131『ヴァイオレット城へ』
フィーナ、イーナ、デイジーの三人は十七番街から外へと繋がる門で人を待っていた。
ドナの別荘へと預けられたアメラは、現在レーナ達によって絶賛教育中である。レンツでも実力者であるレーナと、錬金術分野の分野長であるリリィ、そして知識と経験は誰よりも深いドナに教育を受けるなんて、英才教育にも程がある。
ドラゴンという地の強さに加え、魔女としての知識が加わったアメラはどういう進化を遂げるのだろうか。次に会った時には既にフィーナの能力を上回っていそうだ。
アメラとは双子のように顔つきが似ているため、露骨に比較されるだろうなと考えると、気が滅入ってくる。
とは言え、こちらもただ待っているだけではない。今日は魔女王の城に行く予定なのだ。
どう見ても可愛らしい少女にしか見えないヴィオが魔女王というのは少し不安だが、あの紫色の瞳は少女らしからぬ威圧感を放っていた。
ヴィオは知識を授けると言っていたが、どういったものか予想がつかない。【二つ名】のように危険なものだったらどうしよう、という心配もある。フィーナは期待と不安で落ち着かない気分に、苛立ち混じりのため息を吐いた。
「待たせたかね?」
門の向こうから現れたのは老魔女だった。杖をつき、腰の曲がったこの老婆が案内人なのだろうか。
「やっぱりイムさんでしたか」
「姉さんの知り合い?」
「うん。【陣地争奪戦】の初戦で戦った相手だよ」
「おや、あん時の小さな魔女さんじゃないか。久しぶり……でもないね。ヴィオ様の所へ行くのはあんた達三人で間違いないかい?」
フィーナ達は揃って頷いた。イムは柔らかい笑みを浮かべると、「ついて来なさい」と口にし、入ってきた門へ向かって戻り始めた。フィーナ達もイムの後に続く。
「イムさんはヴィオさんと知り合いなんですか?」
イーナがイムに質問を浴びせる。さり気なくイムの腰に手をやって介助することから、イーナの優しさが垣間見える。
「ヴィオ様は私の師匠じゃよ。元々は先々代の弟子じゃったが、先々代が亡くなられてからはヴィオ様を師事しておる。私とベルクオーネはともに先々代の魔女王の弟子じゃった。遠い昔のことじゃが……」
「ベルクオーネって祖曽様の名前ですよね? イムさんと祖曽様は姉妹弟子という訳ですね」
「ふ……そんな大層なもんじゃないよ。昔は喧嘩ばっかりしておった。ベルクオーネは競争相手でもあり、好敵手でもあった。地形が変わるくらい、お互いの魔法をぶつけ合ったことすらあるからのう」
イムは過去を思い出し、懐かしそうに微笑んだ。
「まあ、昔話は道中、飽きるほど話せるじゃろうて」
そう言って会話を切ったイムの行く先には、大きめの陸船があった。既に準備は整っているようで、二人の成人魔女が物臭そうに待っていた。
「あ、昨日の……」
「ポリンでーす。昨日ぶりだね」
「ローリィです。宜しく」
どうやらイーナとデイジーは昨日、この二人に会っているようだ。デイジーはまったく覚えていないようだったが。
「お前さん達に比べたらまだまだじゃが、この二人はウチの村でも期待の若手なんじゃよ。今回は再教育する為に同行させてやろうと思ってのう。さっさと村に帰るよりかは、いい刺激にもなるじゃろ。少なくとも、酒を飲んでぐうたれるよりかは……な」
イムは語気を強めてポリンとローリィを睨んだ。睨まれた二人は視線を右往左往させて挙動不審になっている。
ポリンとローリィはイムによって強制的に操船を任された。不満を目で訴えた二人だったが、イムの「客人に手間をとらす訳にはいかんからのう」という言葉で、渋々引き受けた。
ポリンとローリィが交代で陸船を走らせる中、フィーナ達とイムは意外にも話が弾んだ。
年の功というのだろうか、イムの話は経験と知識に裏打ちされた非常に為になるものが多かった。あのやる気のなさそうなポリンとローリィが、耳をそば立たせて伺っていた程である。
