102『狩猟大会二日目』
『狩猟大会、一日目が終了しました! 現時点でのトップは、王国騎士団のブラウン副長です! 騎士団の中でも屈指の実力者なだけあって、初日から大量の魔物を狩ったようです。映像を見ながら振り返ってみましょう』
大型のスクリーンに、映像が映し出される。ブラウン副長が圧倒的な力と技術で、魔物の群れを次々と倒していく。それを見て歓声を上げる観戦者達。
あちこちの露店では、本格的に食事の提供がはじまり、大会参加者や観戦者達が列を作って並んでいる。大会期間中の夜まだまだ終わらないいようだ。
フィーナ達が露店で買ったビッグフットラビットのスープを、客用に用意されているテーブルにて食べていると、大柄の厳つい男、ハングがやっできた。
「フィーナ殿、今日は迷惑をかけてしまって、申し訳ない」
ハングはあの後、騎士団の事情聴取やらで仮設医療所に戻ることはできなかった。そのため、今日一日、ハングが担当する負傷者の治療をフィーナ達が請け負った。
マグナスは王都の治療院で働く医師などでは無く、単なる行商人の一人だと判明した。行商の合間に医療班の情報を掴んだマグナスは、騎士団の使いに扮し、王都の治療院に赴いた。そしてマグナスは、依頼の取り消しを治療院に報告したのである。既に依頼を受けていた治療院側は、マグナスを怪しんだが、騎士団の正式な印紋が施された命令書を持っていたため、しぶしぶ依頼の取り消しに従ったらしい。
マグナスが何故、騎士団の正式な印紋を施された命令書を持っていたのかというのも、尋問の末に明らかになった。
どうやら騎士団内にマグナスと共謀した者がいたらしい。
その者はマグナスと共謀し、大会の優勝者を操作しようとしたようだ。マグナスは大会中に審査員と接触し、袖の下を通して、審査員を買収しようと謀っていたらしい。
しかし、そうなる前にフィーナがマグナスの偽装工作を指摘し、問題が発覚。結果、マグナスと騎士団の共謀者は敢えなく御用となった。
マグナスが優勝者を操作する意図として、マグナスが懇意にしている貴族の名が浮かび上がったが、その貴族はトカゲの尻尾きりの如く、身に覚えがないことを貫いた。
しかし、事は結構な大事で、フィーナが絡んだ事で国王の耳にまで届いてしまったらしく、その貴族の国王からの印象は最低のものとなった。今後、その貴族は国王側から見張られることになるだろう。
「いえ、ハングさんが直ぐに取り押さえてくれたおかげで、大した混乱も起こらずに済みました。国王陛下から表彰されたんですよね? 凄いです」
ハングは、記念すべき第一回の大行事を荒らす不届き者を捕えた、ということで、騎士団から表彰された。この時、民衆は初めて、そんな事があったのか、と気づいたようで、大々的に表彰されるハングに、素直に感謝の拍手を贈っていた。表彰されるハングは、極度の緊張に、ただでさえ怖い顔を数段恐ろしくした顔になっていたが。
「いえ、全てフィーナ殿のおかげです。それに私は元兵士でもあるので、荒事は得意なのです」
ハングは元メルポリの兵士をしていたそうだ。しかし数年ほど前に、任務で負傷し、兵士を引退。兵士をしていた時の知識で、小さな治療院を開いた、そうハングは話してくれた。
「私はこの通り、あまり人から好まれる顔をしておりません……。治療院を開いたのは良いものの、来てくれる患者は少なかったです。しかし、それでも頻繁に来てくれる人も中にはいて、今の仕事に誇りを持つようになりました。それだけに、適当な治療をするマグナスだけは、許せませんでした」
ハングの顔は、泣く子ももっと泣く、厳つさ満点の顔である。それでも、その丁寧さと、心構えに、医師としての評判は高い評価を得ている。そうで無ければ、医療班のメンバーに選抜されないだろう。
「そうですね。幸い、あの負傷した貴族の方も、問題なく回復したそうですが、もう少し遅ければ、大会中に死亡者が出ていました。ハングさんがあそこで大声を上げてくれたおかげで、私達も気づけましたし」
