112『召喚戦・決勝』
――――召喚戦。数多の魔女達が、思い思いに趣向を凝らし、多種多様な使い魔が増産されている中、レンツチームの【ドラゴネット】、アメラはその中でも一際異彩を放っていた。
アメラのお陰でレンツは連戦連勝。苦労して召喚した使い魔が、一瞬で塵と化す事に耐えきれないチームもあり、決勝までたどり着いた頃には、全戦績中、五割が不戦勝という記録を作っていた。
レーナはますます調子に乗ったようで、試合が行われる度に、アメラの背に乗って登場するというパフォーマンスまでやり始めた。
フィーナとしては、恥ずかしい限りだが、観客はそれを見て興奮するのだから、閉口ものである。
決勝ではやはり賭けが行われたが、ほとんどの観客はアメラに賭けたため、あまり意味をなさないものになっていた。既に、観客の間ではどちらが勝つかでは無く、どうやって勝つのかという関心のほうが高いようである。
『決勝戦! もはや留まることを知らないレンツチーム! 今回もまた、ドラゴンの背に乗って登場です!』
『対するは、最も機関務めの魔女を輩出しているインテリの住まう魔女村! ケインヒルズチーム!』
ケインヒルズという魔女村については、フィーナも聞いたことがある。機関に所属している魔女のおよそ三割はケインヒルズ出身である。特に錬金術分野に秀でており、教官のフィーナでも、興味をそそられるような研究をしている魔女が多いのだ。
ケインヒルズでは、機関に所属した魔女には奨励金が払われるらしい。ケインヒルズの魔女自身も、最先端の研究がしたいという知識欲の塊みたいな者たちばかりなので、試験や面接に挑む意気込みが違う。ケインヒルズは、この国において、一番の学問の名門と言っていいだろう。
そんな名門ケインヒルズが召喚した使い魔は、大きな岩の塊だった。よく見ると呼吸しているかのように上下しており、岩の塊に見える外見は、甲殻のような物だと判断できる。
大きさはアメラに負けないくらい大きく、ゴツゴツとした肌は非常に硬そうだ。
しかし、防御力に重点を置いたためか、動きは遅鈍としていて、その隙をつけそうである。
「さぁアメラ。やってしまいなさい」
例の如く、レーナがアメラに蹂躙を命令する。アメラは空気を震わせる程の咆哮を上げ、未だ鎮座している岩の塊に向かって突進した。
ドスンドスンと地を揺るがしながら突進するアメラに対して、岩の塊は不動の構えである。やはり機敏な動きはできないようだ。
アメラは一回戦でサーベルタイガーもどきを葬った時のように、反転しつつ、尻尾での薙ぎ払い攻撃を行った。巨木が豪快に横薙ぎにされていると錯覚するほどの攻撃は、不動の岩の塊へ、轟音とともに命中した。突進の速度を載せた攻撃であったため、一回戦で放った物より、数段破壊力は勝る。が、岩の塊は多少巨大な体躯を震わせただけで、難なく受け止めた。
あの岩の塊は想像以上に堅固だ。まさに、破城槌でも無ければ傷すらつけられない要塞のようである。
アメラは不快そうに口元を一瞬歪めたが、そのまま大口を開き、数多の使い魔を塵に変えた、高熱の炎を吐いた。会場全体が炎に包まれたかのように気温があがり、フィーナは襲いかかる熱気に顔を背けた。背けていないと、顔が焼けてしまいそうだったからである。
十秒ほど経っただろうか。アメラの炎が止むと、煤だらけの岩の塊がそこにあった。何が起きても揺るがないように見えた岩の塊は、アメラの炎ブレスを受け、甲殻を所々溶けたガラス状に変質させていた。あの様子ならば、どんな使い魔であっても生きてはいまい。
フィーナは呆気なく終わってしまったなと、踵を返そうとしたが、フィーナの横に並ぶレーナとドナの驚いた表情が目に入り、慌ててかの岩の塊へ向き直った。
