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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
146/221

143『レンツの危機に 5』

 

「ベラドンナの奴め、悪い癖が出おったようじゃな」


 レンツの村からレンツ・ウォールへと続く森の中、一人の妙齢な魔女が忌々しげに呟いた。

 魔女の名はアレクサンドラ。  

 レンツを襲撃した三人目の魔女である。


 アレクサンドラの傍らには意識を失った少女がいた。猿ぐつわを噛まされ、荒縄で手足を縛られ、絶望と悲しみを瞳に宿した少女である。柔らかな頬は泥や擦り傷で汚れ、ウェーブのかかった日だまりのような茶色い髪の毛にはほつれと乱れが目立つ。

 今はこんな姿だが、見た目は可愛らしい少女である。しかし、実際はアレクサンドラと然程変わらない年齢である。

 少女の名はデメトリア。レンツの魔術ギルド、ギルドマスターである。祖曽が他界してから、レンツの運営は実質デメトリアが行ってきた。期待の若手も育ち、村は栄え、交易も盛んに行われ、村はかつてないほど発展し始めていた。

 デメトリアは村に自身の骨を埋めるが如く、身を粉にして働いた。しがない辺境の村のギルドマスターが村の統治なぞ、おこがましいとは感じていたが、周囲にも支えられ、どうにかやってきたつもりだった。


「………」


 デメトリアは酷く緩慢な思考の世界でぼんやりと考えていた。思考は頭の中をぐるぐると際限なく回り、意味のない後ろ向きな事ばかりを考えた。

 状況は絶望的。

 村の周囲に防衛網を張り巡らせ、常に警戒していたはずだったが、甘かった。たった三人の魔女に突破され、簡単に襲撃され、自身はこのザマだ。

 村の運営が安定したら、優秀な後進に譲ろうと考えていたデメトリアだったが、襲撃のせいで築き上げてきた全てが燃やされて台無しにされてしまった。さらに、意識を失う前に見た、目の前の痛ましい状況。 

 デメトリアの心は既に折れきっていて、強く気高かった姿は見る影も無い。

 


 このようなことになってしまったのも、フィーナ達がヴィオの元でレンツの危機を聞かされ準備をしている頃まで遡る。

 襲撃してきた三人の魔女は一直線に魔術ギルドへと押し入り、慌てふためく職員やギルドに用のある魔女達を次々と攻撃。デメトリアは自身の身柄と引き換えに攻撃停止を願った。

 しかし、三人の魔女は捕虜となったデメトリアの前で村に火をつけた。


「やめろ……やめろーー!」


 デメトリアの慟哭は三人の魔女に一笑され、デメトリア自身も拘束された身を足蹴に扱われた。

 屈辱と悔恨の思いに表情を歪めるデメトリアを、三人の魔女は嘲笑った。

 だがデメトリアはこの時はまだ希望を捨ててはいなかった。

 妹のスージーや狩人のサナ、最近デメトリアの背丈を追い抜いたマリーナが助けに来てくれる。デメトリアはその時が来るまで歯を食いしばって堪えた。


 しかし、デメトリアの希望は簡単に潰された。


 追ってきたのはスージーとマリーナの二人。サナは襲撃の際、村の外へと出ていたために参戦出来なかったのだろうと考えられた。

 何はともあれ、これで解放されると安堵していたデメトリアは、呆気なく片腕を飛ばされたマリーナを見て、呆然とした。

 元レリエートの幹部魔女であるマリーナ。若返りによって童女の姿になり、地力は落としたものの、それでも村屈指の実力を持っていた。

 だが追いかけてきたマリーナに対して、三人の魔女は指をさして大笑いすると、あっという間にボロ切れにし、打ち砕いた。


「キャハハ、誰かと思ったらマリン? マリンよね?」


「ふむ。若返りの秘術は実在するようじゃな。良い実験例が見れた」


「弱くなったなあ。もうちっと頑張れよ」


 そこに、かつての同胞といった感情は全くといって感じられなかった。飛んできた羽虫を叩き潰すが如く、ただ造作も無く簡単に、マリーナを半死半生にした。


「スージー! マリーナを連れて逃げろ!」

 

 デメトリアは自身の身の危険など省みず、スージーとマリーナの命だけはと願った。既に自分が助かろうという意識は消え失せていた。

 これに反応したのは呼ばれたスージーだけではなかった。


「お涙頂戴の臭い芝居ね」


「全くだぜ」


 三人の魔女もまた、気分を害されたように不機嫌になり、デメトリアの目と口を塞いだのだ。

 目隠しをされる刹那の瞬間、妹の足が折られた光景が垣間見れ、デメトリアを呼ぶ妹の悲痛な叫びが、光を隠され、闇に落ちたデメトリアの耳に強く残った。強く太い心の芯がポキリと音を立てて折れたように聞こえた。


「ねえ、アレクサンドラ。ちょっと遊んでいってもいいかしら?」


「あ、俺も俺も」


「勝手にせい。儂は先にゆくぞ」



 デメトリアの小さな体はアレクサンドラの肩に担がれ、緩慢な振動が一定のリズムでデメトリアの体を揺らす。  

 話からして今近くにいる敵は一人だけなのだろう。どうにかして縄から抜け出して、自分を担ぐ魔女を倒し、スージーの助太刀をとデメトリアは夢想する。

 だが、デメトリアは身じろぎ一つすることができなかった。


 反抗しようと考えると、吐き気を催す光景がフラッシュバックする。デメトリアの脳裏によぎるのは火の海に包まれた村と、スージーの悲痛な表情だ。


 マリーナは死んでないだろうか。スージーはちゃんと逃げてくれたであろうか。

 