魔力量の成長と身体の成長の相関性、イムが昔やっていた研究、独自に編み出した魔法、書に記載されていない珍しい素材や魔物等、どれも興味をそそる物ばかりで、ついのめり込んでしまい、気づいた頃には日が暮れていた。
一行は適当な場所で野営し、翌日の朝早くに再びヴァイオレット城へ向かった。
野営中、イーナが料理の腕前を奮ったことで、ポリンとローリィがいたく感激し、フィーナ達を交えて酒盛りを始めようとしたが、イムの年齢からは考えられない鋭いげんこつで、事なきを得た。だが、そのお陰でだいぶ打ち解けたようだ。ポリンとローリィは頭にこぶを作りながらも、話に入ってくるようになった。
「へぇ〜これが魔法武具か〜」
「面白い形状ね」
ポリンとローリィは陸船内でフィーナのステッキを興味深く観察している。今二人の代わりに操船しているのはイムだ。二人がフィーナ達の魔法武具に興味を示したため、勉強になるから、とイムが交代を申し出たのだ。
「凄い技術力ね……特に結晶魔分の部分はかなり複雑だわ」
「ほんと凄いね。レンツとメインエーキだと、十年くらいは技術力に差があるんじゃないかな?」
ポリンとローリィが優秀だというのは本当のようで、一目でフィーナ達の魔法武具の性能の高さを見抜いた。
「あーあ、メインエーキにもレンツみたいに優秀な魔道具分野の魔女がいればなー」
「バカポリン! そうやって直ぐに無いものねだりで人に頼るから失敗するのよ!」
「なにさ! ローリィだって『こんないい魔法武具を使われてたなんて、負けるのも当然ね』とか言っちゃって……開き直ってたじゃん!」
「……二人とも元気じゃのー。そんなに元気があり余ってるなら、走って行くかね?」
「「………ゴメンナサイ」」
ポリンとローリィはイムの脅しに震え上がり、表情を苦笑いのまま凍てつかせた。
「まったく……お前達、そろそろ着くから準備なさい」
イムの言う「お前達」にはフィーナ達も含まれているようで、荷物をまとめるよう言ってきた。荷物といっても、それほど多くを持ってきていないため、準備は直ぐに終わった。
「ここどこだろー? メルクオール国内かな?」
デイジーが窓から身を乗り出し、外を眺めながら言った。
フィーナ達が乗っているこの陸船は、通常のものより一回り大きく、小回りが効かない分、スピードが出るタイプのものだ。ヴァイオレット城がどこにあるか知らないが、イムによるともうすぐ着くということなので、王都からそれほど遠く離れていないのだろう。国境を越えたという話も聞かないので、メルクオール国内のはずだ。それでも、これほど早く着いたのはこの陸船のお陰である。徒歩や馬車では数日以上かかるだろう。
「ヴァイオレット城はメルクオール国内にあると思ったかい? 当たらずとも遠からずってとこだね。さ、着いたよ」
陸船から降りると、爽やかな草の香りがフィーナの鼻腔をくすぐった。
目に入ったのは山と谷、そして堂々たる構えで建っている古城。あれがヴァイオレット城なのだろう。ヴァイオレット城は東側に山、北側に谷という危なかっしいスペースに建っており、幻想的な風景とは裏腹に、災害によって崩れ去りそうな危うさを内包していた。
前世でも、あえて崖っぷちに家を建てる酔狂な人間はいたが、この光景はそんな人達が建てた家を遥かに凌駕していた。
「あの谷はメルクオールとスノー・ハーノウェイの国境を表しておる。東の山脈はレイマン王国との国境じゃな。さっき当たらずとも遠からずと言ったじゃろう? ヴァイオレット城は三国の国境上に位置する特殊な場所に建っておるんじゃよ」
イムによると、メルクオール王国が建国した際に、この城が建てられたのだという。
「建国からってことは、あの城……五百年もあそこに建ってるの?」
「―――正確には五百四年です」
フィーナの疑問に答えたのは、メイド服が似合う麗人、テッサだった。