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新米魔女のおくすりですよー!  作者: 中島アキラ
大会と魔女王と三人の襲撃者編
101/221

100『狩猟大会』

『ついにやってきました、メルクオール狩猟大会、そして魔術大会! 開催期間は一週間! ここ会場には兵士や魔女の勇姿を一目見ようと、多くの人が駆けつけています!』


 大会会場に大音量の実況が流れる。

 機関によって作製された『声音増幅装置』という魔道具を手に持っているのは、王都魔術ギルドのペントである。

 ただでさえ声量に定評のあるペントが、マイクとスピーカーのような『声音増幅装置』を使うと、王都一帯に響き渡るのではないかと錯覚するほどの大音量となっていた。


 王都には人が溢れ、どこの宿も満室である。部屋を取れなかった人は、王都の外にテントを張り、野営した。

 平原を埋め尽くさんばかりのテント群の中には、利を察した商人達による露店がいくつも建てられている。


 フィーナ達はその内の串焼屋で売られている、ブルホーンの串焼を買い、雑多なテント群の合間を縫うように食べ歩いていた。


「すっごい人だね〜」


「よく集まったよね、かなり急な開催だったのに」


「王都からたくさん馬車や陸船が出てたからね。結構遠いところから来てる人もいるみたいだよ」


 フィーナ達はブルホーンの柔らかい肉を噛み締めながら、狩猟大会が行われる森へと向かう。

 狩猟大会は主に腕に自身のある貴族や兵士、騎士や冒険者が出場する大会だが、フィーナ達は依頼のために会場となる森へ向かっていた。

 その依頼とは、負傷した大会参加者の手当てを行う医療班に従事することである。


 一週間のうち、前半の三日間行われる狩猟大会は、森の魔物をできるだけ多く狩り、ポイントを稼ぐのを競う大会だ。大きくて、強力な難度の高い魔物は、その分高くポイントが設定されており、逆に小さく、弱い魔物は低くポイントが設定されている。

 狩った魔物を指定された場所に移動させることで初めてポイントとされる為、いかに効率よく狩りを行うことができるかが勝敗を分けそうだ。


 フィーナ達は森の外にある仮設の医療所で、怪我や病気にかかった参加者を手当てする役目を担っている。王都周辺の森なので、ラ・スパーダなどの強すぎる魔物はいない。いたとしても、森の中で審判として行動する大会運営委員の魔女達が対処するだろう。

 この大会の審判は、参加者同士の戦闘といったルールを破る行いを監視するために、王都魔術ギルドから派遣されている。

 さらに、記録員という撮影班の魔女もいる。参加者の戦闘を、特製の魔道具で撮影し、日暮れで一旦休憩となる夜の間に、ハイライトとして撮影した映像を流すのだ。夜の間は森へ入ることは禁止されていて、参加者達はその間、武器や防具の手入れを行ったり、明日に備えて休息をとるのだ。映像は夜の間、観衆が暇にならないようにとの配慮である。


「ここかな?」


 フィーナが立ち止まって一際大きいテントを眺める。設営されたテントは、風通しの良い中抜けの状態になっており、心地よい風がフィーナの汗ばんだ首筋を撫でた。季節は秋に入りかけているが、まだまだ日差しが強く、フィーナは手の甲で影を作ってテントの貼り紙を見た。

 『狩猟大会 仮設医療所』

 どうやらここで間違いないようだ。  

 フィーナ達がテントの中へ入る。テントの中は涼やかで、以外に清潔感があった。いくつかの簡易的な白いベッドが置かれている。

 既に数人の人達が緊張した面持ちで準備を進めていた。王都の治療院、日本でいう病院のような所から派遣された、医師もいるようだ。医師とは言っても、代々受け継がれてきた民間療法を行う者がほとんどで、高度な技術や知識は持ち合わせていない。難しい病や怪我は、魔女に任せたほうが確実というのが昔から言われているらしい。


