122『お祭り 午前の部』
翌日、気だるさの残る体を無理やり起こし、足りない魔力を補うために魔力回復水、魔水を飲んだ。
そこそこ回復したフィーナは添い寝していたアメラを起こさないようにベッドを抜け、出かける準備をした。
フィーナが留守の間、レーナがこの部屋に来ることになっている。今のところ機関に出入りする魔女が少ないので問題になってはいないが、大会が終わり、通常運営に戻れば、知らない顔のレーナを不審に思うかもしれない。
フィーナが説明してあげることもできるが、なるべく注目を集めたくはない。大会後は、郊外へアメラを連れて行かなければならないからだ。
ドナが提案したアメラの教育だが、場所に当てはあるのだろうか。
ドナには謎が多い。レンツの魔術ギルドの図書室で働くドナは、見た目が無愛想なせいか、いつも怖がられていた。それでも、村の代表として送られてくるほど、腕前は周知されていた。デメトリアとは仲がいいのだろうか。
寝起きの頭でしばし考えていたフィーナだったが、納得がいったかのようにポンと手を叩いた。
(でめちゃんとドナさんは同期なのかも)
若返りの秘術を自らに使ったデメトリアは、見た目フィーナと変わらないため、時々本来の年齢を忘れてしまいそうになる。あの見た目でも、実際は五十代なのだ。ドナはデメトリアよりも少し若く見えるので、レーナとリリィのような先輩、後輩の間柄なのかもしれない。
「フィーナ、準備できた?」
「うん」
イーナが部屋の扉を開け、小声で確認してきた。側ではアメラがまだ寝ているので、フィーナは抜き足指し足しながら部屋を出た。
部屋の外ではデイジーが眠い目をこすりながら、うつらうつらと船を漕いでいた。初めてのお祭りに興奮して、あまり眠れなかったのだろう。かく言うフィーナも少しばかり寝不足気味だ。
祭りの会場には【魔操球】が行われた競技場を使っている。この競技場は、大会が終わっても解体されることなく、そのまま維持されるらしい。派手でわかりやすい【魔操球】は今後も催されるようで、国が【魔操球】にことさら力を入れていたのも、定着させるためだったようだ。
既に何人かの魔女がプロチームに入らないかと招待を受けている。フィーナ達もその内の一人だったが、ただでさえ忙しい身なので、遠慮させてもらった。
お祭りの会場となっている競技場には、既に多くの人で混み合っていた。村を出たばかりの頃だったならば辟易としていただろうが、メルポリの人混みを経験したフィーナ達にとって、この程度の人混みくらい楽なものだ。
メルポリの人混みと違う点は、その人混みの度合いだけではなかった。平民に混じって魔女や冒険者、騎士や貴族まで幅広い身分の人で溢れていたからだ。
貴族には護衛の騎士が付いており、気まずそうに平民達が道を開けてはいたが、これほどの身分差をごちゃまぜにした場所は、世界に一つだけだろう。
「フィーナさん! おはようございます!」
「シャロン! おはよう、シャロンも来てたんだね」
「はい、お父様とお母様と一緒に」
シャロンの後方を見ると、デーブ伯爵が柔らかな笑みを浮かべていた。
護衛の騎士を連れていないが、デーブ伯爵だけで妻と娘を守りきる自信があるのだろう。護衛数人よりデーブ伯爵の方が頼りになりそうだ。
「おはようございます、デーブ伯爵。狩猟大会では凄い活躍してましたね」
「おはよう。フフフ……これも君たちのおかげだな! また家に遊びに来てくれ。いつでも泊まっていってくれてかまわんぞ」
「夫が狩った魔物も出品されてるから、見て行ってね」
デーブ伯爵は夫人の肩を抱き、フィーナの頭ほどの力こぶを見せた。夫人はそんなデーブ伯爵をうっとりと見つめ、頬を染めた。
「お父様、お母様、人前でそのような真似はやめてください!」
「シャロンも大変だね……」
