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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
129/221

128『世界で一番の姉』

 

「どうしたの? デイジー、そんなにニヤニヤして」


「……! 何でもないよ! アメラ、行こー!」


 そそくさとアメラの手を引き、弾むように朝焼けの道を歩き出すデイジーに、イーナは腰に手を当て「もうっ」と頬を膨らませた。


 勝手な行動は謹んでもらいたいと思うイーナだが、デイジーに手を引かれ、小走りになるアメラを見て、小言は鳴りを潜めた。

 二人が揃って笑顔で道を行く様はレンツでよく見た光景で、今はもう見ることができない懐かしき光景だった。


 デイジーが違和感を感じていたように、イーナも早くから違和感を感じていた。

 寧ろ、イーナは姉という立場にいるためか、妹が別人になったとさえ感じていたのだ。


 当然、イーナは心中穏やかではいられない。レーナが目を覚ました後、レリエートとの一件でゴタゴタしていたが、イーナはフィーナに何が起きたのか聞かずにはいられなかった。


 当時、問いかけたイーナに対して、レーナは苦い表情をつくった。

 レーナは絶対に他言しないことを条件に、フィーナに施した儀式めいた魔法を教えた。長年祖曽が秘匿していた禁術である。レーナはその全容を理解している訳ではなかったが、現象や状況から推察することはできた。推察ではあったが、暴論ではなく的を射た理論だった。

 

『フィーナの中には別の魂が入っている』


 レーナからそんな言葉を聞いたイーナは暗闇に突き落とされるような絶望感を味わった。レーナの言葉の意味、それはフィーナという個人は死に、別の人格が備わっていることを意味していた。

 病に苦しむ変わり果てたフィーナに対し、なすすべの無いイーナは恐怖し、半ば逃げるようにフィーナの元を離れたときのことは忘れようもない。


 しかし、フィーナはそんなイーナを許し、慰めた。自慢で尊敬できる姉だと言い、イーナは感じていた罪悪感から解放され、滂沱の涙を流した。

 その時は救われたように思えたイーナだったが、それ自体フィーナとは違う人格に言われたのかと思うと、さぞ滑稽で無様だっただろうと、イーナは自嘲した。やり場のない怒りを感じていたイーナはフィーナに対して詰め寄ろうとも考えていた。


 それをさせなかったのはレーナだった。詰め寄ろうと考えていたイーナを諭し、自身の胸中を語った。

 フィーナが別人格を持っていたとしても、レーナは生きているだけで嬉しいとまで言ってのけた。フィーナが死の瀬戸際にいるとき、レーナは徐々に小さくなっていく娘の鼓動に絶望と焦りを感じていた。フィーナの血の気は薄く、もうダメかと、何もかも投げやりになってしまいそうになったとき、禁術は行われた。

 禁術後のフィーナはまだ安心できる状態にはなかった。だが、治癒魔法をかけ続けていると、徐々に呼吸を取り戻し、心の鼓動が強くなっていった。

 フィーナがようやく安定した呼吸をするようになった頃、レーナは深い安堵とともに意識を手放した。極限まで魔力を絞り尽くしたレーナは、しばらくの間、目を覚ますことはなかったが、目覚めたとき、元気になった愛娘を見て、祖母に感謝するとともに歓喜の声を上げたのだった。

 当時の思いをイーナにぶつけたレーナの目は視線を逸らしたくなるほど真っ直ぐで、力強かった。


 イーナは初めて吐露された母の思いに狼狽した。

 納得はできなくても、そこまで思う母のために、イーナは行動に移すことはできなかった。


 イーナは胸の内で悶々とした気持ちを抱えたいた。時にはボロを出しそうなフィーナに対して露骨に訝しむ目線を送ったりした。怪しむイーナに、フィーナは穴だらけの言い訳を使い、いつもはぐらかしていた。

 フィーナは懸命にはぐらかしていたが、どこか悲しそうな表情を浮かべてもいた。そんなフィーナを見て、イーナは段々と心を許し始めた。


 悩んでいたイーナが『フィーナ』を妹と認めたきっかけは、リーレンとの戦闘後、サナと話していた時まで遡る。

 フィーナはサナに対してお姉さんみたいだと言い、イーナは息が詰まるような感覚を覚えた。

 確かにサナは包容力もあり、時には厳しい言葉をくれたり、手放しに褒めたりと、イーナたちの良き理解者であった。フィーナは半分冗談で言ったのだと理解はしていたが、イーナは“姉”という立場が足元から崩れるような気がして、酷く不安になった。


 いつの間にか、イーナにとって、フィーナは大切な存在となっていた。イーナはもしかしたら姉の立場を無くすかもしれない、と思い始めたとき、ようやくフィーナが大切だと気づいたのである。

 それだけに、フィーナの口から、他の人に向けて“姉”という言葉を言って欲しくなかった。たとえサナであろうと、傷つく心はイーナを苦しめた。

 しかし、その後にフィーナは、イーナが世界一の姉ですけど、と自慢げに述べ、今度は胸の(つか)えが取れたような気分になった。

 自分の事のように誇らしげな顔をするフィーナはとても清々しく、かつてないほど愛らしく見えた。




 フィーナが何を思い、周りに自身のことを話さないのかわからないが、出来るならフィーナが話してくれるまで待とうと、イーナは心に決めたのだった。



 

「ふぅ〜」


 イーナはチラホラと道行く人が見え始めた王都郊外の道を、先を行くデイジーとアメラを見守るようにして歩く。


 半ば振り回されるようにして手を引かれるアメラは、昔のフィーナにそっくりだ。

 思わず涙腺が緩みそうになるが、大きく息を吸って堪える。



 今のところ厄介な相手には会っていない。少々問題はありはしたが、なんとかフィーナとレーナの我儘なお願いを叶えてやれそうだ。


「ホントお姉ちゃんは大変だよ」


 イーナは深く溜息をついた。少し離れた所で、デイジーとアメラがイーナに向かって大きく手を振っている。“世界一の姉”は小走りになって、手のかかる“妹達(・・)”の元へと向かう。

 朝日は三人を迎えるようにして、温かい陽射しを送っていた。



 


次回はちゃんとストーリーを進ませます

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