111『魔女村対抗戦』
大会五日目。今日からは魔女村対抗戦である。各村から代表として三人を選出し、魔術を競い合う。競技には大きく分けて三つあり、それらを含めた総合順位で優勝を決める。
魔女村に属していて、申請していれば代表として各競技に参加できるので、各村は控えのメンバーを含めて、複数人輩出しているようだ。
三つの種目のうち一つ目は、召喚魔法陣を使い、使い魔同士を戦わせる【召喚戦】である。大会用の大規模で特殊な召喚魔法陣を、三人がかりで使用する。三人のイメージの共有と、莫大な魔力が必要とされる。大戦用に開発されたという大規模魔法陣らしく、国としては密かに軍事力をアピールする目的があるという。
二つ目は三対三の【陣地争奪戦】である。三つの陣地の内、二つを制すれば勝利となる。作戦や駆け引き、チームとしての連携が鍵となりそうだ。指定された場所に旗を打ち立てれば占領となるのだが、当然相手からの妨害にも対応しなければならず、小規模な戦闘が頻発しそうな競技である。この競技だけ、選手の使い魔の参加が認められている。
この競技からも、王国側の力を誇示させるような思惑を感じる。
三つ目は【魔操球】という競技である。どんな競技かというと、魔法を使って行うサッカーのようなものである。一つ目と二つ目に比べて、かなり健全なように思える。だが、なせか王国側はこの競技に力を注いでいるらしい。専用のスタジアムを魔術ギルドの魔女総動員で作り上げるほどの力の入れようだ。さらに、この【魔操球】に明日一日をかけて行うというのだから、王国側の本気が伺える。ゴーサインを出した国王は、一体何を考えているのだろうか。
レンツから魔女村対抗戦に出る面々は、フィーナ達三人の他に、レーナ、リリィ、ドナも代表として出られる。最初の競技である【召喚戦】では、比較的魔力量の多いフィーナ、レーナ、ドナが出場する。
現在は、三人でどんな使い魔を召喚するか、相談中である。
「ねえ、フィーナ。やっぱり使い魔は強くて大きいのがいいわよね? ほら、ドラゴンとか」
「ドラゴンなんて召喚したら最初の競技でバテちゃうよ」
「でも、ここは確実にものにしたいじゃない? ドラゴン、いいと思うわよ……?」
フィーナには、レーナの心の声が嫌というほどわかった。レーナはドラゴンを召喚したいのだ。それも、名前だけ似せたトカゲなどでは無く、正真正銘、炎を吐き、大空を舞う、伝説上の生き物の方である。
だが、フィーナには自信が無かった。三人のイメージが共有できていなければ、この世の者とは思えぬ、奇怪な物体が召喚される可能性もある。できれば、実際見た事のある生き物や、文献に載っているような生き物を召喚して、手堅くいきたい。
フィーナがそれを伝えると、レーナは憤慨した。
「何言ってるのよフィーナ! 大規模召喚魔法陣なんて、いまこの時を逃したらいつ使えるかわからないのよ!? ドラゴン! ドラゴン! 絶対ドラゴン! ドラゴン以外は嫌よ!」
(娘にこんなワガママ言うなんて……ちょっとショックだよ……)
フィーナは深いため息をつきつつ、仕方がないと了承した。
「ドナさんごめんなさい。勝手に決めてしまって。どんなドラゴンがいいか、希望はありますか?」
「サラマン――――――」
「母さんはちょっと黙ってて」
ドナは目を閉じて深く考え込んでいたが、はっと思いついたかのように、懐から一冊の本を取り出した。
「この本に載ってるドラゴン」
ドナが取り出した本は、架空の物語を描いたもののようで、そこにはドラゴンの絵も描かれていた。これがあれば、三人のイメージを統一することも難しくないだろう。しかし、なかなかに悍ましい姿である。召喚したあかつきには、王国の姫をさらっていきそうな見た目である。
「もっと見た目がマシなドラゴンはないですかね」
「この恐ろしさがいいんじゃない! そもそも、ドラゴンは―――――」
「母さんは黙ってて!」
「……見た目なら…これ」
ドナがペラペラとページをめくり、挿絵の描かれたページで手を止めた。
書かれていたのはドラゴンだったが、さっきの恐ろしさ百パーセントのドラゴンより、多少愛嬌があるような気がしないでもない。見たところ、ドラゴンの子どものようだ。それでも、仔牛を丸ごと平らげるほどには大きく、物語上でも厄介極まりない描かれ方をしていた。
「へぇ……悪くないわね。ねえドナ、この本貸してくれないかしら」
「……ダメ」
「……ケチ」
ドナから本を借りるときは、図書室のようにきちんと手続きをしないと貸してくれないようだ。図書室の司書なだけはある。
「とにかく、細かいところまで決めとこうよ。鱗の性質とか、攻撃方法とか……」
「勿論、口から炎と毒の息を吐くのは決定よね!」
「もう……母さんが決めていいよ」
