ありふれた死
ケンくん「ローズさん、いますか?」
部隊画面へ移動した謙介は、掲示板に書き込んでみた。時計は12時を指していた。昼食の時間かもしれない。
Cローズ「いるよ♫」
いつもの早い反応だった。やはり常駐しているのだろうか?
ケンくん「ダンスランサーって人を知ってますか?」
その問いに暫しの沈黙が続いた。
そして返事は掲示板にではなく、対戦の申し込みとして返って来た。気に障る事だったのだろうか?
メッセージもなく申し込まれた対戦を謙介は恐る恐る受ける事にした。
ドーム状のステージの奥に、C•ローズの機体「ティア•ラ」が立っていた。
Cローズ「ごめんね。あそこじゃ話し辛い事なんだ」
そのメッセージに謙介は安堵した。
怒っているわけではなさそうだ。
Cローズ「ダンスランサーさんはね、昔この部隊にいたんだよ。まだ第04小隊の時だけど」
ケンくん「まだ?」
そう言えば、まだ部隊名の由来のようなものを聞いてはいなかった。死神部隊なのに、ライムというのも変だとは思っていたが、Kの事に気を取られて忘れていた。
Cローズ「その頃はね、ケンシンさんもいたんだ。他にも多勢いたよ。」
ケンくん「みんなどうしたんですか?ケンカですか?」
その問いに、再び沈黙が訪れた。
その沈黙の間に、ティア•ラとの距離が気になり、謙介はブーストを使ってストライカーをティア•ラへと接近させた。
Cローズ「ケンカじゃないよ」
その答えが返って来たのは、ストライカーがティア•ラの前に辿り着いた時だった。
Cローズ「その頃ね、メンバーにライムさんって人がいたの」
ライム。部隊名のライムか。謙介はCローズの次の言葉を待った。
Cローズ「でもね……部隊戦の最中に、病気で死んじゃったの」
死んだ?謙介は混乱した。
ケンくん「それはリアルの話しですか?」
Cローズ「そうだよ」
謙介は、その言葉に疑いを持ってしまった。当然だろう。相手はどこの誰かも分からない相手だ。それを事実かどうか確認する術はないのだから。
ケンくん「どうやって分かったんですか?」
Cローズ「私の友達だったの」
なるほど。納得しながらも、謙介は返す言葉を見つけられずにいた。
対戦時間のカウンターだけが、刻々と時間の経過を示していた。
Cローズ「ライムさんの最後のお願いが、部隊戦イベントで32位に入りたいって事だった」
ローズからのメッセージが入った。
いつも言葉の最後に付ける♫のマークが今は見られない。本気で書き込んでいるのだろう。謙介は黙ってローズのメッセージを待った。
Cローズ「でも負けちゃった。みんな頑張ったのに」
Cローズ「それで、みんなバラバラになっちゃった」
そこで再び沈黙が訪れた。
ケンくん「今のメンバーは、その時に残った人ですか?」
Cローズ「ムーンさんとアルセさんはライム第04小隊になってから。スレンダーさんが部隊名にライムを加えてくれたの」
スレンダーの書いた死神部隊の意味が、少しだけ理解出来たような気がして、謙介は堪らなく悲しくなった。
Cローズ「変な話しだよね。たかがゲームなのにね」
ケンくん「そんな事、ありません」
ローズの言葉が、ダンスランサーの言葉と重なり、謙介の胸を締め付けた。
Cローズ「死ぬかもしれないのに、こんなゲームに夢中になるなんておかしいよね」
ストライカーの前でうつむいて立っているティア•ラがCローズそのものに見えて、謙介の胸を更に締めつけている。それが、謙介の言葉を詰まらせてしまった。
Cローズ「でもね、信じて。たかがゲームだけど、私達にとってはみんなと時間を共有出来る、大切な場所だったの」
そのメッセージと同時に、対戦時間が終わりを告げた。
私達。
そのひとことが謙介の頭の中を駆け巡る。それは最悪な結末を予感させるのには充分だった。
ゆっくりとフェードアウトしていく画面の中で、ティア•ラを覆っていく闇がCローズへ迫る死の影にも思えて、謙介は無意味に画面を連打した。魂を呼び戻すように。
画面を連打する指が止まった時、謙介の目には涙が溢れていた。あの日の出来事がオーバーラップしていた。
交通事故で亡くなったあの日、彼女は自分に何を伝えたかったのだろう。自分は彼女と、どれだけ同じ時間を共有出来ていたのだろう。死なんて、遠い先の話しだと思ってた。
いつまでも一緒にいれると思っていた。
でも、産まれる事と同じくらい、死はこの世の中ではありふれているものだった。それは当たり前の事。そんな事、わかっていたはずなのに。
再び訪れようとしている死による別れの前に、謙介はなすすべもなく涙を流すだけだった。
彼女の顔が浮かぶ。どれもこれも笑顔の彼女。沢山の笑顔をもらったのに、自分は何をしてやれただろう。
後悔の中に沈みながらも、今何をすべきかを謙介は考え始めていた。