116『ポリンとローリィ、そしてイム』
「ついてないなー」
せっかく村の代表に選ばれたというのに、初戦の相手がレンツだなんて、本当についてない。箒レースや召喚戦での無双っぷりには、乾いた笑いが出たものだ。
「やだなー。棄権したいなー」
「ポリン、諦めなさい。アンタもメインエーキの魔女なら腹を括りなさいよ」
「ウチもレンツが相手じゃなかったら、やる気にもなったさ。はあ、誰かさんのくじ運が悪いから、初戦で強豪に当たるんだよ」
「何よ! アンタだって『レンツ? 弱そうじゃん!』とか言ってたじゃない!」
「あの時はレンツの強さを知らなかったんだよ! まさかこんなに強いなんて……」
ポリンは頭を抱え、低く唸った。正直、勝てる見込みは無い。ポリンの頭にあるのは、死なないように注意することだけだ。
「わからないわよ? 召喚や箒だけが得意な村のなのかもしれないわ。【陣地争奪戦】では戦闘力が物を言うし、私達にも勝機はあるはずよ」
一体どこからそんな自信が湧き立つのか。魔物との戦闘経験すら少ないくせに。
「ローリィ、無理しなくていいんだよ。村のギルドには優勝候補といい勝負をした結果、惜しくも負けてしまいましたって報告しとくから」
「アンタにはプライドはないの!? 呆れた、イムさんも何か言ってやってください!」
ローリィから話を振られたイムは老魔女だった。耳が遠いのか、ローリィの言葉に一切反応せず、空の雲をじっと眺めていた。
「……」
「はあ……どうしてイムさんが代表に選ばれたの? もっと相応しい人がいたでしょうに」
ポリンやローリィは村を代表する優秀な若い魔女だ。対してイムは、死期を見誤ったかのような老魔女で、若いポリンやローリィと連携がとれるとは思えなかった。
イムの介護をしながら戦うなど冗談ではない。注意を逸らされ、大怪我を負うかもしれない。
「いい天気じゃのう………湿気も少なくて心地良いわい」
ポリンとローリィは脳天気なイムの言葉に、揃ってため息をついた。実質三対二となるであろうこの競技に、ポリンはともかく、ローリィは諦めていなかった。
ローリィが諦めなかった理由はいくつかある。
一つはレンツが試合直前でメンバーを変えたこと。急な変更を余儀なくされたとしたら、レンツ側の連携に、綻びが現れる可能性も十分にある。そこを上手く突けば、ローリィ達にも勝機はあるはずだ。
二つ目はレンツ側の三人のうち、箒レースに出場していた二人がこの競技に出場していること。ローリィ達、メインエーキは箒レースを早々に敗れてしまったため、地上でレンツの激しい攻防を目にしていたのだ。恐ろしく巧みな魔法の撃ち合いに身震いしたが、情報を得ることが出来たのは大きい。
三つ目はポリンがいること。ポリンとローリィは幼少期からの付き合いで、よく二人で依頼を受けたり、二人で研究したりと、何だかんだ言って、二人が揃うと、万事上手くいった。ポリンの考えることは全て理解できるし、逆にポリンもローリィの考えを全て理解できる。村では、この二人の事を【鳥の両翼】と呼ぶほどである。
簡単に負けてしまえば、村に戻った時、なんと言われるかわかったものではない。ローリィは半ば投げやりになっているポリンの背中を叩き、奮起させた。ポリンを奮起させる事で、ローリィは自らの不安な気持ちを抑え込んだ。
『こんにちはー! これより【陣地争奪戦】を始めます! 怪我の無いよう注意して、競技に励んでくださーい! なお、本競技の解説は引き続きヘーゼルさんです』
大会開始の合図が上がり、ここまで届くほどの歓声が、ローリィの足を浮足立たせる。ローリィは頬を叩いて緊張に耐えた。隣ではポリンが青い顔をして立っていた。この観衆の前で、負けることを想像したのだろうか、酷く嫌そうな顔を浮かべている。
「二人なら何とかなるよ」
ローリィがポリンを励まそうと、声をかける。
「イムさんは危険なので、ここにいてくださいね」
「土が柔らかくて気持ちええのう」
イムは土いじりを始めていた。先程からブツブツと独り言を呟きながら、フラフラするので、危なっかしくて見てられない。とはいえ、老人を戦闘のさなかに連れて行くわけにもいかないので、ここでじっと待ってもらう他ないのだ。
ポリンとローリィは未だ土をいじり倒しているイムを置き、競技場へと駆け出した。
【陣地争奪戦】は急ごしらえの簡易的な建造物が並ぶ、この競技場で行われている。陣地とされる三つの地点は、予め地図で確認しているので、戦闘が起こりそうな所は予想できる。
