125『魔の女王』
フィーナは口をあんぐりと開けながら、ふんぞり返る目の前の少女を見ていた。
フィーナが呆けるのも無理のない話である。成人に達してもいないであろう目の前の少女が、あの【魔女王】なのだから。
魔女王ヴァイオレットのことは噂程度にしか聞いたことがないフィーナであったが、その噂というのも眉唾ものばかりであった。
過去にデメトリアは「魔の女王は魔女の魂を一時的に膨れ上げさせ、その力を最大限に引き出す」と言っていた。
レンツを襲撃したレリエートの魔女リーレンや、マリンに【二つ名】を与えたのも他ならぬ魔女王の仕業である。
魔の女王は気さくで良い人物だと聞いていた。偉そうな態度をとってはいるが、確かに人良さそうだ。
しかしレリエートの魔女に【二つ名】を与えたことは見過ごせない。そのせいでフィーナ達はえらく苦労する羽目になったのだ。謝罪と要求をとは言わないが、何故レリエートの魔女に【二つ名】を与えたのかは知りたい。
「ヴァイオレット……さん?」
「ヴィオで良いぞ」
「【二つ名】を与えることができるというあのヴァイオレット・ノーサン・ミッドランドですか?」
「然り。まあほいほい与えるような真似はせんがな。頼んでも無駄じゃぞ」
ヴィオは名を知られていて嬉しいのか、鼻を膨らませて口の端を上げる。
「では何故レリエートの魔女に【二つ名】を与えたんですか? そのせいで私達がどれだけ大変な目にあったか……」
フィーナはレリエートに何をされたかを伝え、現在も油断ならない状況にいると説明した。フィーナの言に、ヴィオは顔を顰めた。
「む……レリエートの魔女に【二つ名】を与えたのは妾ではないぞ。妾の婆様、先々代の魔女王じゃ。じゃが……何というか…すまんかったの」
ヴィオはふんぞり返った体を小さくし、俯きながら謝辞した。
「先々代はその当時ボケておっての。先代や妾の反対も聞かなかったのじゃ。魔女王とて、老いには逆らえんのよのう。最期は自分の名もわからずに逝ってしまったわ……」
ヴィオは哀愁に満ちた目を空に向けた。夕闇に浮かぶ月がヴィオの紫色の瞳に映り、淡い光を放つ。
先々代の魔女王とやらは、ヴィオにとってはかけがえのない家族だったのだろう。潤んだ瞳は寂しさを感じさせるも、懐かしい記憶を思い出したのか、頬が緩んでいた。
「【二つ名】は一度与えると戻すことは出来ん。確か五人の魔女に与えたはずじゃ」
その五人にリーレンとマリンを含めたら、残るは三人。マリンを打ち倒した後、特に動きの見られないレリエートだが、諦めたとは思えなかった。レイマン王国が絡んでいる案件故に、慎重になっているとフィーナは推測していた。
「先々代のやったこととはいえ、止められなかった妾にも責任があるのう。そうじゃな、この魔女王が少し力を貸してやろうぞ」
「え!? 一緒に戦ってくれるんですか!?」
「いや、そこまで介入はできん。魔女王は公平じゃからの。お前さんは優秀なようじゃし、魔女王の知識を教授してやろう」
フィーナはごくりと喉を鳴らした。魔女王の知識とは一体いかなるものか、フィーナは通常ならば知り得ない知識を得られると聞き、手に汗を握った。
「それってどんな―――」
「探しましたよ、ヴィオ」
フィーナが先を聞き出そうと前のめりになると同時に、ヴィオの傍らに長身の女性が現れた。
腰まである長い銀髪がふわりと風に揺れ、芳醇な花の香りを漂わせた。雪のように白い肌にどこか気怠げな赤い瞳が浮かび、さながらウサギのようである。
赤い紅を指した唇は妖艶で、フィーナが男性ならば一発で虜にされそうなほど色気を出していた。
黒を基調としたメイド服に包まれた体はスラリとしており、一種の芸術品と見間違うような美しさだった。
その絶世の美女と呼ばれても過言ではない容姿に、フィーナは目を奪われ、呼吸を忘れてしまいそうになる。現に、道行く人はこのメイドの美貌に目を奪われ、あちらこちらに頭をぶつけていた。
「テッサが側におると疲れるのじゃ。妾は祭りを楽しみたいのじゃ。男どもの締まらん顔を見るために遥々メルクオールまで来たのではない!」
「そうは言いましても、私はヴィオのメイドです。先代からもヴィオをよろしくと頼まれておりますので…」
テッサと呼ばれる美人メイドは我が子を慈しむようにヴィオを見ている。その姿がまた可憐で、籠絡する様は淫靡でもあった。
「そちらのお方はご友人ですか?」
テッサの整った顔を向けられ、フィーナは思わず目を逸らしてしまう。
「まあそんなところじゃな。婆様の代で迷惑をかけたらしくての。少々手を貸してやるつもりじゃ」
「そうですか。しかしここでは人目につきます。場所を変えてはどうですか?」
「人目につくのは八割くらいテッサのせいじゃぞ……。フィーナ、これから時間はあるかや?」
「すいません。明日の朝方に用があるので、今日はなるべく早く休みたいんです」
用というのはアメラを郊外に移す件のことだ。フィーナ自体は一日中部屋に閉じこもることになっている。
知識を教わっている間に朝、ということもあり得る。アメラの件は慎重に進めなければならないため、万全を期す必要がある。魔女王の知識とやらは気になるが、優先すべきはアメラの移動である。
「ふむ……妾も多忙じゃからな……祭りが終わればすぐに帰らねばならんのじゃ」
「城にお招きしたらどうですか?」
「……そうじゃな。案内人には心当たりがあるしの。フィーナ、それで良いか?」
「はい」
「後ろで聞き耳を立てている二人も連れてくるが良い」
ヴィオの言葉にイーナとデイジーはビクッと体を跳ねさせ、苦笑いを浮かべた。
こうしてフィーナ達は現魔女の中で最強と言われる魔女王の城にお呼ばれされることとなった。