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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
139/221

136『告白と気づかぬ力』

「フィーナ、いやヒカリよ。妾は別にお主を悪く言うつもりはない。ただ、親しき友と家族くらいには打ち明けても良いと思っとる」


 ヴィオが優しく語りかける。

 罪悪感に苛むフィーナの心に、ぽつりぽつりと温かみのある言葉が染み渡っていく。


「その身の秘密を抱えて生きるのは辛かろう。真実を話すことはイーナやデイジーのためだけではなく、お主のためでもあるのじゃ」


「……怖いんです」


「何がじゃ?」


「姉さんやデイジーと過ごすのはとても楽しいです。でも、本当のことを話せば、二人が離れていってしまう気がして……。離れていくだけならまだいいんです。二人に“騙した”と言われるのが本当に怖いんです」


 いつの間にかフィーナは泣いていた。イーナやデイジーに対する罪悪感と、二人と過ごした思い出に縋る、自分の不甲斐なさを呪って泣いた。涙は止まることなく溢れ、紺色のローブに点々と染みを作った。


「はあ〜、お主、あの二人が気づいてないと思っとるのかや?」


「え?」


「考えてもみよ。長年共に過ごしてきた者が、ある日を境に性格も人格も急変したらどう思う? 【魂呼び】の術式のことを知らなくても、不審に思うはずじゃろう?」


 確かにそうだ。寧ろ、なんで気づかなかったのだろう。

 うまく誤魔化してきたと思っていたが、あの二人がそうそう誤魔化されるはずがない。レンツにいた頃、イーナは寝るときも一緒だったし、デイジーの勘は心を読むレベルの鋭さを持っている。そんな二人がフィーナの変化に気づかないわけがない。


「確かに……でも、仮に気づいていたとして、何故、私に何も言わないのでしょうか?」


「そんなことは知らん。妾はフィーナの師であって、友ではないからのう。じゃが、話を聞いた限りでは共に死線をくぐり抜けた経験もあるのじゃろう?」


「……はい」


「苦楽を共にした仲間というのは何物にも変え難い味方だと、妾は母様から教えられたぞ。間違ってもお主を責めたりはせんじゃろ」


 八百年の歴史を持つ魔女王の家系が言うと、妙に説得力がある。フィーナはつい反射的に頷いてしまった。内心「そうであって欲しい」という希望もあり、そのため反射的に頷いてしまったのだ。


「よし、ならば今からイーナとデイジーに打ち明けに行くぞ」


「えっ」


「こういうのは勢いが大事なのじゃ。後回しにすれば機会を失ってしまうぞ?」


 ヴィオは木箱から飛び降り、項垂れるフィーナを強引に立たせると、背を押すようにして物置部屋から連れ出した。



 大広間ではイーナとデイジーが心配そうな顔をして待っており、泣きはらし、目もとの赤いフィーナを見ると駆け寄ってきた。


「フィーナ、だいじょーぶ?」


「ヴィオ様に何かされたの?」


 二人の優しさを嬉しく思いつつも、胸がぎゅっと締め付けられる。憂いた表情をするフィーナに、ヴィオに何かされたと思い至ったイーナは、キッとヴィオを睨みつけた。

 慌てて首を振ってイーナの誤解を解き、フィーナはバクバクと鳴る心臓を宥めるように深呼吸した。


「姉さん、デイジー、話があるの」


 たった一言だったが、フィーナの真剣な表情を見て、イーナとデイジーは重要な話だと気づく。イーナとデイジーの視線を一身受け、フィーナは湧き上がる恐怖心に後ずさりしそうになった。


「ふんばれ」


 後ずさりしそうになったフィーナの背に、ヴィオの手のひらが触れる。

 ヴィオの小さな手が、「恐怖に負けるな」「勇気を出せ」と訴えかけ、逃げ出しそうになったフィーナを奮い立たせた。

 

「……始めに謝っておくね。姉さん、デイジー、今まで黙っててごめんなさい。私、本当のフィーナじゃないの」


 フィーナはしどろもどろになりながら、自身の身の上を話した。盛大にどもりつつも、何とか言葉にして伝える。

 イーナとデイジーはフィーナのとりとめの無い話を沈黙で迎えた。

 ようやく全てを話し終えると、フィーナは(せき)を切ったように泣いた。口に出るのは良心の呵責(かしゃく)から産まれた懺悔と贖罪(しょくざい)の言葉。



「うぅ……ごめん。ごめんなさい」

 

 ひとしきりフィーナが泣きじゃくると、イーナとデイジーは黙ったままフィーナを抱きしめた。イーナは優しく、デイジーは少しキツめの抱擁。些細な違いだが、フィーナにしかわからない二人の個性に溢れた抱きしめ方だ。

