閑話『マリーナの思い』
マリーナがレンツに連れてこられて、フィーナ達が王都へ向かうまでの間の話です。デイジー、イーナと内面回が続いたので、これを機に暖めていたマリーナ回を載せることにしました。本編とは関係ない内容なので、あしからず。
マリーナ:元レリエート幹部魔女。【豪雨】の二つ名を持つ。フィーナに敗れ、捕虜とされた後、デメトリアによって子供の姿にされた。
私の名前はマリーナ。元レリエートの幹部魔女で、現在はレンツの魔女としてフィーナ様達の下で働いています。
仕事は今までやった事のない物でしたけれど、フィーナ様やイーナ様が丁寧に教えてくれました。最近は慣れてきて、少し楽しくなってきている気がします。
私がフィーナ様達に負けて気を失ったあと、目が覚めた時にデメトリアという幼子が私を見下ろしていたのです。不敵な笑みを浮かべて、色んな薬品を投与されました。
気の遠くなるような長い呪文を唱えられている途中に寝てしまって、目覚めた時には体が縮んでいました。体中は痛いし、感覚が狂ってしまって、まともに歩けないので正直、殺されたほうがマシだと思った程です。
デメトリアが行ったのが若返りの秘術だというのは後で聞かされました。なんでも、若返りは絶対に子どもの姿になるの様な欠陥魔術らしいです。
そんなものを欲しがっていたなんて、レリエートもレイマン王国もお笑いですよね。
若返りの秘術を受けた私はデメトリアに連れられて、フィーナ様達に会わせられました。
フィーナ様達は私の姿に驚いていましたけれど、デメトリアの要求を呑んで、私の面倒を見てくれることになりました。
私には新しくマリーナという名前を与えられ、マリンという名は死んだ扱いになったようです。任務に失敗した以上、レリエートには戻りたくありませんでしたし、それで良かったと思います。
ただ何故フィーナ様達は私を殺さなかったのだろう。あの時、私は完全に意識を刈られていて、確実に仕留められたはずなのに。
今日はそのことを聞いてみましょう。
「フィーナ様」
「様はやめようよ………どうしたの? マリーナ」
「私がフィーナ様に敗北した時、何故私を殺さなかったのですか? 私はレンツの敵だったと思うのですが……」
「え? ああ、最初はレリエートの情報を引き出そうと思ったよ。優秀な魔女だったし、リーレンと違って病気でも無かったし、使えるかなと思って」
「リーレンは病気だったのですか?」
初めて聞きました。リーレンはいつも何か焦ったような行動が目立っていましたけれど、それが理由だったのでしょうか。
「かなり重い病気だったよ。特殊魔法の使い過ぎだね。他の特殊魔法だったら良かったんだろうけど、あの特殊魔法と【二つ名】を併用するのは危険だったんだよ」
「そうだったんですか……」
リーレンは確かに成り上がるために特殊魔法と【二つ名】をこれでもかと言う程に使っていました。その反動で病に侵されてしまったでしょうか。
話がそれてしまいました。フィーナ様の話では、私に利用価値があったから殺さなかったということでした。
残念ですけどレリエートの情報は話せません。息苦しい場所でしたが、あんな所でも一応私の生まれ故郷でもありますし、簡単に裏切るこたができないのも、また事実です。フィーナ様もそこは分かってらしたようで、無理やり聞き出そうとはしませんでした。
「この口調も変えたほうが良いかしら‥‥‥‥‥」
私は一人になった時に呟いてみました。フィーナ様達と話すことが多いので、最近は敬語で話さないと落ち着かなくなってしまいました。
結局、この口調もフィーナ様に無理に変えるなといわれ、そのままにすることになるのですけどね。
フィーナ様達は私を受け入れてくれましたが、私はお役に立てているのでしょうか。少し不安です。
フィーナ様達には非常に良くしてもらっているとは思いますが、ふと役立っているだろうかと疑問を持つと、途端に胸の奥がきゅっと萎むような不安感に晒されるのです。これは一体何なのでしょうか。
「やっほーマリーナ。誰かわかるかな?」
