141『レンツの危機に 3』
「デイジー、はいこれ」
「ありがと〜」
息を荒げ、辛そうにしているデイジーに、【魔水】を渡す。
魔力を著しく回復させる【魔水】だが、体への負担が大きい為、一日一瓶までと推奨されている。
速さを重視した肉弾戦を行うデイジーには割れやすい瓶など持たせられないため、必然的に後衛のイーナか、フィーナがデイジーの分まで管理している。
今でこそ製造は国王直下で行われているが、製法を突き詰めたのはイーナである。
イーナによって調製された【魔水】はフィーナやデイジーに最適化されており、王都で販売される【魔水】よりも、より良い効果が望める上に、副作用も現れにくい。
現に、先程【魔水】を飲んだデイジーは魔力切れによる倦怠感から即座に立ち直り、グローブの嵌められた手の動作を確かめるようにプラプラと振り、疲労感を首を回すことで撥ね退けている。
仕切り直しとなった戦場をフィーナは俯瞰して見つめ、最善手を探るために頭を働かせる。
魔力切れを起こしたデイジーが即座に回復したのを、敵方は訝しげに見つめていた。特にアマンダは厄介な事この上ない、といった不満の表情を伺わせており、次にどう攻撃するか迷っているようだった。
一方、フィーナから少し遅れて戦場へと参戦したイーナは戦闘に加わることをせず、見るからに危険な状態であるマリーナの手当に向かっていた。
フィーナはその光景を横目で捉え、痛々しい姿になっているマリーナに申し訳なく思いつつも、イーナならばきっと何とかしてくれるだろうと他力本願な期待を胸に、愛用のステッキを構えた。
「フィーナ、デイジーがもう一回攻撃を仕掛けるから、よーく見ててね」
「わかった」
デイジーの提案に頷き、フィーナは新たに自覚した特殊魔法を意識して行使する。
戦闘中に敵の力を客観的に測るといった器用な事を、デイジーは得意としていない。元々、あまり考えないで自らのセンスと直感で動く少女である。デイジーが提案したのは「自分が行くから、その間に敵の能力を探って」という、ある意味思考放棄の魂胆があった。
だが、それにとやかく言う事はフィーナにはない。接近戦をデイジーが担当し、攻略や作戦をフィーナが考え、イーナが支持を出す。
特殊魔法【集中力強化】を自覚しても、その連携はヴィオを相手にした時以外に崩れたことはない。絶対的な信頼をデイジーはフィーナに寄せ、フィーナもまたデイジーに対して見劣りしない信頼を寄せている。
それがフィーナにとってはとてもむず痒く感じ、しかし心地よいものでもあった。
ちらりとイーナの方を見やれば、イーナが親指と人差し指で丸を形作っていた。
マリーナの片腕は綺麗に再生され、ズタズタだった下半身も血で汚された服以外は綺麗なものである。ローブや帽子、下着に至るまでところどころが破れ、あられもない姿になっているが、本人は気を失っているようで、取り乱す素振りはない。それが幸いなのかどうかは目を覚ました時のマリーナ次第であろう。
イーナはマリーナの治療を終え、そのままスージーの治療へと向かう。
サナから聞いていた三人目が未だに姿を見せていないのが気にかかるが、絶望的な状況が一変したのは確かだった。
「いっくよー!」
仕切り直された戦場が再び動き出す。
デイジーが【獣化】を使わず普段の半分ほどの速さで敵に詰め寄る。普段の半分の速さと言っても、土煙が舞い、地が荒れるほどの速さだ。
普通の魔女が相手ならば、詠唱が間に合わず、デイジーの重い一撃をくらうだろう。しかし―――
「ハッ! 随分とウスノロになっちまったじゃねえか! ナメんなよ!」
アマンダは砕けた両腕をだらりとぶら下げ、地面を強く踏んだ。
同時にいくつものビー玉サイズの石ころが、アマンダの周りに宙に浮くようにして出現し、一つ一つがデイジーに穴を穿とうと高速で発射される。
ただの石とはいえ、機関銃のように無数に、かつ目で捉えきれない程の速さとなると、最早、殺戮兵器である。
デイジーはそれを時には避け、潜り、拳や蹴りで弾いていた。
デイジーによって弾かれた石弾が風切り音を立てながらフィーナの耳元を掠める。しかし、大抵の者が頭を庇い、目を閉じてしまう現状でも、フィーナは気づくことなく取り憑かれたように思考にふけっている。
完全に無防備な状態のフィーナだが、デイジーが上手く牽制しているために、アマンダの攻撃はフィーナに対して届かずにいる。
紙一重で回避するデイジーの一挙手一投足が危うく、目を覆いたくなる光景だが、フィーナは目を細めた表情で固まり、静かな呼吸とともにアマンダという一人の人物だけを見つめていた。
頭が熱っぽくなり、知恵熱でクラクラとしてくる。フィーナは飴玉を懐から取り出して頬張り、アマンダの一見、土魔法と思われる攻撃を解析していく。
「石を飛ばす攻撃、その行程は風魔法によるものだけど、あれ程大量の石を次から次へと……。辺りの地形には特に変化はない。土魔法で石を形成してるんじゃないかも……。だとしたらあの石やさっきの大岩はどこから出したの?」
ブツブツと自問自答を繰り返し、次々と湧き出る推察と推論を自分自身で否定する。そうやって取捨選択することで、フィーナは誰よりも早く“答え”へと行き着く。
ヴィオやイムと模擬戦をした時、フィーナがこうして“答え”と行き着くものだから、相手をしていた二人は揃って苦々しい表情をした。
「既存の土魔法じゃダメ。じゃあ特殊魔法なら? 石や岩石に括る理由は……? 何故もう一度大岩を使わないの? その答えは……?」
口腔内の飴玉を噛み割り、じわりと飴玉の欠片が唾液に溶けていく。
飴玉はヴァイオレット城の台所から大量に拝借してきた。あまりに大量に持ち去られるのを見て、台所を任されていたテッサは慌てふためいていた。「飴玉でも舐めておれ」と発言したヴィオが、その後テッサに怒られたのは言うまでもない。
「うん。解った」
フィーナは頭を冷ますように、手の甲を額へ押し当て、ふう、と息を吐いた。
“答え”が出ればフィーナの最善手が始動する。
フィーナは地面に手をつき、幾ばくかそのままの姿勢で静止し、確信を得たようにニヤリと笑う。
出した“答え”をデイジーに告げる前に、アマンダへ一打与えようとフィーナが動こうとする。が――――
「何してるのかしら? キャハハ、アナタすっごく危険な臭いがする」
狂気を内面に孕んだ魔女がフィーナの眼前に立っていた。