くさい草の匂いと土の匂いが鼻孔をくすぐる。

 いつから地面で寝ていたのだろうか。

 体は鉛のように重く、力も入らない。

 寝転んだお腹のあたりに尖った石の破片が当たっており、居心地の悪さと鈍い痛みを感じる。取り除こうにも体を起こすことも手を動かすこともできない。


 周囲の音が遠く、うまく聞きとれない。なにやら耳障りな高笑いが聴こえ、うるささと嫌悪感から耳を塞ぎたくなる衝動にかられる。当然それも実行できない。

 耳障りな高笑い以外にも、声が聞こえてくる。つらそうで悲しそうな声。けれど誰かを想う気持ちに溢れた温かい優しい声だ。

 

 意識が混濁する。  

 視界から光が失われていく気がする。一体何が起きているのだろう。意識が薄れていくまでに、何が起こったのかを考えることにする。



「お名前、教えてくれる?」


 初めに確かそう聞いた気がする。

 言った相手はよく思い出せない。考えるだけで胸糞悪くなるような相容れない相手だったはずだ。

 名前を聞かれて、私はなんと答えたのか。


「いや」


 そんな拒絶の言葉だった気がする。ああ、そうだ。相手はとにかく受け入れ難い性格だった。初対面から嫌悪感が働くような、そんな相手だったはずだ。

 私の返答に相手はどんな反応を示したのだろう。もう少し考えることにする。


「キャハハ。そっかぁ…残念。じゃあ“死んで”?」


 相手はあっさりと私の死を希望した。なんて無礼な人なんだろう。要求が通らないだけで最大級の誹りを言い放つなんて、まともな人間じゃない。

 そうだ。相手はまとも(・・・)じゃなかった。

 

 狂っている。そう判断していたではないか。なぜ忘れていたのだろう。

 狂人の言葉を受けて私はどう反応した?

 どういう対応をした? 

 どんな事が起こった?

 思い出せ。思い出せ。思い出せ。


「――――ッ」


 苦しい。息が詰まる。息ができない。呼吸が出来ない。

 そう、そうだ。あの狂人の言葉を受けてから私は呼吸ができなくなったのだ。

 不安と恐怖でパニックに陥り、地に倒れたのだ。

 その後も相手は「“死んで”“死んで”」と繰り返し、とうとう私は身動き一つすることが出来なくなったのだ。

 体のあちこちから筋肉が奪い取られるような感覚。

 苦しいのにもがくことすら叶わない苦痛。

 木霊する相手の高笑い。

 私を思う誰かの悲痛な叫び。


 腹が立つ。高笑いする相手にも、身動きすることもできないこの体にも、耐え難い苦しさにも、誰かの悲痛な叫びを上げさせてしまった状況にも心底腹が立つ。

 

 何故私は何もせずのうのうと寝ているのか。体は動かずとも頭は働く。考えろ。目の前で高笑いする相手を駆逐する方法を考えろ。

 けどいい方法が思いつかない。思考力が低下している。集中力がおぼつかない。誰かの助言を聞きたい。この状況を打破する信頼できる助言を。



『――――負けないで』


 声が聞こえた気がした。負ける気はない。現にこうやって知恵を絞っているのだから。


『――――諦めないで』


 諦めるつもりもない。こんなところでは終われない。最近せっかく深い絆を確かめ合ったのだから。


『――――頑張って』


 言われるまでもない。私の声で語りかけてもらわなくても分かっている。

 というより、この声はどこから聞こえてくるのだろう?