ポリンとローリィは小高い丘にある陣地を目指して足早に向かった。丘の陣地は一度取ってしまえば、守るのも容易そうだったからだ。
「やった! 誰もいなさそうだよ」
「油断しないで、ポリン」
ポリンに軽く注意をするも、ローリィは内心喜んでいた。丘の陣地は明らかに有用な陣地だ。そこにレンツ側は誰一人として来ていないのだから、拍子抜けである。案外、簡単に勝利できるかもしれないと、ローリィは思い始めていた。
「旗を立てたら次の陣地に行こう。守りは使い魔に任せて置くから」
「なんだかやる気出てきた」
「だから言ったでしょ。私達にも勝機はあるって」
「ローリィだって不安で吐きそうな顔してたくせに〜」
「うっさい! バカポリン!」
言い合いをしながらも二人は旗を立てて、次の陣地へ向かった。二つ目の陣地は建造物の密集地帯にあり、守るのに不利な地形だ。もし相手がいたとしても、散発的に攻撃を繰り返し、旗を上げさせないようにすればいい、ローリィはそう考えていた。
「この先が旗のある場所ね……戦闘も予想されるわ。ポリン、準備はいい?」
「いいよ」
ポリンとローリィが路地の影から飛び出し、辺りを警戒しながら旗へと向かう。
「敵よ!」
ローリィが叫び、同時に火魔法を詠唱する。ポリンは風魔法を詠唱し、ローリィの補助に回っていた。
「勝利は私達のものよ!」
ローリィの火魔法とポリンの風魔法がレンツの小さな魔女に迫る。風の力によって、勢いを増した猛火は、ゴウゴウと音を立てながら、全てを焼き尽くさんと地を這っている。
レンツの魔女がどのような反撃に出てくるのかと、ローリィは身構えながら考えていたが、意外にも、レンツの魔女はポリンとローリィの姿を見た後に、直ぐに退いてしまった。
「…え?」
「ウチら、もしかして強いんじゃない?」
「そう……かも」
ポリンとローリィは笑みを抑え、旗を上げ始めた。この旗を上げれば、メインエーキの勝利である。「あのレンツにあっさり勝つことが出来るなんて、ウチらもしかして強すぎ?」などとポリンが冗談めかしく言うので、ローリィはニヤけずにはいられなかった。
旗を半分ほど上げた所で、先程のレンツの小さな魔女が姿を現した。
「ローリィ、ここはウチに任せてよ」
競技開始前の諦観に満ちたポリンはどこにいったのか、今のポリンは元のお調子者なポリンだった。
ポリンが詠唱始めると、レンツの魔女は動いた。いや、転移したと言ったほうが正しいだろうか。詠唱するポリンの目の前に瞬時として現れ、目を見開くポリンとは裏腹に、レンツの小さな魔女はこれまた小さく微笑んだ。
「デイジーサイス!」
ヒュッ、と空気を裂く音が鳴り、次にポリンの体がぐらりと傾き、仰向けに倒れた。ポリンは一瞬で意識を飛ばされたようで、白目を剥いていた。
「ポリン! くっ、旗を立ててる場合じゃないわ! 燃えなさい!」
ローリィは旗を手放し、レンツの小さな魔女、デイジーに向かって先程と同じ火魔法を打ち出した。ポリンの助力がないので、さっきのような威力は出ないが、それでもローリィが一番上手く使える火魔法である。自信に裏打ちされた火魔法は、デイジーに向かって迸った。
しかし、デイジーはそれをあっさりと避け、建物群に身を隠した。ローリィは「しまった」と歯軋りした。
あの魔女はポリンとローリィが旗を上げる無防備な隙を狙っていたのだ。わざと一度退き、こちらを油断させて強襲する。こちらはまんまとそれに引っかかってしまった。
ポリンは完全に意識を刈り取られて、しばらくは目を覚まさないだろう。いったい何の魔法を使ったのか分からなかったが、とにかくあの小さい魔女を近づけさせるのは危険だ、とローリィは考えた。
その後もデイジーは散発的にローリィに対して攻撃した。
ローリィは気を削がれ、いつ現れるか分からないデイジーに注意を払うことしかできなかった。
元々ローリィが考えていた作戦を、レンツ側にされ、ローリィは自身の不甲斐なさに自虐的に笑った。
ポリンを欠いた現状は、ひどく厳しい。レンツの他二人の魔女が、ローリィ達の一つ目の陣地を落とすというのも考えられる。
村に戻ったら怒られるのは確定か、とローリィが落胆していると、雷が落ちたのかと疑うような轟音が響いてきた。
場所を確認して、ローリィはがっくりと膝を折った。音の発信場所はローリィ達、メインエーキ側の一つ目の陣地からだった。
やっと一段落したので、投稿再開です!