 デメトリアは揺られながら二人を想い馳せ、二度と見られないであろう村の景色を思い出して涙した。声を殺して泣き、零れ落ちる涙は全て目隠しの布に吸い込まれて消えていった。



 そんな時である。

 大気が震えるほどの轟音が連続して響き渡り、一人目隠しされていたデメトリアは「な、なんだ」と慌てふためいた。


「アマンダめ、【二つ名】を使ったのか。どうやら新手とぶつかったようじゃな」


 アレクサンドラの不穏な言葉が耳に入り、デメトリアはびくりと体を震わせた。

 魔女王から付された【二つ名】の恐るべき能力はデメトリアもよく知るところである。

 かつての敵、リーレンは【二つ名】を名乗る以前と以後ではまるで別人だった。幸いリーレンは病に侵されていて自爆のような形で決着がついたが、もし体調に問題が無かったならば、こちらが全滅していただろう。それほどまでに圧倒的な威圧感と存在感を放っていたのだ。


 しかし、アレクサンドラは“新手”と言っていた。あの驚異的なまでに強い魔女に【二つ名】を名乗らせるほどの魔女がレンツにいただろうか。現時点での最高戦力であるスージーが足を折られてまで、アマンダとやらに肉薄したというのには疑問が残る。

 ならば一体誰が、という考えがデメトリアの思考を占拠する。


 

 アレクサンドラの足は止まっており、暫くしてから轟音が続く戦場へと向かう。

 

「やああああ!」


 デメトリアの耳に懐かしい声が木霊した。

 覇気の伴った声に、デメトリアは燃えるような赤い瞳が特徴的な小さな少女を思い出す。そして、その少女の友である二人の少女も。


「ふん。あやつらがマリンを負かしたという見習い魔女達か」


 アレクサンドラの呟きから、デメトリアは確信に至る。

 間違いない。あの声はデイジーだ。いつの間に戻ってきたのかは知らないが、猛々しい咆哮をあげるデイジーが、自分を救うために戦っている。

 デメトリアは嬉しさと不甲斐なさで心を掻きむしられる気持ちになった。


 消え去った希望がまた火を灯し始め、デメトリアは猿ぐつわを噛みながら必死に声を上げた。


「んーーー!」


 私はここにいるぞ、と伝えきれないもどかしさにデメトリアは歯噛みした。担がれた体を芋虫のように動かし、懸命に生にしがみつこうとする。だが―――


「ククク……無駄だ無駄だ。あの程度ではアマンダはまだしも、ベラドンナには勝てんよ。よしんばアマンダとベラドンナに勝ったとしても儂がいる。寧ろ儂に意見するアマンダとベラドンナにはここで死んでもらった方が後々もやりやすいのだがな……」


 アレクサンドラの言葉にデメトリアの背筋が凍る。

 聞こえるのはデイジーの咆哮と連続する破砕音だけ。そこにフィーナとイーナの声は無かった。デイジーが単独で行動しているのか、それとも―――。


「一体何が……?」


 震える声で嫌な想像を打ち消す。


「おっと、そういえば目隠ししたままじゃったな。最後の別れじゃ。特別に見せてやろう」


 アレクサンドラの言葉と同時にデメトリアの目隠しが解かれる。光を取り戻し、眩しさに目を細めて目に広がる刺激を緩和する。


「――――ぁ」


 デメトリアは絶句した。


 最初に目に入った光景は、傷だらけのアマンダと対するデイジーだった。

 アマンダの両腕は振り子のようにだらりと下を向き、腕以外にも至るところから出血している。【二つ名】を使用した魔女をここまで追い詰めるデイジーに舌を巻いたが、当のデイジーも満身創痍で、瞳に光は失ってないものの、ひどく辛そうだった。


 次に目に入ったのは傷を癒やされたマリーナとスージー、そして癒やした術者であるイーナだった。

 マリーナは気を失っているようで、眠りについたかのようにイーナの傍らで横たわっていた。


 スージーは折られた足を治療することなく、ただ呆然と戦場を見つめていた。

 イーナはひどく狼狽した様子で、口元を手で覆い、わなわなと震えている。目に涙を溜めており、今にも決壊して溢れ出しそうだ。


 そのイーナの目線はデイジーとアマンダの戦闘ではなく、別の方向へ向けられていた。

 釣られてデメトリアがその方向を見遣ると、そこには――――


 天を仰ぎ見て高笑いを放つ狂気に染まった魔女と。


 

 倒れ伏したままピクリとも動かないフィーナの姿があった。外傷は見当たらない。だが、フィーナは高笑いする魔女に頭を踏みつけられても身動き一つすることはなかった。


 

「ベラドンナの奴め、悪い癖が出おったようじゃな」


 ここで話は冒頭へと回帰する。

 この光景を見せつけたアレクサンドラに形容しがたい多大な怒りを覚えそうになるが、デメトリアの心は既に限界を迎えており、負荷に耐えきれず、意識を失うことで自我の崩壊を免れた。


 堰を切ったかのように木霊したイーナの叫びを、デメトリアは聞くことが出来なかった。



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