「三日間よろしくお願いします」


 フィーナ達がテントに入って、まず始めた事は挨拶だった。

 狩猟大会の参加者の数は、百をゆうに越える。この仮設医療所はそれなりの大きさはあるが、ゆっくりと治療していては、とても負傷者を捌ききれないだろう。参加者も擦り傷や切り傷程度なら自分で治療出来るだろう。しかし、大怪我や急な体調不良には医療所での処置が必要不可欠である。

 フィーナ達はベテラン薬師であるレーナに、こういった大勢の患者が出る時の対処を教わっていた。レーナ曰く、『治療もチームワーク』であるしい。


 フィーナはそれを聞いて、なるほどね、と納得した。用は適材適所で動けばいいのだ。治療院の民間療法は、打ち身や腫れ、骨折といったよくある外傷や、風邪の諸症状に強い。逆にフィーナ達のような錬金術分野の魔女には大怪我や感染症に強い。特にフィーナやイーナは治癒魔法を使えるので、腹に穴が開くなどの大怪我でも癒やすことは出来る。

 ただ、治癒魔法は特殊魔法の一つであり、人前で使うのは(はばか)られるため、今回は使わないようにとイーナと話してあって決めていた。


「これはご丁寧にどうも、えー僕は王都の街で治療院をやっていますマグナスと申します。今回は魔女の皆さんもいらっしゃるので、とても心強く思っております。ハイ」


 マグナスは自己紹介しながら、ペコペコと頭を下げた。医師というよりは営業に出るサラリーマンのようである。

 マグナスは僕、という一人称を名乗るに似合う小柄な体格で、短い土色の髪をしているが、頭を下げて見えてしまう頭頂部は年齢のせいか薄くなり始めている。低く小さな鼻がピクピクと動き、なにか含んだような柔和な笑みを浮かべて、フィーナ達をカーキ色の瞳で上目遣いにチラチラと見ている。


「私はメルポリの街で治療院をやっているハングといいます。小さな治療院の出ですが、精一杯働く所存です」


 こちらのハングはマグナスと違って大柄な体格だった。丸坊主の頭と、睨むようなきついグレーの眼差し、すっと通った鼻筋によって厳しそうな顔つきに見える。そして極めつけは頬にある傷跡だ。古い傷跡の様だが、鉤爪で抉られたような傷跡は痛ましさを感じさせる。

 ハングは片脚が不自由なのか、杖をついて立っていた。フィーナ達を見下ろすように立つ姿に、デイジー以外の二人は縮こまってしまった。


 マグナスとハングはこの医療所の中で一際目立っていた。ぱっと見ると、マグナスは一般観衆の一人、ハングは大会参加者の一人に見えてしまう。その他のスタッフもマグナスとハングを避けて準備を進めていた。


「レンツの見習い魔女フィーナです。王都魔女養成機関、錬金術分野の教官を務めています。よろしくお願いします」


「同じくレンツのイーナです。私も錬金術分野の教官を務めています。よろしくお願いします」


「デイジーです! 魔法分野のきょーかんです!」


 

 王都魔女養成機関の教官という立場は凄いもので、マグナスとハング以外は感心したような、驚いたような表情をしていた。

 しかし、マグナスは嘲笑ともとれる露骨な笑顔を、ハングは関心がないような無表情を浮かべていた。


 その他の医療班の人々と軽い雑談を交えながら挨拶をし、フィーナ達は自分達の担当する場所へと赴いた。


「さっきのマグナスとハングっていう人達、ほんとに医療班なのかな?」


「フィーナ、失礼だよ……って言いたいところだけど、私もそう思った」


「デイジーはどう思う?」


 フィーナがデイジーに問いかけると、デイジーは小首を傾げて、「誰?」と言いたそうな顔をした。デイジーはここまで漂ってくるブルホーンの串焼屋の匂いのほうが気になっていたようだ。デイジーの口の端から涎がつたっている。


