134『ヴィオちゃんの魔法講座・後編』
「妾を誰じゃと思っとる! 【超越型】に決まっておろうが!」
ヴィオの威厳に溢れる、なお且つ可愛らしい声が大広間に響き渡る。反響した声が高い天井へと吸い込まれ、静寂が訪れる。
静まり返り、うんともすんとも言わないフィーナ達に、ヴィオの吊り上がった口端が徐々に降りていった。
「………何か言ってくりゃれ」
そう言って俯き、顔を赤らめたヴィオは、初めて告白する乙女のように初々しく愛くるしかった。
「……あの【超越型】とは?」
見かねたイーナが助け舟を出すと、ヴィオ弾かれたように顔を上げ、ふんすと鼻息を荒げた。
「クックック……よくぞ聞いてくれたの。【超越型】とは、操作、変換といった扱い方の隔たりなく魔法を行使する者のことじゃ。こと魔法の才に関しては【万能型】の遥か上をゆく。世界広しと言えども、【超越型】の魔女は片手で足りる程にしか存在せん」
「具体的にどういう魔法を使えるんですか?」
「うむ。例えば火魔法をこのように――――鳥の形状を与えたり、土魔法をこのようにして―――無から生み出すことが可能じゃ」
ヴィオの説明と共に、天井付近にゴウゴウと巨大な火の怪鳥が現れ、次に何もないところからボコボコと土塊が積み上がり、大虎が現れた。怪鳥は見下ろし、大虎は見上げる。二体は互いに意思を持った生物のように睨み合い、激しくぶつかり合った。
破砕音が鳴り響き、土の焼ける焦げ臭い匂いが漂う。城全体が揺れる中、フィーナ達は尻もちをついて二体の獣の争いを、冷や汗を垂らしながら見ていた。
ふいにパン、とヴィオが手を叩くと、二体の獣はまるで幻覚だったかのように消え失せた。しかし、大部屋の至るところの焦げ跡や損傷が、幻覚などではなく、紛れもない現実なのだと物語っている。
ヴィオがもう一度手を叩くと、大部屋の損傷箇所がみるみる修復され、元のピカピカの状態へと戻った。掃除いらずのその所業に、イーナは眉を顰めていた。
次元が違う。
フィーナはそう思わざるを得なかった。目の前の少女、フィーナより小さく、愛らしい幼女はまさしく魔女の中の王、魔女王だった。
レーナ、デメトリア、スージー、ヘーゼルと、数々の魔女を見てきたが、平伏したくなるような力の奔流は初めてだった。
「びっくりさせてしまったかの? まあ、こんな感じじゃな」
ヴィオはふふん、と鼻を鳴らして腕を組み、威張り散らした。
大胆不敵で小生意気な仕草に、何も知らなければイラッとくるだろうが、このような力を見せつけられては、苦笑いを浮かべるしかない。
「すごい…です」
始めに言葉を発したのはデイジーだった。
デイジーはわなわなと震え、ルビーのように輝く赤い瞳をヴィオに向けていた。誰にでもわかる“尊敬”の眼差しだった。
「メルクオールには妾の他に【超越型】の魔女が一人おるぞ」
「え!? 誰ですか!?」
「確か……代々、王都魔術ギルドのギルドマスターをやっていたはずじゃ。ま、妾にしたらまだまだじゃがの」
そう言われて思い浮かぶのは、いつもマイペースで職員を困らせている、ヘーゼルだ。実力はこの目で見ている為、フィーナは疑問に思うことはなかった。寧ろ、機関銃のような魔法の連射力を目の当たりにしていたので、「なるほど」という納得の方が強い。
突如として始まり、そして終わった怪獣戦争に呆然としていたフィーナも、震える手足を懸命に動かし、なんとか立ち上がった。
フィーナより小さいはずのヴィオが、何故か大きく見えた。
魔女王の力を見せつけられたフィーナ達は、絶え間ないヴィオの自慢話を、テッサから聞かされながら昼食をとった。
上げに上げる天井知らずな主自慢を、ヴィオは頬を染めながら止めたが、どこかまんざらでもない顔をしていたのを誰もが気づいていた。
昼食後、フィーナ達は再度大広間に集まり、ヴィオの指導を受けた。
「少し気になる事があるでの。お主達の魔力量を測らせてもらってもいいかや?」
ヴィオがそう言い出したのは、午後の指導が佳境に迫って来たところのことだった。
フィーナ達は首を傾げるも、否定する理由もないので、二つ返事で了承した。
「でもどうやって魔力量なんて測るんですか?」
「妾の特殊魔法の一つを使う。昨日話した内容に、初代アルテミシアが会得した特殊魔法が幾つかあったじゃろ? その内の一つ、【魔眼】の特殊魔法を使うのじゃ」
「ヴィオさんもアルテミシアのように、幾つも特殊魔法を使えるんですか?」
「初代様と同等とは言えんが、幾つかは、な。中には妾独自の物もあるぞ。初代様の特殊魔法を途切らせたくはないが、なにせ遠い昔の物じゃからな。既に失われた特殊魔法も数多くあるのじゃ」
「そうなんですか……それで、【魔眼】で魔力量がわかるんですよね?」
「然り。【魔眼】にも色々と種類があってな。魔力量を測るのは【妖精女王の目】というものじゃ」
フィーナは「はぁ」と気の抜けた返事をした。
どうやらヴィオの言う【魔眼】の中にもカテゴリーがあり、その一つ一つが特殊魔法クラスの効果を持つらしい。あまりにも格が違いすぎて、乾いた笑いが出そうになる。
「そう身構えんでも良いぞ。すぐ終わるでな」
ヴィオは簡潔に言い放ち、数秒目を閉じた後、開いた。紫色のだったヴィオの瞳は透き通った薄緑色になっていた。これが【妖精女王の目】だろう、とフィーナは思った。
イーナの使い魔であるエリーの瞳によく似ている。エリーはフェアリーという特性から、魔分溜まりや体内の魔力の流れ等を見ることが出来た。
フェアリーでさえ、そこまで見えているのだから、女王の名を冠する【妖精女王の目】は一体どこまで見えているのだろうかと考えると、フィーナは恥ずかしさに身悶えた。
「デイジーはそこそこじゃのう。イーナは平均よりも少ないが、成長の兆しが見られる」
イーナは魔力量を測ると言われてから暗い顔をしていたが、“成長の兆し”と聞くと、途端に明るくなった。
そしてフィーナは―――
「フィーナ、ちょっと別室に移動しようかの」
「え?」
あっけらかんと答えたヴィオの表情には、微笑みの中に剣呑な雰囲気が混じっていた。