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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
102/221

101『蟷螂による裂傷と腹黒魔女』

 


 狩猟大会での負傷者第一号が運び込まれ、フィーナ達のいる仮設医療所は慌ただしく動き始める。


「ぐ……くそぅ……油断したぜ」


 冒険者然とした格好の男性が、担架からベッドへ移される。

 ベッドに寝かされたその男は、腹部を押さえ、苦痛に満ちた表情で、荒い息を吐いている。意識ははっきりしているようだが、かなり辛そうだ。腹部を押さえていることから、腹部に何らかの怪我を負ったのだと推測できる。

 

「患部を診ますね」


 フィーナが男の手をどけると、腹部を守るアイアンプレートが現れた。硬そうなアイアンプレートは強い衝撃を受けたようで、潰れた粘土細工のようにひしゃげていた。

 ひしゃげたアイアンプレートを外し、男の腹部を露わにする。

 かなり広範囲の痣が出来ているが、内出血は皮膚の毛細血管だけで、幸い、内蔵に損傷はないようだ。脈拍も正常で、荒い息も、ひしゃげたアイアンプレートによって呼吸しにくかった為だろうと、フィーナは考えていた。

 技術の進んでいる日本ならばCTを撮ったり出来るのだろうが、この世界にはそんな便利なものはない。しかしフィーナ達はその“代わり”となる(すべ)があった。


「エリー、どう?」


 イーナが患部を見て、すぐにエリーを自身の影から呼び出した。喚び出されたエリーは「フムフムー」と可愛らしい声を上げながら、男の腹部を観察した。

 フェアリーであるエリーには、魔分や魔力の濃さを感知できる。その優れた感知能力によって、人体の魔力の流れまで見ることが出来のだ。エリー曰く、魔力は心臓や肝臓といった、体内の器官に多く集積するらしい。そして体内の器官が損傷すると、集積した魔力に綻びが生じ、それがエリーの目には陰影となって映るのだという。

 潜在魔力の少なくあっても、近づけばエリーにも感知できる。それが全く魔法を使うことができない一般人だとしてもだ。


 フィーナ達はこのエリーの目を【フェアリーアイ】と呼称した。なんの捻りもないが、ミミの【黒影】やガオの【王者の咆哮】と並んで、フィーナ達を助けてきたエリーの使い魔としての能力だ。

 エリーの感知能力はミミの気配察知と合わせれば、魔物がどれだけ擬態していたとしても見つけることができ、フィーナ達の魔力を日頃から観察することで、フィーナ達は病気とは無縁であった。

 治癒魔法では細菌やウイルスを殺すことが出来ない為、エリーの【フェアリーアイ】はフィーナ達の薬師という職柄にも調和して、重要な役割を担っていた。


「体内魔力に乱れは無いよ」


 フィーナはホッと息を吐いた。見る限り重傷ではないとわかるものの、判断を誤ってしまえば命の危険だってある。その為、治療にあたる前にできるだけ詳細に容態を知ることが大切なのだ。

 それに今回は治癒魔法を使わずに過ごすと決めている。治癒魔法を使わなければならない程の重傷者には四の五の言ってられないので、惜しみなく使うが、フィーナ達のスキルアップの為にも、特殊魔法を秘匿するためにも、ここは己の技術だけで対処すべきだろう。

 もしも重傷患者に治癒魔法を使った時は、最初からそれを使えよと言われそうだが。

 出来れば負傷せずに狩猟大会に臨んで欲しいと祈るフィーナである。

 


「妖精が見えらぁ……へへ、俺はここで死ぬのか……」


 男はそんな的外れな泣き言を言っていたが、フィーナ達は黙々と治療をこなした。

 治療と言っても、痣のできた患部に薬を塗って、包帯を巻いたら終了である。


「はい、終わりですよ。アイアンプレートを身に着けていて良かったですね。無ければ危険な状態でしたよ」


「え、終わり? 俺の命が? おわっ! 俺のアイアンプレートがぐしゃぐしゃにぃ!」

 

 冒険者風の男はひしゃげたアイアンプレートを見て、飛び起きた。そしてそれを手に取ると「高かったのに……」と涙を流した。

 その高かったらしいアイアンプレートで命拾いしたのだから、アイアンプレートに感謝すべきだろう。


 フィーナ達が嘆く冒険者風の男を治療している間にも、仮設医療所には次々と負傷者が運び込まれていた。既に狩猟大会を観戦する暇は無く、フィーナ達は次から次へと運び込まれる負傷者に大忙しで対応した。