フィーナは疲れたように言い放ち、レーナに丸投げした。レーナの黒歴史が顔を覗かせ、こうして、フィーナ達が召喚する使い魔【ドラゴネット】の設定は完成した。その項目は百を越え、フィーナとドナは必死に覚えなければならなくなった。
『さあ、次に対戦する村は――――昨日、箒レースで大活躍を魅せたレンツチーム! 対するは実力派の魔女を多数抱えるタキセルチーム! レンツチーム、昨日のように凄まじい強さを見せるのか!? はたまた、タキセルチームがその実力を示すのか!? 注目の一戦です! なお、今日のゲストは私の上司、ヘーゼルさんです』
『やっほー! あ、フィーナ頑張ってねー!』
『ギルドマスター、一人の選手に傾倒するのはやめてくださいね。では、早速始めましょう! 召喚開始!』
ヘーゼルから恥ずかしい激励を受けたフィーナは、「よし」と気合を入れて召喚魔法陣に血を垂らした。レーナとドナも同じように、血を垂らす。大規模魔法陣なだけあって、ミミを召喚した時よりも、遥かに多くの魔力が流れ出ていく。
フィーナはその辛さに顔をしかめつつも、イメージを崩さないよう集中した。
「グオオオオオン!!」
腹の底まで響き渡るような鳴き声を出しながら、果たして【ドラゴネット】は姿を現した。
圧巻、威風堂々、絶対強者、そんな風格を漂わせる目の前のドラゴンに、フィーナは生唾を飲み込んだ。
良質なアメジストを想起させる紫色の竜鱗は、神々しいほどの光沢を放っており、大規模魔法陣の召喚光を浴びて、キラキラと光を乱反射していた。
筋肉が隆起した四肢は、大木が根を生やしたかのように、しっかりと地を踏んでいる。
【ドラゴネット】は竜翼を広げ、威圧するように辺りを見回した。その目は剃刀のように鋭く、獰猛な肉食獣が放つ眼光に酷似していた。顎は強靭で、牙は何人も噛み砕かんとするような強固さを思わせる。
長く太い尻尾を所在なさげに往復させることで、砂埃を舞い上げさせていた。
「す、凄いわ……本物のドラゴンよ……」
「母さん、危ないよ……」
レーナは取り憑かれたようにフラフラと【ドラゴネット】に近づいた。そして、【ドラゴネット】の紫色の鱗に触れ、うっとりと息を吐いた。
フィーナは不安で仕方がなかった。【ドラゴネット】が少しでも腕を振るえば、たちまちレーナの上半身は下半身とおさらばしそうだったからである。
しかし、そんなフィーナの不安とは裏腹に、【ドラゴネット】はレーナに気づくと、首を低くして服従の意を示した。
『な、な、なんですかこれは〜!! ギルドマスター! あ、あれってドラゴンですよね? 危険じゃありませんか?』
『大丈夫っぽいよ? 召喚主が命じない限りは。それにちゃんと安全措置はとってあるから。それにしても、見事な再現度だね……』
『そ、そうですか。みなさーん、逃げないでくださーい! 大丈夫らしいですよー! 責任は王都魔術ギルド、ギルドマスターのヘーゼルが持ちますからー!』
突如としてドラゴンが現れたことによって、会場は軽いパニック状態になってしまった。運営委員の魔女達が安心させようと、あちこちに走り回っている。
対戦相手であるタキセルチームは、既に勝敗は決したかのような、諦観に満ちた表情をしていた。
タキセルチームが召喚したのは、サーベルタイガーに似た使い魔のようで、フィーナ達がドラゴンを出していなければ、かなり強く見えていたであろう。
しかし、一度ドラゴンを見てしまうと、サーベルタイガーがまるで子猫のように見えてしまう。
「ふふふ……いい子ね。見た目通り頭のいい子だわ。それにとっても美しい……え? そう? 私も? ふふ……口も達者なのね」
レーナは何やらドラゴンと通じ合っているらしく。和気あいあいと歓談していた。ドナはというと、腰を抜かしていて、呆けた表情をしていた。
呆けた表情ではあるが、少し嬉しそうな雰囲気を漂わせていたのは、おそらくフィーナだけが気づいただろう。
「さぁ、アメラ。あっちの子猫を蹂躙してあげなさい」
レーナは早速名前をつけたようだ。今日一日で召喚は解除されるのを知っているのだろうか。あんなに入れ込んでいては、別れるときに辛くなりそうだが。
アメラは大地を揺るがしながらサーベルタイガーもどきに近づき、止まった瞬間に身を捻った。
一閃。身を捻ることによって、遠心力を得た尻尾がサーベルタイガーもどきに叩き込まれ、サーベルタイガーは爆発するように四散した。
魔力によって構成された肉体のため、血や臓器が散らばることはなく、胃を裏返しさせるようなスプラッタシーンを見ずには済んだが、アメラの強さは想像以上であった。
会場の誰もがしんと静まり返り、その圧倒的な強さを目の当たりにして、息を呑んでいた。
「お疲れ様、アメラ。かっこよかったわよ」
「グオ」
レーナだけはアメラに近づき、慈しむように硬い鱗を撫でていた。