107『アイドルリリィ』
フィーナは『リシアンサス』に乗り込み、キャスリーンやレンツの面々が見送る中、コースへと向かう。
フィーナはコースのスタート地点に着くと、周りを見渡した。既にフィーナの魔改造箒を嘲笑する者はおらず、警戒した顔つきでフィーナの『リシアンサス・キャット』を見つめている。
他の魔女たちが箒に跨がるのに対し、フィーナは乗り込むと言ったほうが正しい。
レース仕様のため、少々足が窮屈で苦しいが、風の抵抗を少しでも減らすための工夫である。
『とうとう八組目! このレースで選ばれし八人が揃います! グリゼルダさん、注目すべき選手はいますか?』
箒屋のグリゼルダが今日の解説らしい。かなりの歳だが、箒の将来性にも関わる大会の解説として、老骨に鞭打って買って出たのだろうか。正直、勝手に魔改造してしまった事を口うるさく言われそうで不安だ。
『やはりフィーナ選手でしょう。ガルディア開放、そして爵位と叙勲、機関の教官、新型の箒……数レース前のデイジー選手と同じく、素晴らしい飛行を見せてくれるでしょう』
とりあえず、グリゼルダから小言を言われずに済んだようだ。
『なるほど、フィーナ選手の飛行に期待がかかります!』
名指しで期待するのはやめて欲しい。レースを同じくする魔女達が警戒を強めるのを、視線でヒシヒシと感じる。
思えば、狩猟大会で目立っていた国王やデーブ伯爵も、こんな感じだったのでは無いだろうか。今ならば少しは気持ちがわかりそうだ。
審判の合図とともに一斉に魔女たちがスタートする。
フィーナはまずまずのスタートを決め、デコボコな雲の隙間を縫うように飛び抜けていく。フィーナの『リシアンサス・キャット』は、その名の通り、猫のような素早い動作が可能である。
体を捻り込みすれば、横に一回転、縦に一回転と、絶叫マシーンのような機動をする事が出来る。
先頭を飛ぶフィーナの後方から、早くも妨害魔法が飛んできた。他の魔女も警戒していたようだ
。フィーナが先頭に立つと同時に攻撃を準備していたのだろう。
だが、この程度ならステッキを持つまでもない。
この飛行レースにおいて、メインの魔法となるのは風魔法と水魔法、氷魔法、そして雷魔法だ。その他の、火魔法や土魔法は相性が悪い。
火魔法は使い方によっては使えなくもないが、土魔法だけは、場所が空ということもあって、使う者はまずいない。
フィーナは飛んできた風魔法の突風を、逆に利用し、大きな推進力とした。お返しには、コースの横幅いっぱいの向かい風をプレゼントしてやる。コースの横幅いっぱいに突風を吹かせるのならば、ステッキを持った上で、大量の魔力を込めなければいけないが、向かい風程度のそよ風を作るならば、楽なものである。
スイスイと、海を泳ぐ魚のようにゴールに向かうフィーナ、一方、向かい風を作られた他の魔女達は、一気に足を遅くした。
他の魔女達が気流操作して体勢を立て直す頃には、フィーナは既に目の届かぬところである。
コースが円形なため、少し離されると、雲が視界を遮り、前方を飛ぶ魔女を見失うのだ。
かくして、フィーナは大差をつけてゴールする。
空から大地を見下ろすと、多くの人々がこちらを眺めていた。
『さあ! 国内最速の名を掴むべく、ここに八人の魔女が集まりました! 驚くべきはその出身です! なんと、八人中五人がレンツ出身であります! 最近、何かと話題に浮かぶレンツですが、箒の操りも巧みな魔女が多いようです!』
『驚くべきは箒の性能ですねえ。フィーナ選手やデイジー選手の乗るリシアンサスには、目が離せませんよ』
八人が並ぶようにして大観衆の前に立つ。運営委員の魔女達が観衆の一人ひとりの所に歩いて廻っている。賭けが行われているのだ。
前のレースで圧倒的だった、レンツの面々は軒並み人気があるようで、多くの者がレンツの誰かに賭けている。
実績面では、爵位勲章持ちのフィーナやデイジーが有利で、経験面ではリリィ、レーナ、ドナが有利、と言ったところか。
実力差は拮抗している。そこで、一番票を分けるのが容姿である。フィーナやデイジーはまだ子どもなだけに、容姿での得票は少ない。だが、一部紳士な人達には絶大な人気を誇っていた。
レーナは二児の母だが、まだ二十代である。その美貌も目を見張るものがあり、おじさん達の票を集めた。
ドナはレンツの面々では一番の年上だ。しかし、終始安定した飛行スタイルは美しくもあり、お手本となるものだった。そのため、魔女からの票や、女性陣の票を集めている。
八人中、一番票を集めたのはリリィである。フィーナはリリィの飛行を見ていないので、どのように判断されたのかわからなかったが、ここまで票を集めた理由は他でもなく、リリィの胸にある大きな双丘のせいだろう。
雪のように白い肌は白魚の如しで、レンツ名産シャンプーを使っているだろう銀髪は、陽光を反射し、流れるようにして風になびく。アクセサリーの赤いリボンが銀色の髪をさらに引き立てている。垂れ目がちな目はおっとりとしているようだが、どことなく色気を感じさせる。そして極めつけは、異様なまでに存在感を放つ胸である。
リリィは、フィーナがレンツの錬金術分野に入った頃、魔人のような生気の抜けた顔をしていたが、現在は健康的になっている。そのため、通りすがりに会えば、誰もが振り向くような美人になっているのだ。
「うおおお! リリィちゃーん!」
「リリィちゃん可愛い!」
「リリィたん……ハァハァ」
男達の熱い視線に晒され、リリィは戸惑っていた。そんな困り顔のリリィもそそるのか、男達がリリィのファンとなるのに、そう時間はかからなかった。
「何なの〜……?」
「リリィ、せっかくだから、この機に乗じて貴女も子ども作ったら?」
「冗談やめてくださいよ〜レーナ先輩〜」
泣き出しそうなリリィの表情に、男達がさらに歓声を上げたのは言うまでもない。
『おーっと! リリィ選手、男性陣から熱烈なラブコールを受けております! やはり胸か!? 胸なのかー!?』
ペントは言うまでもなくぺったんこである。実況を放り出して、自分の慎ましやかな胸を悲観げに見つめ、項垂れている。
『懐かしいねぇ。ワシも昔はあんな風に男達を虜にしたもんさ』
グリゼルダは、昔はナイスバディだったことを告げ、懐かしさに頬を緩めている。フィーナは、リリィがグリゼルダのようになるのか、と一瞬思考し、「無い無い」と思考をやめた。
いつしかカオスな状況になりそうな雰囲気も収まり、レース本戦が開かれることとなった。