127『笑顔』
馬車降りたデイジーは欠伸を隠すこともなく、空に向かって手を上げ、堅くなった肢体を伸ばした。
出発前よりも空が白く色づいていることから、ようやく朝が来たか、と徐々に冴えてきた頭の中で呟く。
デイジーにとって、暗い時間帯から行動することは違和感しか残らなかった。そのため馬車に乗ってからはすぐに意識を落とし、熟睡する事となってしまったのだ。
習慣化している起床時間とは程遠いが、一度仮眠をとったこともあり、存外、気分はスッキリとしている。
デイジーは隣であたりを喜色を伺わせながら見回すアメラを俯瞰して見つめた。
デイジーにとって、アメラへの思い入れは、レーナやフィーナ程強くない。それでも顔貌がフィーナにそっくりなので、最初から赤の他人と割り切ることはできないでいた。
デイジーは客席からドラゴンの形態にあったアメラをその目で見ている。他を圧倒し、強力無比な強さを誇っていたドラゴンが、こうして少女となって目の前にいることに、シュールな印象を持ったものだ。
しかし、見た目は無知で純情そうな少女だが、その内に秘める力は国を傾かせるほどに強大だ。元々、勘に優れるデイジーには、少女然とした容姿のアメラを見ても、底知れぬ力強さに恐怖を感じていた。
「おはよー」
デイジーはそんな胸中をお首にも出さず、極めて抜けた挨拶を口にした。
「よだれ垂れてるよ」
「うそ!」
イーナの指摘にデイジーは顔を赤らめ、袖でゴシゴシと口を拭った。高飛車なデイジーだが、恥というものを感じないほど粗野でもない。ちゃんと年甲斐のある乙女らしさもあるのだ。
「あはは」
アメラはデイジーを見て、そのあどけない顔を崩し、屈託のない笑顔を見せた。
笑われたデイジーは怒るとも拗ねるともせず、ただ気恥ずかしそうに頬をかく。
デイジーはアメラの笑顔を見て、不思議とどこか懐かしい気持ちになっていた。
フィーナに手を取られ、ともに過ごした幼少期は、デイジーにとってかけがえの無い大切な思い出だ。アメラの笑顔はその頃デイジーに向けられた、フィーナの笑顔にそっくりだったのである。
デイジーはすうっと息を吸い込み、僅かに上を見ながら物思いにふけった。
いつからだろうか、フィーナの笑顔が変わったのは。頭の出来の悪いデイジーでも、心当たりはすぐに思い至った。
フィーナが高熱ともに倒れ、レーナと祖曽による治療により、回復したと聞いたとき、デイジーはわあわあと泣いたものだ。親友を亡くさずに済んだことを、心から安堵し、それを成したレーナと祖曽に深く感謝した。
しかし、回復したフィーナと過ごすようになってから、デイジーはどことなく違和感を感じ始めていた。
時が経つに連れ、デイジーの感じる違和感はどんどんと大きくなった。それでも特に気にすることもなく日々を過ごしていたのは、デイジーの性格故だろう。
デイジーが心の奥に閉まっていた違和感を明確に意識したのは、リーレンによる最初の襲撃事件のときだった。
フィーナはこの時、多くの成人魔女の前で進言し、敵の行動を読み、作戦を提示した。
デイジーが知るフィーナは明るく快活で、時に児戯に等しい悪戯はするも、真面目で、平々凡々とした普通の少女だった。しかし、あの場では物おじせず、真っ向から自身の意見をぶつけるフィーナに、デイジーは違和感を感じざるを得なかった。
その違和感は後に疑問となったが、デイジーはその疑問をフィーナにぶつけることはなかった。
病から回復したフィーナはその時から変わってしまったのだ、とデイジーは考え始めるも、それでもいいと思っていた。たとえ変わってしまったとしても、フィーナはデイジーの親友であり、ただ一緒に居れるだけで楽しく、多幸感に満ちていたのは変わらなかったからだ。
幼い頃の思い出をフィーナも覚えており、家族であるイーナやレーナが何も言わなかったこともあって、デイジーは禁物に蓋をしたのだ。
(そっかぁ……アメラの笑った顔、あの頃のフィーナに似てるんだ)
デイジーはアメラの笑顔に感じた懐かしさの根幹を理解し、同時に、つい思い出し笑いをしてしまう記憶に顔が綻ぶ。
懐かしい記憶とともに浮かぶのはどれも輝かしいほどの明るい笑顔。
楽しかった幼少期を代表するフィーナの笑顔は忘れられない。禁物に蓋をしたとは言え、現在、あの笑顔が向けられないのは少なからず寂しいものがある。
今、デイジーの目の前では、あの頃を想起させる屈託のない笑顔が浮かんでいる。
懐かしさや愛おしさがデイジーの心を揺さぶるも、目の前の少女はフィーナではないという現実に、デイジーがとった行動は、アメラの頭を撫でて微笑みを返すというものだった。
デイジーの笑顔が、まるで幼少期に戻ったように幼く破顔していたのは言うまでもない。
ストーリーが全く進んでない……