119『魔術大会最終日』
結局アメラはあれから翌日の朝まで起きることはなかった。よほど疲れていたのか、それとも人化の影響なのかはわからなかった。レーナはそんなアメラにべったりで、一時さえ離れようとはしなかった。
今日は魔術大会最終日で、【魔操球】が競技として行われる。
この【魔操球】に出場するのはフィーナ、イーナ、デイジーの三人。もともと、昨日の【陣地争奪戦】に三人で出るはずだったのだが、あのような事になってしまったのと、レーナがアメラの元から離れないので、今日の競技に三人で出ることにしたのだ。リリィとドナはレーナのお目付け役である。
「そろそろ始まるよー」
デイジーが競技場の選手控室のドアを開けて、顔を覗かせる。
「今行くよ」
フィーナとイーナはデイジーのあとに続き、競技場の廊下を歩いた。運営委員や大会関係者が忙しなく行き来する廊下を、フィーナ達は緊張した面持ちで進んだ。
競技場へと出ると、眩い朝日がフィーナの目をくらませた。フィーナが手で影を作ると、次第に全容が見えてくる。
楕円形の競技場にはたくさんの客席が設けられ、全て埋め尽くすかのように観客が座っていた。万を超えるであろう観客に、フィーナはごくりと喉を鳴らした。
屋根が取り付けられたテーブル席には、特別身なりのいい貴族たちが座っていた。その中にデーブ伯爵の娘であるシャロンもいた。シャロンは両隣のデーブ伯爵夫妻と共に、フィーナ達に大きく手を振っていた。
フィーナが手が振り返すと、シャロンは嬉しそうにデーブ伯爵夫妻と顔を見合わせた。
実況席にはお馴染みのペントと、ヘーゼルがいる。
『いい日和の中で、今日も魔女たちの激闘が繰り広げられます。皆様、興奮のあまり立ち上がることの無いようにお願いします。後ろの人にも見えるように、落ち着いて試合をご覧になってください』
ペントが注意事項や【魔操球】のルールを説明していく。今日も箒レースと同じく、小規模な賭けが行われるようだ。レンツの倍率はそこそこである。先日の【陣地争奪戦】が奮わなかったからだろう。それでも出場者全員見習い魔女というのは、かなり注目を集めたようだ。フィーナ達を応援する声が大きいように聞こえる。
【魔操球】という競技はその名の通り、魔法で大玉を動かし、操る競技だ。相手の魔法を妨害したり、チームで協力して大魔法を行使したりと、ただ大玉をゴールに入れるだけの競技なのだが、かなり派手である。
選手は高台に立って魔法を放つのだが、相手への直接攻撃は反則となっていて、ひたすら大玉に向かって魔法を放つことになる。なかなかに滑稽なのだが、これが意外にも、ウケているらしい。
もともとは南のノータンシア連邦のうちの一国から発祥した競技で、じわじわと連邦全体に広まり、今ではノータンシア連邦の国技となっている。
レーナ曰く、国がこの競技に力を入れているのも、ノータンシア連邦との関係をより親密にしたいがためらしい。
西のサッツェ王国とは建国以来争いはなく、北のスノー•ハーノウェイとは貿易で良好な関係を築いている。南のノータンシア連邦にはこれといった関係性は無く、メルクオールは【魔操球】を通じて、ノータンシア連邦と繋がりを深めようとしているのだ。
メルクオールがここまで他国との関係を深めようとしたのには、レイマン王国のことがあるからだろう。
今回の大会で、メルクオールは国内外に質の良い騎士と魔女の存在を知らしめた。国庫も潤い、今頃国王はニヤケ顔を晒しているだろう。
運営委員の手によって、大玉が競技場中央に配置される。鉄球のように見える大玉だが、中は空洞で、見た目よりも重さはさほど無い。とはいっても、簡単に吹き飛ぶような重さでもない。頑丈さは王都魔術ギルドのお墨付きで、どんな魔法にも耐えられるように作られているらしい。これはノータンシア連邦の技術提供があったのではないかとフィーナは予想している。
フィーナ達、レンツは一回戦の初戦を飾る。まったく知識のない競技ではあるが、他の魔女もそうなので、どの村にも優勝の目はありそうだ。
「そういえばさ、昨日一回戦の相手に、『魔法は環境因子に影響される』って聞いたんだけど、フィーナはなんのことがわかる?」
高台へと登ったあと、イーナが尋ねてきた。
「環境因子か……確かに雨が降っていれば水魔法を扱うのも楽だし、風が吹いていれば風魔法を扱う上で魔力の節約にはなるよね」
「どうも、それだけじゃなさそうなんだよね。あとヴァイオレット城に行けば、師匠がいるからそこで教えてもらえって言ってた」
「ヴァイオレット城って……魔女王ヴァイオレット?」
「どうだろ? 名前だけ同じなのかも」
魔の女王こと、ヴァイオレット•ノーサン•ミッドランドはレリエートの魔女に【二つ名】を与えた魔女だ。類まれなる力と知識を持つと言われているが、デメトリアからはバカタレと言われるなど、その人物像ははっきりしない。
「そもそもヴァイオレット城なんて聞いたことないよ」
「うーん、外国にあるのかな?」
「かもね」
イーナはしばらく、うーんと唸っていたが、隣のデイジーに肩を叩かれて我に返った。
「一回戦始まるよ」
「ああ、ゴメン、デイジー」
こうして、魔術大会最終日は幕を開けた。