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METAL HEARTS  作者: 主神 西門
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九天の上に動く



秋園楓はバスの中から、窓の外を眺めていた。半年後に控えたセンター試験へと向けて勉強の真っ只中だ。


車窓から見える街の景色は、いつの間にか夏になっていた。制服だって夏服になり、そんな事わかり切っている筈なのに、何故か気持ちは沈んでいた。


小学生の頃は、この頃になると夏休みが待ち遠しかった。それだけでも浮かれていたのに。


手にしているスマートフォンは、LINEと音楽を聴くためのものだけになっていた。


METAL HEARTSのアイコンはそのままにしてある。このアイコンを押せば、みんなに会える。そう、あいつにも……。


「馬鹿みたい」


そう言って、楓は自らを抑えた。


何処の誰かさえわからない人に、

何を期待しているのだろう。


切りそろえられた前髪を風が乱した。鏡の中に映る自分の表情はクラスメートの前では見せない表情。


その人の名前はムーン。


月を見る度に、嫌でも思い出してしまう。自分の知らない世界を知っている人。それがただの憧れなのか、恋と言うものなのか、まだわからない。彼からのメッセージが待ち遠しかった。素直にはなれなかったけど、馬鹿みたいな話題でも楽しかった。


バスは川に架かる橋を渡った。水面を輝かせる日の光さえ、夏を唄っている。その光の中を走る自転車が、子供の頃の記憶を蘇らせた。


「知らねぇ」


大学からの帰り道。自転車に乗った月山 翔は、信号待ちの間に部隊掲示板を覗いていた。そこに書き込まれたダンスランサーと言う名前に見憶えはなかった。


信号が変わり、再び自転車を走らせる。夏の日差しが、容赦無く照りつけて来る。立っているだけでも体力が奪われそうな熱気の中を、ひたすら走る。ペダルが重いのは、タイヤの空気が減っているからだろう。薄々気付きながらも、自転車屋に寄る気力もない。この暑さの中では、それさえも面倒に思える。


「やっぱ、来ねぇか……」


頻繁に掲示板を覗くのは、アルセが来ているかもしれないという、僅かな期待からだった。期待を裏切られる度に、自己嫌悪にも陥る。彼女がMETAL HEARTSを離れたのは、勉強の為だ。あのまま、ゲームの世界へ留めたら、彼女の為にはならない。

そう思って見送った筈なのに、未だに帰りを待っている自分が、堪らなく情けなく思えて来る。


ほんの少し涼しげな風が身体を通り抜けた。その方向を見ると、眩しい夏の陽射しが水面に反射していた。


川の流れが風を運んで来たのか。


そう思った月山 翔の隣を、1台のバスが通り過ぎた。その排気ガスの匂いと熱気が鼻の奥を刺激する。


「やっぱ暑いわ」


思わず漏らした言葉に、更に暑さが増したように思えた。


バスの窓に、一瞬見えた女の子の表情が、妙に脳裏に残っていた。



あの青と土色の荒野に、再び白い天使が舞い降りていた。その両手には怪しく輝くブレードを携えている。


リンク「勝利の女神じゃあるまいし」


ムタ中将「リンク、お迎え頼む」


イリオス部隊を迎え撃つメタルハーツ第一番隊の掲示板にコメントが飛び交う。


銀色の丸みを帯びたリンクの操る機体「アドバンテージ」が転がるように天使へと向かって行く。同時に他のメンバーもステージへと散開して行った。


ダンスランサー「機影は6体だが」


リンク「天使の羽みたいなやつはステルス装置だ」


ダンスランサー「承知した」


イリオス部隊7名中全員参戦とは、そこそこ連携は取れているようだ。メタルハーツ第一番隊長、ムタ中将は機体を移動させながら、そう考えていた。部隊戦は個人のスキルよりも連携プレーが必要とされる。さて、どうする?その答えが出る前に、レーダーにこちらに向かって来る機影をムタ中将は確認した。


画面の中央に、砂埃を上げながら近付いて来る白い機体が見えた。その機体の中央辺りから、幾つもの白い筋が四方へと拡がり、やがてこちらへと向かって来た。


「ミサイルか」


マシンガンで牽制しつつ、凡庸機を旋回させる。


「なるほど」


旋回しながらも、ムタ中将は相手の機体を分析していた。


腕武器はブレード。腰の多弾頭ミサイル。シールドは何か仕掛けがあるタイプか。バランスは取れているが、多弾頭ミサイルの重量をカバー出来る程のブースターではない。

あとはプレイヤーの腕次第だが……。


ムタ中将は、迫り来る白い敵との直接対決を避け、天使と対峙しているアドバンテージの援護へと向かう事にした。


素早く動き回る天使へと向けて、マシンガンを乱射するアドバンテージの姿が見えて来た。


ムタ中将「リンク、こちらを頼む」


そのコメントを素早く入力すると同時に、ムタ中将は武器のロックオン機能をOFFにした。速さを誇る機体にはロックオン機能が逆に邪魔になる事を、これまでの戦闘から学んでいる。ロックオンの赤い表示のない画面へと、ムタ中将はマシンガンを撃ち始めた。


ムタ中将の量産型凡用機と向けて、再び転がるように移動して来たアドバンテージはマシンガンの銃口はこちらへと向いている。やがて、乾いた音と共に弾丸が向かって来る。


その弾丸は凡用機を掠めて、後方から迫り来る白い機体へと降り注いだ。


リンク「天使は任せた」


すれ違いざまにに、そんなコメントが入る。


ムタ中将「後ろの白いのも手強いぞ」


ランダムに撃ち続けられているように見えた、ムタ中将の弾丸が徐々に天使を捉え始めた。


「九天の上に動く…」


ムタ中将こと牟多口 幸夫は、無意識にそう呟いていた。


「九地の下に蔵れ、九天の上に動く」


孫子の兵法のひとつだ。その意味は

「守りについた時は身を隠し、攻撃する時はすかさず動く」

そんなところだ。


スーパーの事務所の自分の机の上には、様々な伝票が乱雑に置かれている。閉店時間も近く、客も疎らだ。

この時間にMETAL HEARTSをするのが日課になっていた。


「さぁ、どう動く」


そんな独り言は、その手に持ったスマホの画面へと向けられていた。イリオス部隊の隊長との一騎討ち。流石にそう簡単にはいかないようだ。


その天使の機体は、余計な装備を排除しつつ、センスのある機体に仕上がっている。その女性的なシルエットからしても、プレイヤーは女だろう。これがネカマなら大したものだ。いづれにせよ、敵であり、手強い相手であるのは間違いない。


案の上、追跡をかわして、天使は射程距離外へと移動していた。やはり速い。しかし、放っておくわけにもいかない。ムタ中将は追撃を開始した。



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