「私にもっと知識があれば、患者に負担をさせずに済んだのですが……自分の力不足を悔しく思います」
ハングはそう言って、俯いた。
「仕方ありませんよ。ハングさんは私達魔女と違って、自分の経験と知識だけで治療しなければなりませんからね。……良かったら、今度情報交換しませんか? メルポリの街付近には貴重な薬草が採れる場所があったり、新種の魔物が確認されたりするそうです。それらの情報と引き換えなら、私達も情報提供は惜しみませんよ」
メルポリは雑多で、人で溢れるような街だが、その近郊には貴重な植物や、新種の魔物が確認されている。
なかなかメルポリに行く暇のないフィーナ達だが、ハングという信頼できる仲間がいるのなら、いっその事任せてしまおうと考えたのだ。
「本当ですか!? 有り難い! 実は私もその噂を聞き、調査をしたいと思っていたのですが、何しろ小さな治療院では動かせる人も少なくて、困っていたのです」
魔女の技術や知識は出回らない分、非常に価値が高い。その技術や知識を以ってすれば、ハングの営む小さな治療院であっても、余裕が出来るくらい楽になるだろう。
それに、フィーナ達には使い切れない程の資金力がある。フィーナはハングに投資するのも有りかなと考えていた。
「金貨三百枚」
「え?」
「金貨三百枚出します。これで、メルポリの魔術ギルドに依頼するなり、調査の人を雇うなりして下さい。更に有益と判断した情報には、追加で金貨を払います。情報は書簡で、機関の錬金術分野、フィーナ宛でお願いいたします」
フィーナがハングの目の前に金貨三百枚が詰まった革袋を置く。ハングは、突然のことに目を白黒させている。
「いいんですか? こんな大金……」
「もちろん。ただ、何にお金を使ったのか報告はして下さいね。足りなければ追加の資金を提供しますので」
「……厳重に管理致します。フィーナ殿、本当にありがとうございます」
ハングは金貨の詰まった革袋を鞄に入れ、足を揃えて敬礼した。
メルポリの兵士は怠惰な印象だったが、ハングならば無駄遣いせずに有効に使ってくれるだろう。フィーナとしては、新種の魔物の研究が進み、メルポリの魔術ギルドにも渡りをつけられるので、万々歳である。
ハングはまるで重要な任務の真っ最中であるが如く、大事に鞄を抱えて去って行った。今の時間ならば、王都の銀行に預けることも出来るだろう。
「フィーナ、私達も払って良かったんだよ?」
「ううん、正式な契約もしてないし、最悪お金がまるまる無駄になるかもしれないから、私だけで出すよ」
フィーナは、ハングが投資金を着服しないだろうとは思っていたが、まだ今日会ったばかりの、知り合い程度の仲である。フィーナの思いつきで、金貨三百枚という少なくない金額を、イーナやデイジーに負担させる訳にはいかない。
「あのおじさんなら大丈夫だと思うなー」
デイジーは口周りをスープで汚しながら呟いた。
「そうだね」
フィーナはデイジーの口をハンカチで拭いてやりながら肯定した。
次の日、狩猟大会二日目、フィーナ達は前日のように仮設医療所に向かった。
「おはようございます」
「フィーナ殿、おはようございます」
「フィーナ教官! お、おはようございます」
医療班の人々と挨拶を交わし、薬や器具の点検をする。
機関や魔術ギルドから提供されただけあって、ここにある薬や器具は、どれも質の良いもののばかりだ。マグナスの件があったという事もあり、医療班の人々は薬や器具が盗まれていないか、注意深く点検した。
そうこうしているうちに、二日目の狩猟大会スタートの合図である、火球が打ち上がった。実況のペント声が、今日も青空の下に響き渡る。