 フィーナ達以外の医療スタッフも、負傷者にせっせと処置を施している。未だ重傷といった怪我人はおらず、忙しいながらも個々の頑張りによって仮設医療所は良く回っていた。

 

 そんな中である。


「マグナス! その治療だけではダメだと言っているだろう!」


 唐突な大声に仮設医療所が騒然となる。大声を発していたのはハングだった。

 ハングは今にも掴みかからんとする勢いでマグナスに詰め寄っていた。


 フィーナ達が三人で負傷者に対応するように、マグナスとハングもまた、二人で一人の患者に対応していた。しかし、全く別の街の、さらに今まで会った事のないであろうマグナスとハングは、治療に関して揉めに揉めていた。

 医療スタッフから避けられていたマグナスとハングは、チームを組めずに仕方なく二人で組んだようだった。

 

 フィーナは強面のハングを諌めるのは少々恐ろしいが、ベヒーモスと相対した時に比べれば、と勇気を奮い立たせ、事情を聞こうと、二人に近づいた。


「どう見てもただの裂傷でしょう? この処置だけで充分だと思いますが……」


「馬鹿な! ただの裂傷にしては患者の顔色が悪すぎる。もっと注意深く診察するべきだ!」


 ハングは烈火の如く怒りながら、マグナスを睨みつけている。対するマグナスは笑みを崩さず、どこか冷えた目つきでハングを見ていた。


「この程度の傷ならば問題はありませんよ。顔色の方も、魔物との戦闘で疲れたためでしょう。それとも、メルポリの小さな治療院ではこの程度の傷も見たことが無いのですかな?」


「なんだと?」


 バチンッ!


 正にハングがマグナスの頬を殴ろうとした時、仮設医療所に弾けるような音が鳴り響いた。誰もがマグナスが殴られただろうと錯覚した音は、フィーナのステッキから発せられていた。ステッキの先端からは、雷魔法の青白い閃光が輝いている。


「落ち着いてください。医療人が負傷者を増やしてどうするんですか」


 フィーナは雷魔法で音だけを発し、マグナスとハングの諍いを止めたのだ。


「す、すまない」


 ハングは初めて体験するであろう魔女の威圧に、大人しく引き下がった。目の前の雷魔法に恐れをなしたというより、フィーナの「負傷者を増やしてどうするんですか」という言葉に何かを気付かされたという表情だった。


「これはフィーナ教官様、お助け頂いてありがとうございます。見ての通り、このハングという輩は乱暴者でございます。仮設医療所から出て行ってもらった方が宜しいのではありませんか?」


 マグナスは揉み手をしながら、腰を低くした。マグナスの薄くなった頭頂部が、背の低いフィーナの目線まで落ちてくる。


「ハングさん、問題の負傷者というのはこの方ですか?」


「え、あ、はい」


 フィーナはマグナスの意見を無視し、口論の発端となった負傷者の容態を観察した。

 貴族階級と思われる身奇麗な青年は、肩口に深い裂傷を負っているようだ。しかしマグナスの処置は一見完璧なようにも見えた。

 だがハングの言う通り、顔色が非常に悪い。意識も無く、荒い呼吸、玉のような汗を額にかいている。


 おかしいと思ったフィーナは、思い切って肩口の包帯を解き、傷口を見た。


「この傷は……」


 まるで肉をこそぎ落とした様な傷口がそこにはあった。明らかに爪や角による裂傷ではない。

 しかしフィーナにはこの傷口を作りうる魔物に心当たりがあった。


「グラトニーマンティス」

 

 フィーナがその名を口にし、真っ先に反応したイーナが薬箱を持って駆けつけてきた。


 グラトニーマンティスは暴食(グラトニー)の名の通り、食欲旺盛な蟷螂(かまきり)の魔物である。体長はフィーナの背丈ほどもあり、特徴はノコギリ状の鎌で獲物の肉をこそぎ落とし、それを食べることだ。一度肉をこそぎ落とすと、それを喰らうことに集中するあまり、攻撃を一時中断する習性がある。大抵はその間に逃げるか倒すかするのだが、グラトニーマンティスにはもう一つ嫌な特徴がある。


 それは、鎌に毒を持っているという事。一度グラトニーマンティスに傷つけられ、毒をもらうと、時間経過と共に血圧低下、悪寒、悪心・嘔吐、手足の痺れといった症状に見舞わされ、最終的に意識の消失、呼吸停止へと繋がる。