 


『――――私はここにいるよ。ヒカリ』


 ヒカリ。そうだ。私はヒカリだ。そしてこの声は私であって私でない。

 そう、この声は――――



「――フィーナ」

 


「キャハハハハ、ハ……あれぇ?」


 思考が加速する。呼吸の代替(・・)は成った。体内の魔力はなみなみと溢れんばかり備わっている。私は魔女だ。魔法が使えるのだ。たとえ身体を動かせずとも、目の前の狂人を駆逐することもできるはずだ。



「おっかしいなあ。話せるはずないのに。気のせい? ベラの気のせいかなあ?」


 恐れる必要はない。私には心強い味方がいるじゃないか。この世界に来てから、一度たりとも側から離れたことのない味方が、私の魂の中に。


「まあいっか。そろそろ心臓も止めちゃおっかな」


 意識が覚醒する。

 やはり相手、もといベラドンナは“死の魔法”なんて大層なものを持ってはいなかった。タネが分かれば、滑稽なほどに簡単なものだ。

 だが、タネがわかっても、強力な魔法であることには変わりない。

 この魔法がデイジーやイーナに向けて使われなかったことには心底ホッとする。


「……なーんか嫌な顔。安心した顔しちゃってさ。もういいよ。心臓も止めちゃうから」


「させないよ」


「―――え?」


 私は土魔法でベラドンナの身体を貫く剣山を作り出した。得意な土魔法は私のイメージと寸分違わず再現され、即座にベラドンナの身体のあちこちを穿った。まるで初めからそこにあったかのように突き出た剣山は、深々とベラドンナの肉体を貫いている。


「ぎ………ゴホ」


 肺を突き破ったのか、ベラドンナは悲鳴を上げることもできず、ただ血のあぶくを口からゴボゴボと溢れさせるだけだった。

 ふと、私の体に力が戻る。どうやらベラドンナの魔法が解けたようだ。

 私は体の調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がり、深く息を吸い、吐いた。そして私は思考を再開する。


 ベラドンナの言う死の魔法とやらは、活性魔法系の特殊魔法だろう。恐ろしいところは殺しに特化したその性質だ。

 おそらく、対象の筋肉を麻痺、あるいは強制的に弛緩させる類の魔法だ。私の体に力が入らなくなったのも、全身の筋肉の奪われるような感覚も、呼吸出来なくなったのも、特殊魔法の力なのだろう。

 呼吸するには肋間筋や横隔膜といった筋肉を使用するし、体には骨格筋や平滑筋が至るところに存在する。最初に心筋を止められなかったのは運が良かったと言うべきか。私を侮ったと言うべきか。

 呼吸に使われる筋肉を麻痺させれば、大抵の者が抗えずに死に至るだろう。だが、私の場合、機能形態の知識が備わっているし、魔法によって人工呼吸器の真似事だってできる。呼吸を止められたぐらいでは死なない……はずだ。

 実際かなり危なかったけど。



「ゴホッ……どうじで……」


 ベラドンナの口から大量の鮮血が飛び散る。

 地面に縫い付けられたベラドンナは特徴的な高笑いもせず、畏怖した目で私を見つめつつも、理解できない状況に疑問の言葉を投げつけていた。


「二対一じゃ歩が悪かったね」


「キャハ…ガハッ…わけわっかんない」


 私の意味深な言葉に、ベラドンナはますます疑問を募らせ、それが解消される前に意識を失った。このまま放置していれば遠からず失血死するだろう。

 初めて人を殺したことになるのだろうが、それほど精神的にきつくはない。もちろん気持ちのいいものではないが、どことなく胸がすっとしたのは事実だ。

 数え切れないほどの人間を殺してきた相手に、情けをかける必要はないだろう。 


「フィーナ……大丈夫?」


 私を心配したイーナが涙を浮かべながら尋ねてくる。


「ごめん……姉さん。もう大丈夫」


「良かった……。何が起きているのか見ててもわからなかったけど、なんだかとっても不安になっちゃって……」


「うん。危なかったけどフィーナに助けてもらっちゃった」


「……え?」


 沈痛な面持ちで俯いていたイーナが弾かれたように顔を上げる。きょとんとした顔も我が姉ながら可愛いものだ。


「フィーナの魂は私の中にまだあるみたい」


 弱々しいが微かに存在を感じられる。自分であって自分ではない。そんな曖昧な存在を。


「本当なの?」


「うん。外には出られないけどね。いつか姉さんにも会わせてあげたいな」


「……うん」


 そう言って微笑んだ私に、イーナは泣きながら頷いてくれた。



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