『二日目、狩猟大会スタートです! 本日の解説も、前日に引き続き、王国騎士団、団長であるゼノン騎士団長にお越し頂きました。ゼノン騎士団長、今日もよろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『早速ですがゼノン騎士団長、今日の参加者で注目するべき人は誰でしょう?』
『そうですね、やはり現在トップのブラウン副長でしょう。彼の実力は私がよく知っています。今日も素晴らしい活躍をしてくれるでしょう』
『なるほど、ブラウン副長に期待が高まります! 前日、素晴らしい成果を発揮したデーブ伯爵様と、国王陛下にも注目です!』
参加者達が森に入って十分程が経過した。今日はまだ、狩りに成功した者はいない。前日に大量の魔物が狩られたこともあり、なかなか魔物を見つけることが出来ないようだ。
ちなみに、現在の狩猟大会ランキングはこんな感じだ。
一位 ブラウン副長 322ポイント
二位 トールマン 304ポイント
三位 デーブ伯爵 298ポイント
四位 メルクオール国王 280ポイント
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デーブ伯爵も国王も、意外にもトップ争いに参加していた。
二位のトールマンという人は、年若い凄腕の冒険者らしい。大会前に目にしたが、日に焼けた浅黒い肌に短い黒髪、筋肉に隆起した腕がフィーナの頭より太い、屈強な男だった。S字の刃に精巧な装飾が施された、白銀のハルバードを使用しており、その実力は王国騎士団長であるゼノンが認めるほどである。
なんと既にブラウン副長と並んで、若い女性のファンが多くついているらしい。
『おーっと! 今日、最初に借り終えた人物は、冒険者、トールマンです! ゼノン騎士団長、あれはホワイトウルフでしょうか?』
『そうですね、ホワイトウルフ、別名【白い刃】と呼ばれる獰猛な魔物です。見たところ、一撃で息の根を止めているようです。毛皮を傷つけ無い為の配慮でしょう。これはポイント高いですよ』
『凄腕冒険者の名に恥じぬ実力です! ポイントは――――出ました! 69ポイント! 冒険者トールマン、ブラウン副長を抜いてトップに躍り出ました!』
トールマンは爽やかなイケメンスマイルを観客に向けつつ、再び森へ入って行った。
トールマンが出てきてから、観客の女性の大半は、ペントの実況に負けないほどの黄色い声援を送っていた。
その代わり、男性から飛んで来くるのは野次や妬みの声だったが。
『トールマンへの声援が止まない中、次に出てきたのは、なんと国王陛下です! あれは……どういった魔物なんでしょうか?』
『タイランエイプですね。巨大な岩石を投げるほどの腕力と、凶暴な攻撃性を持っています。外敵に対して、自分の糞を投げつけてマーキングし、どこまでも追いかけてくる習性は、遭遇したくない魔物トップ3に入るでしょう』
『ひえ〜、嫌な魔物ですね。しかし、それを見事狩猟せしめた国王陛下、狩りの腕前は伊達ではありません! ポイントは……80ポイント! 惜しくもトールマンには及びませんが、現在二位! これは第一回にして、国王陛下がトップを取るという快挙が見えてきましたよ!』
国王は苦笑いを浮かべつつも、きっちり観客に手を振って答えている。トールマン程では無いものの、貴族席の貴婦人達からは熱いエールが飛んでいる。
「幻覚症状が出てる、サイケデリックバタフライの鱗粉のせいかな?」
「多分ね、デイジーお願い」
「ほい、ちくー」
フィーナ達は盛り上がる大会を尻目に、仮設医療所で忙しく治療を行っていた。それでも、大した問題もなく済んでいるのは、医療班が纏まっているからだろう。
ハングが騎士団に表彰された事で、顔つきによる誤解も解け、協力し合う事が出来るようになった。
この点ばかりはマグナスに感謝するべきなのかもしれない。
フィーナは暮れかかった空に、二日目終了の合図が上がったのを見て、今日もまた、一人も死亡者を出さずに済んだことを安堵するのであった。