「もうすぐ始まるから、一本だけだよ…デイジー」


「イーナ大好き!」


 デイジーは垂れた涎をそのままに、全速力で串焼を買いに行った。草原の土が抉れるほどの速さを出して走る子どもに、周囲の人々は悲鳴をあげていた。



 デイジーが串焼を頬張りながら戻ってくると、大会開始の合図である火の玉が上がり、破裂音とともに火の玉が四散した。あの火の玉は魔女による魔法だろう。

 それと同時に、大勢の大会参加者が次々に森へ入っていく。

 意気揚々と森へと進むデーブ伯爵を見た時は乾いた笑いが出そうになったが、それ以上に驚いたのは国王、ヨハン・レーベン・メルクオールが参加している事だった。

 国王は一介の冒険者のようなプレートメイルを身に着け、大弓を背負い、腰にひと振りの長剣を挿し、肩で風を切るようにして森へと入って行った。


『続々と参加者が森へと入っていきます! あーっと! あれは国王陛下! なんとメルクオール国王陛下が参加しております! 最近王都で流行る健康ブームの第一人者である国王陛下! 狩りの腕前も一流との噂です!』


 ペントが不敬罪とされそうなことを口走っている。しかし止める者はいない。この大会は祭のようなものでもあるので、無礼講という事なのだろうか。あの国王なら、普段であっても罰することはないだろうが。

 ちなみに健康ブームの第一人者はデーブ伯爵である。しかし民衆からのインパクトとしてはデーブ伯爵よりも、国王の方が大きかったのだろう、健康ブームの火付け役は国王だと認識している人が多い。


 参加者が森へ入って十分後、早速一人目が狩猟に成功したようだ。ビッグフットラビットを高々と掲げられ、審査員がポイントをつけている。

 ポイントは狩猟難易度以外にも、素材の損傷具合等によっても変化する。

 あのビッグフットラビットは一撃で頭部を射抜かれており、毛皮や肉を十分に採れるため、加算ポイントとなるだろう。

 加算ポイントを得るには魔物の特徴や弱点といった知識も必要になってくる為、ただ腕っ節が強いだけでは優勝することは出来ない。ルールを考えたのはピボットと国王らしいが、初回であるにも関わらず、意外にもよく出来ている。


『おっと、あれはブルホーンでしょうか? なんと仕留めたブルホーンを片手で引き摺っています! 凄い力です、さすが元騎士団長といったところでしょうか。どうでしょう、解説のゼノン騎士団長』


『そうですね、ブルホーンを短時間で狩る実力、そして片手で運ぶことのできる腕力。デーブ伯爵様は間違いなく優勝候補になるでしょう。』


『なるほど、大会前のコメントでは、“現役時代の感を取り戻すのに苦労しそうです”とありますが、あの様子では杞憂だったようですね! デーブ伯爵様に更に期待がかかります!』


 なんとデーブ伯爵は大会開始から既にブルホーンを狩ったようだ。ブルホーンは牛の魔物で、発達した角と、猪のような突進による攻撃が厄介な魔物である。しかし、その肉は上質で、革も有用とされている。ブルホーンの角と胆石は薬となり、魔術ギルドでもよく狩猟依頼がかかるほどだ。

 デーブ伯爵は片方の手に持った、血に濡れた槍を肩に置き、もう片方の手でブルホーンを引き摺りながら歩いていた。

 観客の声援を満面の笑みで応え、「はっはっは!」と大声で笑っていた。



 フィーナは、重そうな尖槍を振り回すあのデーブ伯爵が、華奢(きゃしゃ)で可愛らしいシャロンの父親であるとは信じられなくなりそうだった。

 

「ブルホーン……串焼……じゅるり」


 デイジーにとっては亡骸と化したブルホーンの方に興味が惹かれるようであった。

 そんな中、仮設医療所のテントに担架が運ばれてきた。


「負傷者です! 手当てをよろしくお願いします!」


 フィーナ達のお仕事の始まりである。




100話突破です!

これからも新米魔女のおくすりですよー!をよろしくお願いします

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