 二人の気持ちが痛いほど伝わってきて、フィーナは安堵感から二人の腕の中で再びわんわん泣いた。



「ひどい顔になったね」


「うぅ〜ヒリヒリする〜」


「イーナ治してあげないの?」


「いいよ、デイジー。しばらくこのままにしとくから」


 蓋を開けてみれば、二人はいつもの二人だった。フィーナの人格がヒカリへと変わっていたとしても、変わらずフィーナと呼んでくれる。内面のヒカリを否定することなく、寧ろ異世界のことが気になるようで、あれこれと質問を受けた。こっちは悩んでいたのに、あまりに拍子抜けする二人の態度に、フィーナは思わず破顔した。

 

 フィーナは胸のつかえがようやく取れ、晴れ晴れとした気持ちになった。

 聞けばイーナとデイジー、そしてレーナはフィーナの正体になんとなく気づいていたらしい。ヴィオの言っていた通り、三人はヒカリの転生体としてのフィーナを早くから受け入れてくれていた。

 それぞれ思うところがあって、フィーナの正体を追及しなかったという。フィーナが「何を思ったのか」と問うと、イーナとデイジーは赤面して、教えてくれなかった。


「勇気を出して打ち明けたのに、姉さんもデイジーも教えてくれないなんてズルい!」


 フィーナが頬を膨らませてプリプリと怒る。もちろん本気で怒ってはいないので、イーナもデイジーもヴィオだって笑顔だ。


「うむうむ。どうやら三人の仲は今まで以上に深まったようじゃな」


「ヴィオさん、ありがとうございました」


「なに、妾はほんの少し背中を押してあげただけのことじゃ。深い絆を結んだお主の賜物じゃよ。それにな―――」


 ヴィオの瞳の色が、青みがかった黒色へと変化する。【魔眼】の効果を使っているらしい。だが【妖精女王の目】の時と、瞳の色が違った。



「フィーナには隠された特殊魔法があるのう。恐らく病で亡くなった本物のフィーナの物じゃな。死の直前に【魂の覚醒】へと至ったようじゃが、病魔は退けられんかったようじゃ」


「「「え!?」」」


「妾の【賢者の目】にはそう出ておる。この色は……活性魔法じゃな。気づかなかったのかや?」


 どうやら【魔眼】の一つである【賢者の目】では、特殊魔法の数と種類がわかるらしい。ただ、【賢者の目】でもどういう特殊魔法なのか、詳しくはわからないらしい。


「気づきませんでした……」


 デイジーのように、筋力が増幅されるような事もなく、リーレンのように細胞が変化することもなかったフィーナには、どんな特殊魔法なのか見当がつかなかった。


「ふむ。おおよそ、見た目には変化はないのじゃろ。あるいは無意識に使っておるのかもしれんな」


 無意識的に使っているとしたら、フィーナとしてはお手上げだ。目覚めた時から備わっている特殊魔法なはずなので、体に劇的な変化が起きていることも気づくことができない。元々フィーナの体に備わっているの物と、そうでないものの区別がつかないのだ。


「私はなんとなく分かっちゃったかも」


「デイジーも分かった」


「え? なになに? 教えて!」


「フィーナが考え事する時の尋常じゃない集中力だよ。取り憑かれたみたいに呼んでも反応しないんだもん。昔のフィーナはあんなに集中力なかったよ」


 確かに、レリエートからの襲撃があった時、搦手(からめて)が次から次へと浮かび上がったり、リーレンとの戦闘ではリーレンの特殊魔法をいち早く見破ったりした覚えがある。

 危機意識がそうさせたのかと思っていたが、周囲からの呼びかけに答えないほどとは思わなかった。もちろん、ヒカリの頃にはそんな集中力はない。あれば研究者にでもなっていた。


「そういえばこの世界の文字も、すぐに読めたような……」


「それもだね。私や母さんは何も教えてないのに、難しい資料をすらすら読み出したときは目を疑ったよ。妹には負けられないと思って、猛勉強したんだからね」


「デイジーも付き合わされた〜」


 デイジーはイーナの勉強に付き合わされ、いつの間にか読み書き計算を卒なくこなすようになっていた。勉強の度にデイジーはぶーたれていたが、お陰でアルテミシアの英雄譚を一人で読めるようになったと零していたのをフィーナは知っている。



「なるほどのう。集中力の強化か。妾でも聞いたことがない魔法じゃのう。なにゆえ弱りきったフィーナがその魔法を願ったかわからぬ。が、研究肌の魔女としては垂涎の魔法じゃな」


 【魂の覚醒】に至るには、死に直面する他に、明確な思いや願い、それに伴う知識が必要だ。病床にあったフィーナが何を望み、どうやってこの魔法を発現できるほどの知識を得たのかはわからない。

 しかし、フィーナはなんとなく、この件も死神のザハテが関係しているのではないかと睨んでいる。



「さて、指導の続きといきたいところじゃが、そろそろ夕飯じゃの。今日は終いとしよう」


 夕飯という言葉に反応するように、デイジーのお腹が鳴ったのはいつものことである。



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