 グラトニーマンティスはそうして獲物を捕らえ、暴食の限りを尽くすのだ。直ぐに追撃を仕掛けないのはその特徴があるが故だろう。


 王都近郊で出現することは少ないが、殆どの冒険者や狩人は解毒薬となる薬を持っている。

 しかし、この貴族の青年は持っていなかったのか、若しくは紛失してしまったのか、薬を使った痕跡は無かった。


「フィーナ、経口投与じゃ間に合わないかも……」


「静注するしか無いよね」


 解毒薬は液状で、経口するだけで効果がある。しかし意識消失するほど毒が回ってしまうと、時間的猶予はあまり無い。そんな時は即効性のある静脈投与が優先される。

 イーナはソロホーネットの針を利用した注射器を取り出した。


「デイジー、出番だよ」


「ほーい」


 注射器を上手く扱えるのは意外にもデイジーだった。薬草園にいるエロ鳥に鎮静剤を投与するのも、デイジーが一番早く、正確だった。

 とは言っても、デイジーも人間に投与するのは今が初めてである。器用なデイジーと言えど、人に投与するのは緊張するだろうと思うフィーナであったが――――


「ほい、ちくー」


 なんのことは無い。デイジーは人に投与する場合であっても正確で迅速だった。


「これで大丈夫かな?」


 イーナは使用済みの注射器を革袋に入れながら、フィーナに問いかけた。


「やれることはやったよ。あとは良くなる事を祈ろう」



 それからフィーナがハングに負傷者の裂傷について、どんな魔物にやられたのか、その魔物がどんな特性を持っているかを話した。


「なんと……そうでしたか。助太刀、感謝致す」


 ハングは兵士のような敬礼をフィーナ達に向け、後は任せて欲しい、と裂傷の包帯を巻き直し始めた。



「い、いやぁ〜、見事な腕前ですね。僕も見習わなくてはなりませんね〜、ハハハ」


「ハハハじゃないですよ、マグナスさん」


 イーナは怒っていた。マグナスは下町といえど、広い王都の治療院から派遣された医師である。それなのにグラトニーマンティスの特徴を、さも「今知りました」といった表情なのだから、イーナの怒りは当然である。

 メルポリに住むハングが、グラトニーマンティスの特徴を知らない事はあるだろうが、王都に住むであろうマグナスが知らないはずはない。マイナーな魔物と言えど、危険であるが故に、医療人の間では有名な魔物のはずなのだ。

 男性に接することが慣れていないイーナが、これ程怒りを露わにするのは、それ程貴族の青年が危険な状態であった事に他ならない。


「……」


 マグナスは笑みを崩し、苦い顔を浮かべた。


「マグナスさん、依頼書をお持ちですか? 王国騎士団に派遣依頼されたのなら、依頼書をお持ちですよね?」


 フィーナは自分の依頼書を取り出し、これと同じものを持っているはずだとヒラヒラと見せつけた。

 マグナスは更に苦い顔をし、滝のような汗を流し始めた。


「……はて、どうやら忘れてきてしまったようです。しかし僕は間違いなく派遣された医師ですよ」


 フィーナはほくそ笑んだ。どうやらマグナスは罠にかけられた(・・・・・・・)事も知らないらしい。


「貴様ぁー!」


 フィーナの横を大柄の影がすり抜けていった。ハングである。マグナスとフィーナのやり取りを聴いていたハングは、激昂してマグナスを組み伏せた。

 鮮やかな手際で組み伏せられたマグナスは、痛みに呻き声を上げつつ、困惑した表情でフィーナを見た。


「待って下さい! 僕は本当にただ忘れただけで……」


「あ、私の勘違いでした。今回は依頼書では無く、直接騎士団が申請に来たのでしたね。……するとどうしてでしょう? マグナスさんは有りもしない依頼書をお持ちになっているという事ですか?」


 フィーナの言葉に、マグナスの表情が凍りついた。

 フィーナが取り出した依頼書は、全く関係のないブラフの依頼書である。注意深く観察すれば、ブラフに気づけただろうが、内心焦っていたマグナスには、そんな余裕はなかったようだ。


「ここは私、ハングにお任せを、騎士団の元へ連行いたします。ほら、立て!」


 ハングは杖をつきながらも、器用に片手でマグナスを騎士団の元へと連れて行った。あの太い豪腕に掴まれていては、逃げる事など出来ないだろう。

 マグナスがどうやってこの医療班に潜り込んだか知らないが、後は騎士団がきっちり調べてくれるだろう。王国主催の、国王が参加するほどの大会を荒らした罪は、如何程のものなのだろうか。

 フィーナは腹黒い笑みを浮かべ、治療を待つ負傷者の元へと歩いた。


「フィーナ教官カッコいい……」



 フィーナと所属を同じくする、機関の錬金術分野の魔女達は、一連の騒動を片付けたフィーナに熱い視線を送っていた。



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