140『レンツの危機に 2』
『【二つ名】の名告は、その人物の魂をより一層色濃くする為の“型”のようなものじゃ』
『型、ですか』
『うむ。例えば【爆炎】という【二つ名】が付けられれば、その者は【二つ名】に添うように火魔法ばかりを使わなければならん。これが“型”というものじゃ。【全能】などといった便利な【二つ名】は存在せんし、魂の矯正による精神障害や身体障害も現れることがある。じゃから使い勝手は微妙なところなのじゃ』
『ヴィオ! デイジーに【二つ名】を付けるとしたらどんなのが良い? デイジーはねえ……【英雄】とかがいい!』
『じゃから便利な【二つ名】は付けられんと言ったじゃろうに……。まあそうじゃの、もしデイジーに付けるとしたら――――』
「……剛毅」
ポツリとデイジーが呟く。
デイジーは空を見上げながらヴィオとの会話を思い出していた。
見上げた先、そこにあるはずの青空は巨大な岩の塊によって埋め尽くされていた。
天地逆転をも思わせる、異常と言える大きさ。太陽が遮られ、辺りは宵闇のように暗く彩られている。
最早、土魔法の領分を越えている。眼前の異常な光景が特殊魔法によるものだと、デイジーはようやく気づくことができた。同時に、フィーナならばもっと早く気づけただろうとデイジーは自嘲した。
「アハハハ! ブッ潰れろォ!」
垂直落下する大岩から離れた場所で、アマンダは高らかに嘲笑った。
迫る大岩を静観するデイジーには、成すすべが無いと推察したのであろう。アマンダの表情は痛みによる苦悶を忘れ、強者を蹂躙する喜びに満ち溢れていた。
ベラドンナもまた、身の安全を確保するべく離れ、勝負は決したと言わんばかりに、ただただつまらなさそうに成り行きを見ていた。
デイジーは動けなかった。いや、動くつもりがなかった。
ここでデイジーが動けば、傷を負ったスージーや、瀕死か、既に亡骸のマリーナを見捨てることになる。
「……剛毅!」
もう一度呟く。今度ははっきりと。まるで挫けそうな心を奮い立たせるように。
「うがあああああああ!」
デイジーの身体に、目に見える程の紫電が迸り、過度な電流によって筋肉や皮膚がじりじりと焼けた。
全身の筋肉はこれまでになく怒張し、指先まで鋭敏な感覚に研ぎ澄まされた。
赤い瞳は燃え盛る炎のように煌々と輝き、食いしばる歯によって口元からはこれまた赤い血が垂れる。
体中にメラメラと熱い血液が送り込まれ、火に呑まれたかのように錯覚する。呼吸は深く長いリズムへと変わり、取り込む酸素を余すことなく消費していく。
「剛毅!」
デイジーは吼えるように声を張り上げると、迫る大岩に向かって飛んだ。
全身の筋肉を使った跳躍は、周囲の大地をめくり上げる程で、風圧によって木々が大きく揺れ動いた。
デイジーの拳が大岩へと到達する。
大気を震わせる破砕音が辺りに鳴り響き、ビシビシと大岩に亀裂が走る。しかし―――
「ハハハ! 無駄だ無駄だ! そのまま潰されて大地のシミになりな!」
多少の亀裂が入ったとしても、デイジーたちを轢殺するには余りあるほどの超重量である。たとえ大岩を砕くことに成功したとしても、砕いた破片が降り落ちる隕石のように周囲一体を荒野へと変えるだろう。それもデイジーやスージーたちを巻き込んで。
「もう一回!」
一度で砕けないのならば二度、三度と繰り返すまで。
デイジーは大岩をあらん限りの力で蹴り、地面に四肢を貼り付けるようにして着地すると、すぐ様先程と同様に、大岩へ向かって飛んだ。
「くっ…!」
銃火器のように幾度となく繰り返される突進に、大岩の悲鳴が亀裂として上がる。
これにはアマンダも狼狽えざるを得なかった。
大岩の落下による轢殺、これはアマンダの最大にして最強の攻撃だった。敵対する魔女も、強大な魔物も、【轢殺】の名を出してからはすべからく潰してきた。これを突破されることはまず無いと絶対の自信を持っていたアマンダは、小さな砲弾と化したデイジーに並々ならぬ恐怖心を抱いた。
跳んで、攻撃しては地面へと戻り、また跳ぶ。
大岩が辺り一面を押し潰すまで数秒足らずである。その数秒の間に、デイジーは何十と攻撃を加え、大岩を破壊していった。
徐々に削られていく大岩、デイジーは破片がスージー達のところへ行かないように細心の注意を払った。
デイジーの尽力のためか、スージーは土魔法で身を守ることも忘れ、ただ呆然とその光景を眺めていた。
しかし、そんな驚天動地な光景も呆気なく終わりを迎えようとしていた。
デイジーの魔力が底をつき始めていたのだ。
魔法の扱いがいくら上手くなっても、潜在魔力の差は依然として大きかった。
「やっと力尽きやがったか……驚かせやがって。このままぶっ潰してやる」
どこか安堵した表情を浮かべるアマンダがまた不敵な笑みを見せ始め、魔力切れによって地に膝をつけるデイジーへ向けて、瓦礫の山と化した大岩の成れの果てを落とした。
潰され、地面のシミとなるはずだった。が―――
「ふう……なんとか間に合ったね」
「遅いよ…フィーナ」
デイジーはフィーナの姿を見ると、ゴロリと地面の上に大の字で寝転がった。
フィーナは先行したデイジーの危機を見るやいなや、土魔法でドラゴンを形どった即席のアメラを操り、瓦礫の山を吹き飛ばしていた。
超重量と超重量がかち合い、アマンダの大岩は吹き飛ばすことができたが、フィーナの土魔法で作ったドラゴンもボロボロと崩れ霧散した。崩れ落ち、土塊となったドラゴンの残骸に紛れるようにして、フィーナはデイジーの側に転移した。
まだヴィオのようにはいかないが、フィーナはこと土魔法に限っては、ヴィオの力に届きうる片鱗を見せていた。
デイジーはフィーナ達が追いついてくるのを信じて、大岩を吹き飛ばせる程の大きさにしていた。絆を新たにしたデイジーは、突出する前のたった一言でフィーナの意図を理解し、行動に移したのだ。
「チッ…新手かよ。ちょっと遊びすぎたか。おい! ベラドンナ!」
「なあに〜? 今頃手を貸せって言うの?」
「いいだろ? こいつら強いぜ。殺らなきゃ損だろ。どうせこの後の戦闘は無いぜ」
「キャハハ、それもそうね。けど、アマンダはほんと戦闘狂ね」
「うるせえよ。お前は殺しを楽しむ狂人じゃねえか」
「キャハハハハハ! 褒めてくれてアリガト」
レリエートの魔女との戦闘、その第二幕が開かれようとしていた。