デーブ伯爵一家に手を振って別れ、フィーナ達は素材売り場を目指す。祭りの目玉となっているので、他の場所より人が多いように感じる。中でも、魔女が多く見受けられた。質の良い素材を大量に手にすることのできるこの場は、魔女にとって一番目を引く売り場だろう。
「へー安いね」
「お祭り特価だってさ」
フィーナとイーナは掲げられた値段に驚きつつ、これはと目を引いた物を買い込んでいく。
デイジーはその辺を歩く飴売りから飴玉を買い、飴玉をコロコロと口の中で転がしながら暇そうに
待っていた。
「おや、お前らレンツの三人娘じゃねーか」
そうやって声をかけてきたのは褐色肌に筋骨隆々の冒険者、トールマンだった。何人もの女性をその甘いマスクで虜にしたのか、トールマンを中心に、まるで防波堤のように女性たちが取り巻いていた。
「あなたは確か冒険者の……」
「スポーツマン!」
デイジーがトールマンを指差し、好青年の象徴らしき名を呼ぶ。
「誰がスポーツマンだ! トールマンだよ、覚えとけ!」
「それで、そのポールマンが私達に何の用でしょうか」
「ポールマンでもねーよ……まあいいや。別に用って程じゃねーんだけど、お前ら【魔操球】で大玉壊したろ?」
「壊したんじゃありません。壊れたんです」
「その辺はどっちでもいーよ。俺はノータンシア出身でさ、ガキの頃から【魔操球】を見てたんだ。けど大玉を壊すやつなんて初めて見たぜ。なんて言うか、すげーな、お前ら」
「それはどうも……」
正直褒められてもあまり嬉しくない。それにこの件はイーナが責任を感じているので、蒸し返さないでほしい。
フィーナは話題を変えることにした。
「ノータンシア出身だったんですか。何故この国に?」
「冒険者だからな! 旅は冒険者の花だろ? 今回はたまたま旅の途中の村で、おもしろそうなことやるってーんで、参加させてもらったんだよ」
「ところでよー……」
トールマンはフィーナの後方をチラリと見やる。見つめられたであろうイーナは、フィーナのローブの端をぎゅっと掴んだ。
「レベルの低い【魔操球】だったけどよ、お前達の試合だけは面白かったぜ。司令塔は後ろのお前か?」
「え? えと、あの」
「どうだ? 俺と祭りを一緒に楽しまないかい?」
イーナは人見知りするタイプで、男性相手には特に激しい。そんなイーナがトールマンとまともに会話できるはずも無かった。拒否しようにも、何と口にしたらいいかわからないといった感じだ。
(未成年相手でもお構いなしだよ…)
トールマンを取り巻く女性達は、今更一人増えても気にしないのか、口出しするつもりはないらしい。
「素材を売った金があるんだ。好きな物を買ってやれるぜ? どうだ? 来てく――――」
「お言葉ですがゴールドマンさん」
フィーナはトールマンの言葉をやや大きめな声で遮った。
「姉さんが欲しいものをゴールドマンさんが買えるとは思いません」
「ゴールドマンって……まあ嫌じゃない響きだな。しかし買えるとは思わないって、どういう事だ?」
「姉さん、欲しい物リスト見せてやって」
「あ、うん」
トールマンはイーナが掲げた『欲しい物リスト』を見て、目を見開いた。
「シャープホーンデアーの胆石、ビッグアイキャットの網膜、ボススコーピオンの爪、ブラッドドラゴンフライの薄羽……なんだこりゃあ、全部馬鹿みたいに高いもんばかりじゃねーか!」
凄腕の冒険者なだけあって、トールマンはイーナの欲しい物が手に入りにくく、かつ高値がつく物ばかりだと直ぐに気づいたようだ。
「姉さんを誘うなら、金貨五百枚は用意した方がいいですよ」
「……俺もまだまだってことか」
トールマンは鼻っ柱を折られ、肩を落としながら去っていった。そんなトールマンを励ますように女性達は後を追う。
「金のかかる女に見られたかな……?」
「魔女ってそういうものじゃない?」
「フィーナは魔女と言うより、悪女のほうが似合ってるよ」
「……デイジー、午後の食べ歩きなしにしてもいいんだよ?」
「ご、ゴメンナサイ」