私が一人で考えふけっていると、誰かから目隠しをされて、話しかけられました。この明るい声は直ぐにわかります。
「こんにちは、デイジー様」
私が大して悩みもせず当ててしまったので、デイジー様は少し拗ねてしまわれました。
拗ねてしまわれたデイジー様に相談するのは気が引けますが、仕方ありません。
「デイジー様、私は役に立っておりますでしょうか?」
私の質問にデイジー様は唇を尖らせて答えてくれました。
「役に立ってるとか立ってないとか、自分で判断しなよ」
「どうすれば判断出来るのでしょうか?」
これは全く分かりません。私は今まで人に役立とうとする事は殆どありませんでした。
レリエート時代に私を慕ってくれた魔女のような行動を真似すればいいと思っていましたが、それがデイジー様達の役に立つかは分かりません。
「簡単だよ。お礼を言われたら役に立ってるってことだよ」
デイジー様は毅然とした態度で言い放ちました。
その後、一人になった時に、私は考えました。これまで生きてきて、礼を言われることは多くありました。レリエートで力の弱い魔女を守ったとき、【豪雨】の力で水不足を解消したとき、思い返せば、私は持てる力を魔女として、恥ずかしくないよう使えていたと思います。
私は別に役に立ちたくて力を使っていたわけではありません。ただ頼られるのが嬉しかったのです。
私はレリエートの幹部魔女でしたが、その地位は低く、いつも他の幹部魔女から後ろ指をさされていました。
レリエートでは実力が物を言う、徹底的な実力主義社会です。そんな中、生まれ持った力の弱い魔女は酷く虐げられていました。
力の弱い魔女にとっては、幹部魔女の中で、一番立場の弱い私でさえ、雲の上の存在らしく、そんな私が力の弱い魔女達を守ることで、みな心から喜んでくれました。
最初は礼を言われて気分が良かったことから始まり、いつからか私は力の弱い魔女を守ることで、自分は特別なんだと認識するようになっていました。私を頼ってきてくれる、力の弱い魔女たちは私にとって、自らの存在証明でもあったのです。
レリエートを離れ、レンツに来てからは力の弱い魔女を守ることも無くなってしまい、収まりの悪さというものを感じていました。
初めてフィーナ様のお手伝いをし、お礼を言われた時は、どれほど嬉しかったか。
何故あれほどまでに嬉しかったのか、ようやく気づくことができました。
私は血を吐き、泥をすすりながらも力をつけました。しかしそれでも他の幹部魔女には遥かに及ばず、悔し涙で枕を濡らしたこともあります。
『あんなに努力したのに……』
私の胸中に渦巻いていたのは、いつもそういった気持ちでした。力では最下層に位置する魔女たちに礼をされ、それが唯一の励ましとなったのでしょう。
私は力の弱い魔女達と共依存することで、自分の居場所を作っていたのです。
自分でも屈折していると思います。ですが、あの頃はそうしなければ、心を保つことができなかったのです。
レンツに連れてこられ、子供の姿にされた私は、以前のように力を使うことが出来なくなりました。弱い立場にある人を助けることで、心の安寧を保っている私には、助ける手段である力を失う、その現実が深い絶望として覆いました。
ところがフィーナ様はそんな私を自分のもとへと置いてくださいました。レンツでの日々は目が回るほど忙しいのですが、フィーナ様は、私が何かを果たす度に「よくやった」「ありがとう」「偉い」と言ってくれるのです。
その度に私は嬉しくなり、思わず喉の奥が熱くなるのを感じました。この感じは力の弱い魔女達と共依存の関係になった時に感じていたものとは少し違いました。
フィーナ様は私よりも力のある魔女です。そんなフィーナ様が下さった言葉が、今まで受けてきたそれとは違うのも当然でしょう。
フィーナ様のおかげで、私は屈折した自己の確立を変えることができたのです。
長々と胸中を吐露することになってしまいましたが、なにが言いたいかと言いますと、私は私を変えてくださったフィーナ様達に深く感謝しているということです。