岩の塊がふるふると震えたように見えた後、未だ燻っているガラス状の甲殻に、ひび割れたように亀裂が走った。
亀裂はどんどんと大きくなり、遂には甲殻の破片が零れ落ち始めた。
亀裂の隙間から白い物体が見える。その白い物体は、まるで卵から帰った雛のように、甲殻という鎧を脱ぎ去った。
白い物体はの体表は、段々と茶色く色づいていき、瞬く間に元の岩の塊のような体躯へと戻った。
岩の塊は脱皮したのである。
ここまできて、フィーナはあの岩の塊がどのような使い魔か合点がいった。あの強固な甲殻はアルマジロが一番近いだろうか。しかし、あれほどの熱量を受けながらも、脱皮することで、全くの無傷で生還するとは、とてつもない程の頑強さである。
岩の塊、改め、巨大アルマジロは体躯を纏め、球状になった。更なる防御形態へと身を固めたかと思ったフィーナだったが、巨大アルマジロの次の行動によって、その予想は打ち砕かれた。
巨大アルマジロはゴツゴツした甲殻をスパイク代わりに使用し、アメラへと転がってきたのである。その速度たるや、遅鈍な巨大アルマジロから想像もつかない速さである。
「グオオ!!」
迫るアルマジロの巨体を、四肢を使って受け止めようとしたアメラだが、衝撃に耐えきれず、弾かれてしまった。が、なんとか轢殺されずに済んだ。紫色の竜鱗は所々剥がれ落ち、痛々しい姿になっている。アメラが苦痛と怨嗟の篭った声を漏らした。
巨大アルマジロは弾かれた後、一度元の形態に戻り、アメラへと狙いを定め、再び転がり始めた。勢いは先程と同じく、地面を耕しながら進んでくる。
「アメラっ!!」
レーナが心配のあまりに声を上げた。
「グオオオオオ!!」
レーナの声を聞いてか、更に威勢を込めて、アメラは咆哮する。
そして、アメラは突進した。巨大アルマジロに向かって。
「アメラぁ!」
レーナはアメラが負ける予想をしたのか、手で顔を覆い、悲痛の声を上げた。ドナは唇を噛んで見守っている。
ドン!と、大砲が撃ち込まれたかのような鈍い音が響き、次にギャリギャリと不快音が響き渡った。
アメラは巨大アルマジロを受け止めることに成功していた。なんともドラゴンらしい真っ直ぐな闘い方だが、フィーナ達を含め、観客のボルテージは一気に高まった。
アメラは四肢の爪を地面と巨大アルマジロに食い込ませ、さらに尻尾を使って踏ん張っている。巨大アルマジロの回転力に、アメラの爪はガリガリと削り減らしていたが、爪がすり減ると共に、巨大アルマジロの回転力は弱まっていった。
「グ、オオオオ!!」
そして、巨大アルマジロの回転が止まると同時に、丸まった体躯の繋ぎ目に両手を差し込み、重い扉を開けるかの如く、腕力に任せて強引に開いた。脚と左手で巨大アルマジロが再び閉じないように押さえつけ、アメラは右拳を振り上げた。
再び大砲が撃たれたかのような音と共に、アメラの拳は甲殻の無い、巨大アルマジロの腹部へと振り下ろされた。
決定的一打と思われたが、巨大アルマジロはまだ生きていた。虫の息ではあったが、弱点を突かれても耐えられる程の生命力をイメージした、ケインヒルズチームのイメージ力に、フィーナは脱帽した。
アメラは止めとと言わんばかりに、牙をむき出しにして腹を食い破り、ダメ押しの炎のブレスを放った。
身体の内側から高熱の炎に焼かれ、巨大アルマジロは巨躯から炎を噴出しながらの息絶えた。それはさながら、噴火する火山のようだった。
巨大アルマジロの亡骸が魔力へと霧散し、ケインヒルズチームが無念の思いを胸に、膝を折った。
会場には、割れんばかりの歓声と、拍手が巻き起こっていた。