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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
105/221

104『天使と悪魔』

 

 【レンツの湯】、フィーナ達がサナと共にラ・スパーダを倒し、その素材を使って作られた浴槽を備えたレンツ唯一、そして初の浴場である。


 フィーナは度々この【レンツの湯】を利用していたが、利用する際に、気をつけていることがあった。

 それはキャスリーンの存在である。

 キャスリーンは、ことあるごとにフィーナの入浴時間を狙って【レンツの湯】に来ていた。ある時は偶然を装って先に湯船に浸かり、のぼせ上がるまでフィーナを待っていたり、またある時はフィーナがそろそろ風呂に入るだろうと、一日に数回【レンツの湯】に行ったりなどなど……。

 その度に、フィーナはキャスリーンを躱し、撃退し、罠に嵌めて回避した。

 しかし、フィーナはレンツを離れ、ようやく気兼ねすることなく湯に浸かれるようになると、今度はフィーナの危機意識が低下してしまった。

 機関にいる時は、分野毎に浴場が分かれているため、キャスリーンの襲撃を警戒することは無かった。それが返ってフィーナの危機意識を更に希薄にさせてしまっていた。



「フィーナさぁーん! お待ちしていましたわぁー!」


「キャ、キャシー!」


「うふふ、そろそろ浴場が恋しくなるのではと思い、待っていたのですわ」


「ひっ……」


「さぁフィーナさん。お背中をお流ししますわ。そこにお座りになって……?」


 キャスリーンはのぼせる一歩手前というくらいに顔を蒸気させ、息荒くフィーナに迫った。フィーナは頭の中の警報が、けたたましく鳴り響くのを幻聴し、にじり寄るキャスリーンから後ずさるようにして距離をとった。

 フィーナならばキャスリーンを水魔法や風魔法で吹き飛ばすことなど容易い。しかし、何故か今はそんな事を考える余裕すらなかった。

 フィーナは蛇に睨まれた蛙のように、体を震わせて後ずさることしか出来なかった。


 ヘーゼルの特殊魔法、あの闘争心が湧き立つ魔法を、今この時こそ羨ましく思ったことはない。フィーナは今までで一番と言っていい程、恐怖していた。ベヒーモスやグリフォンリーダーすら生温い。今、目の前にいるキャスリーンは、間違いなくゴル・スパーダよりも恐ろしいだろうと、フィーナは確信していた。


 しかし、そこに救世主、現る。


「ちょっと、フィーナ恐がってるじゃない。今日は私の相談に乗ってくれるんだから、後にしてくれる?」


 フィーナの目には、小柄なメイがとてつもなく大きく見えた。

 熱い息を吐き、うわ言のように「フィーナさんの白い肌、フィーナさんの白い肌」と連呼するキャスリーンに対して、勇敢に立ちはだかるメイは、尊敬する母レーナよりも、魔法の天才ヘーゼルよりも頼もしく見えた。


 思えば、メイと初めて会った時も、メイはこうやってフィーナを助けようとしていた。あの時はただのゴロツキ相手だったので、フィーナは微塵の恐怖さえ感じていなかったが、今は違う。

 相手はあのキャスリーンである。

 キャスリーンの目は血走り、既にフィーナしか目に入っていない。獰猛なホワイトウルフが乗り移ったかのような気迫、舌なめずりする様は貪欲なグラトニーマンティスのようだ。

 しかし、その恐ろしきキャスリーンに立ちはだかるメイは、救世のアルテミシアの如く、勇敢な出で立ちである。白いバスタオルで身を包んでいることから、天使か、果ては女神にさえも見えてしまう。まるで弱い者虐めをするいじめっ子から、身を呈して庇うように、腰に手を当て、仁王立ちするメイ。


 キャスリーンはメイによって視界を妨げられたことにより、不機嫌さを顕にした。


「あなた……誰ですの?」


 熱い息を吐くキャスリーンから、凍てつくような冷たい声が放たれる。


「フィーナの友達よ。あなたこそ誰よ。フィーナを虐めないでよね」


「虐める……? わたくしが? フィーナさんを? そんなことありませんわ!」


「現にフィーナは怯えてるじゃない。あなた、はっきり言って異常よ。狂気にふれてるのかと思ったわ」


 既にフィーナは尻餅をついて壁際で縮こまっている。キャスリーンはそれを見て、酷く狼狽えた。そして、鏡に映る自分の顔を見て、目を見開き、がっくりと膝を折り、手をついた。


「わたくしは……わたくしはただ、フィーナさんと一緒にお風呂に入りたかっただけですわ……」


「それならちゃんとフィーナにちゃんと連絡しなさいよ。いきなり現れて、魔物のように襲いかかろうとするなんて、恐いだけよ」


 キャスリーンはだいぶ落ち着いたのか、意気消沈したのか、酷く落ち込んだ様子で浴室を後にしようとした。


「待ちなさいよ。あなたもフィーナとお風呂に入りたいんでしょ。私の相談は後にするから、一緒に入っていきなさいよ」


「え」

 

 反論しようにも、言葉を発することが出来ないフィーナである。


「よろしいんですの……?」


「私は構わないわ。今のあなたなら、フィーナも恐がらないと思うし」


 フィーナはこの時、メイが天使から悪魔に変わるのが見えた。結局メイは、ただ正義感に溢れるだけの使いっぱしり魔女なのだ。いや、寧ろ絶望へと誘う所業、これが悪しき魔女の本質と言うべきなのかもしれないが。この世界の魔女はいたってホワイトで、善良なはずである。

 やはり、フィーナの気持ちをわかってくれるのは家族であるイーナや、親友であるデイジー以外にいない。

 そう、イーナやデイジーとは、かけがえの無い絆がある。きっとフィーナを助けてくれるに違いないのだ。


「姉さん、デイ―――」


「いくよ、イーナ。えい! 第二級複合魔法〜」


「きゃ! もう、ただ水をかけて来ただけじゃない! お返し〜!」


 わいわいと、はしゃぐ二人を見て、フィーナはがっくりと項垂れた。フィーナは何とも言えない気持ちを感じつつ、涙を流した。 



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