118『機関の寮にて』
試合終了後、イーナ達は後の決勝戦には目もくれず、王都の宿へと戻っていた。
レーナ達は未だに戻っておらず、イーナ達は本格的に捜索を始めようとしていた。そこに、フィーナの使い魔であるミミが現れた。ミミはフィーナの伝言を伝えるべく、イーナのもとにやってきたようだったが、【陣地争奪戦】に、イーナがメンバーを変えてまで出場したので、ミミは終わるまで待っていたようだった。
ミミ曰く、フィーナとレーナ、そしてドナはとある場所にて一緒にいるらしい。ミミはイーナ達をそこに案内すると言った。ミミはそれが何処なのか、何故試合に来なかったのか等は答えなかった。ササミを餌にしても頑として口をつぐむミミにイーナは嫌な予感がした。
宿はそのままに、イーナ達は馬車に乗った。馬車は十七番街行きで、機関のある街だ。
馬車から降りると、ミミが長い尻尾を揺らしながら先導した。途中から、イーナとデイジーには、フィーナ達がどこにいるのか予想がついた。イーナ達の職場でもある機関である。
てっきりどこかの研究室にいるのだろうと思ったイーナだったが、ミミは機関の本棟を通り過ぎ、寮である別棟へと向かった。
ここまで来れば、フィーナ達がいる場所は限られてくる。イーナはミミを急かし、足早に寮に通ずる道を急いだ。機関に初めて入るリリィは、キョロキョロと物珍しげに辺りを見回し、おっとりとした表情で何やら感心したように頷いていた。
「ご主人〜、お姉さんを連れてきたニャ」
ミミが部屋の前――――フィーナと書かれた木札が提げられた扉の前で、主人の名を呼ぶ。
重々しい解錠音が聞こえ、次にカチャカチャと小さな解錠音がいくつも聞こえてくる。機関の寮の部屋には簡単な施錠ができるようにはなっていたが、ここまで厳重に施錠しているのは明らかに異質だ。ここまで厳重だと、何か後ろめたいものを隠すようにしていると思えてならない。
程なくして、ゆっくりと扉が開き、愛用のステッキを片手に持ったフィーナが顔を覗かせた。妹に武器である杖を目の前で持たれては、流石に良い気持ちにはならない。そんな気持ちがイーナの表情に出ていたのか、フィーナは申し訳なさそうに八の字眉毛を作り、イーナ達を招き入れた。
イーナは床に散らばったゴテゴテとした錠前や鎖束を跨ぎ、部屋の中に入った。
部屋にはミミの言うとおり、レーナとドナもいた。そして、見覚えのない、いや、フィーナによく似ているせいか、どこか見覚えのあるような気にさせる女の子がいた。フィーナ達は扉を開けたイーナ達の正面に、フィーナに似た女の子は扉脇に置かれたベッドの上にいた。
レーナとドナは床に正座しており、そこにフィーナが加わる。フィーナに似た女の子は、普段フィーナが寝ているベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。髪色が同じであったなら、フィーナが寝ていると見間違うほどそっくりだ。
フィーナに似ているという事は、イーナにも似ている訳で、なんとなく、イーナは言いようもしれない居心地の悪さみたいなものを感じた。
レーナとドナ、そしてフィーナは正座したまま頭を下げた。いわゆる土下座で、最大級の謝罪方法なのだが、もちろんイーナはそんな事は知らない。ただ、少なからず誠意は感じた。
「ごめんなさい」
開口一番がこれである。レーナやフィーナだけならばまだしも、ドナまで頭を下げるなど、ただ事ではない。デイジーとリリィはどういうことか分からずに困惑していたが、イーナは家族故か、なんとなく理解した。とは言え、全て説明してもらわなければなるまい。
「母さん、説明して」
イーナがレーナに説明を求めたのに特別な理由はない。ただ、レーナが一際深く頭を下げていたからだ。
「イーナ、まずは【陣地争奪戦】を…その……すっぽかしてしまってごめんなさい。でも理由があるの。聞いてくれる?」
イーナはゆっくりと頷いた。「すっぽかして」の部分を聞いた時に、思わずクロスボウに手が伸びそうになったが、持ってきていなかった事を思い出し、イーナはこめかみを引くつかせながら耐えた。
そこからレーナが話した内容に、イーナは愕然とした。ドラゴンの人化にも驚いたが、バレたら即首が飛ぶような反逆罪を三人が揃って行っていたからだ。
フィーナの功績があり、イーナやデイジーが嘆願すれば、処刑はされないかもしれないが、それでも国王や他の魔女たちの信頼はボロボロになるだろう。
「なんてことをしたの……母さん。それにドナさんやフィーナまで一緒になって……」
イーナは目元を押さえ、大きく息を吐いた。デイジーは未だによくわかってない表情を浮かべていたが、リリィはどこか遠いところを見るように放心していた。
「でもね、なんとかなる方法があるってドナが………」
レーナが焦ったようにドナへと視線を移す。イーナの険しい目がドナへと移り、ドナはびくんと肩を跳ね上げた。
「お、王都に滞在してアメラに教育を施す、後にレーナの末娘として周知させる」
「………」
アメラというのが穏やかに寝ているドラゴンの女の子の事なのだろう。イーナは黙ってドナの【なんとかなる方法】とやらを聞いていた。しかし、その後の説明を受けて、遂にイーナの怒りが爆発することになる。
「き、機関の寮には長くはいられない。だからアメラにフィーナの変装をさせて、イーナとデイジーと共に王都の郊外あたりへ赴いて―――」
「いい加減にしなさい!」
ドナは再びびくんと肩を跳ね上げさせ、あわあわと両手を右往左往させた。
「私やデイジーまでも巻き込むつもりなんですか!? 村のみんなにはどう説明するつもりなんですか!」
イーナは凄まじい剣幕で三人に怒鳴り散らした。およそ未成年では出せない恐ろしさを、イーナは醸し出していた。年上や親姉妹など関係ないイーナの怒声は眠れるドラゴンを起こした。
「うわあああん」
赤子のように泣き出すアメラに、イーナはそっと近寄り、頭を撫でてあやした。
「大きな声を出してごめんね。もう大丈夫だから、起こしちゃってごめんね」
姉歴の長いイーナはアメラをあやすのも非常にうまかった。フィーナがまだ幼い頃に、怖い夢を見たとかで泣き出した時も、こうやって頭を撫でてあやしたものだ、とイーナは懐かしさ覚えた。
「私はイーナ。あなたのお姉さんよ」
「いーな?」
「そう。目が腫れちゃったね。今楽にしてあげるからね」
イーナはアメラの目元に治癒魔法をかけた。アメラは火照った目元の熱が引いていくのを感じ、自然と顔をほころばせた。
アメラが再び寝入るのを確認すると、イーナは振り返り、未だに正座を続けるレーナ達を睥睨した。
「ドナさんの案、請け負います。けど、母さん? 二度目はないからね」
そう言うイーナの眼差しは強く、射抜かれるようだった。しかし、アメラに向けた眼差しは優しく、慈愛に満ちていた事を、表情を伺い知れたデイジーとリリィだけは知っていた。
いつだったかフィーナが激怒したとき、後書きに怒るとイーナの方が恐いと書いたのを思い出し、あとがきの伏線を回収するのはどうなのかと思いつつも書き上げました。