137『レリエートの魔女会議 3』
フィーナが秘密を打ち明け、デイジーやイーナとの絆を深めていた頃、レンツには不穏な影が迫っていた。
魔術大会の期間中、レリエートでは緊急の幹部会議が開かれていた。
集まったのは規定数から二人減らした幹部、アマンダ、ベラドンナ、アレクサンドラの三人。集まった三人は苦々しげな表情を浮かべていた。
「メルクオールの王都には各魔女村から優秀な魔女が集まっているようじゃ」
「あのまま継続してレンツを襲っとけば、今頃簡単に攻められたんじゃねーのか?」
「そう簡単にはいくまい……レンツの防衛網は固い……」
「キャハハ。アレクサンドラ、あなた慎重になり過ぎじゃない? もしかして、老い先短い人生を惜しんじゃった?」
マリンが負けた時に行われた会議で、レンツへの一時攻撃中止の決定が下されたが、ベラドンナはそれを不満に思っていた。血気盛んで若いベラドンナは、老齢なアレクサンドラを年老いた臆病者として内心蔑んでいた。
さらにベラドンナを苛立たせたのは、最高権力者である幹部が他の魔女から陰口を叩かれていたからだ。
二度のレンツ襲撃失敗、長期にわたる攻撃中止、そしてレイマン王族からの圧力。これらはレリエートの魔女達にとって、幹部達への不評を抱かせるに十分な内容だった。
自分の力に確固たる自信を持つベラドンナにとって、弱い幹部が負けたことを幹部全体のせいにされるのは激しく腹がたった。
生まれてこの方誹謗中傷など受けたことがないベラドンナである。多感な年頃であるベラドンナにとって、陰口は想像以上にベラドンナの不快感を蓄積させた。何か文句でもあるのかと問いただしても、魔女達は飄々として受け流すだけ。それがベラドンナをさらに腹立たせた。力の優劣を示すために、見せしめに一人二人殺そうとも考えていた。
(私が行けばすぐに終わるのに……!)
ベラドンナはヒソヒソと陰口を叩かれる度に苦々しくそう思った。
アマンダはベラドンナと違って、陰口に対しては動じなかった。いや、気づいていないという方が正しい。
アマンダは酒と美味い料理、そして強い相手にしか興味がない。
口では貶しつつも、内心はマリンの事を高く評価していたアマンダは、マリンを下したレンツに対して強い興味を示していた。リーレンだけならば運が良かったのだろうと判断しただろうが、マリンまで続けざまに敗れたのは意外だったのだ。それも、年端の行かない見習い魔女に負けたと報告されたからには、強い相手を求めるアマンダはじっとしていられなくなった。
攻撃中止が決定してからも、密かにレンツへ偵察を送っていたアマンダは、戻って来た偵察から伝え聞いたレンツの防衛力に舌を巻いた。
レンツは短期間で不可視の領域からはみ出るほど規模を大きくしており、魔女だけでなく多数の一般人が跋扈していた。
これを聞いたアマンダは嘲笑を浮かべつつも、レンツの力をこの手で打ち砕きたいと思うようになっていた。
敵対するものを蹂躙し、屈服させる―――それが猟奇的なアマンダの満足感を満たす望みだった。
好戦的な二人に対して、アレクサンドラは慎重だった。リーレン、マリンと続いた襲撃で得た情報により、レンツを侮ってはいけないと感じていたアレクサンドラは、虎視眈々と機会を伺っていた。
マリンが負けたことで攻撃中止を決定させたが、周囲の反応はすこぶる悪かった。マリンを慕っていた力の弱い魔女達は不満を募らせ、幹部に近い実力を持つ魔女達は、不甲斐ない現幹部達に取って代わろうと不穏な動きを見せた。
アレクサンドラは自身の権力が脅かされるのを酷く嫌った。
幹部になってから、この立場を数十年と守り続けたが、それも風前の灯火となっていた。
現幹部達の信用や覇権を確固たる物にする為にも、三回目となるレンツ襲撃は必ず成功させなければならない。故にアレクサンドラはこの上なく用心深くなっていた。だが、それがベラドンナや他の魔女たちから『臆病』と非難される一因となっているのを、権力に縋り付いたアレクサンドラにはわからなかった。
――――「儂を老いぼれ扱いする気か? 頭が腐ったか、ベラドンナ?」
「っ……!」
ベラドンナの首筋には一振りのナイフが当てられていた。
ベラドンナとアレクサンドラの距離は歩幅にして数歩程度と遠くはない、しかし幹部であるベラドンナでさえ、首にナイフを当てられるまで近づくアレクサンドラを見つける事ができなかった。
「お、おい落ち着けよアレクサンドラ」
「ふん。小娘が調子に乗るな」
ナイフが首筋を離れると、ベラドンナは大きく息を吐き、ぎりぎりと歯を軋ませた。
己の命を指の動き一つで握られた経験に、ベラドンナは歯噛みし、冷や汗で濡れた背中を疎ましく思った。
「……アレクサンドラ、ベラドンナを擁護する気はないが、俺も慎重になりすぎてると思うぜ。確かにレンツは油断できない相手になった。だけどよ、俺達三人で行けばどうにでもなると思わねえか?」
アレクサンドラは椅子に腰を下ろし、腕を組んで考え込んだ。
確かに、幹部三人で行けばそうやすやすと負けることはない。リーレン、マリンの襲撃の報告でも、一人で複数を相手取ったために負けたと捉えられる。三人ならば臨機応変に対応でき、負担も分割できる。体面を考えなければ、悪くない意見だった。
しかし、アマンダの口調からは「自分に戦わせろ」という意思がひしひしと感じられた。
「三人でかかるというのはよい案だと思う。じゃが、お前たちはいいのか? 幹部の面子が丸潰れじゃぞ」
「関係ねえよ。俺は気にしねえ」
「私もアマンダの案に賛成よ。とにかく早くレンツを潰して、グチグチ言う雑魚共を黙らせたいわ」
アレクサンドラはあまり乗り気ではなかった。しかし――――
「これ以上長引かせるのは軽骨か……よし、明朝出発する。魔術大会とやらで優秀な魔女が出払ってある間に方をつける」
アレクサンドラはニヤリと笑うと、第三次レンツ襲撃を決定した。
「よっしゃあ! あ、でもよ。その魔術大会とやらに対象が出てるんじゃねえのか?」
「王都に潜り込ませた間者には確認を取っておる。対象は未だレンツ内にいる」
「やっと溜まった鬱憤を晴らせるわね」
「ククク……久方ぶりに派手に行くとするか」
アレクサンドラの言葉に呼応するように二人は立ち上がった。二人は猟奇的で狂気を孕んだ侵略者の表情を浮かべ、高笑いしながら会議室を後にした。
「あの二人がいれば滅多なことは起こるまい。じゃが、もし起こったときは―――」
静まり返った会議室の中で、アレクサンドラは独りごちた。その表情には侮蔑と嘲笑が浮かんでいた。