月と矢と
ビルの谷間を前進していると、レーダーに敵の存在を知らせる赤い点が現れた。右前方の高いビルの反対側にいる。月山 翔は禁忌の月を右の路地へと向かわせ、ビルを回り込こむ事にした。両側を高いビルが挟む狭い道路を敵へと向けて進む。
禁忌の月の動きを察知したのか、レーダーの赤い点も移動を始めた。しかし、その赤い点はビルの中を移動している。ビルの中に入ったのか?
翔はビルの入り口を探した。やっとそれらしいドアを見つけたが開かない。赤い点はすぐそばまで来ている。中からしかドアは開かないのか?いや……まさか……。
それに気が付いた時、禁忌の月を衝撃とともに爆炎が包み込んだ。
視点を上に向けると、屋上から弓を構える機影が見えた。
「やるねぇ」
翔は思わずそんな言葉を口にした。
このレーダーは上下の位置までは表示出来ない。
2本目の矢が向かって来る。禁忌の月のブースターを全開にする。しかしビルに挟まれているために、逃げ道は前か後ろかの2択しかない。
矢の軌道を読み後退させた瞬間、禁忌の月は再び炎に包まれた。
2本目の矢は時限式だったようだ。
着弾する前に爆炎を上げた。
禁忌の月の装甲は硬い。これしきならダメージはしれたものだが、動きが取りにくい。
見上げたビルの上では、蒼弓が次の矢を構えていた。
「カッコつけやがって」
禁忌の月はブースターを全開にして、空へとその漆黒の機体を飛翔させた。
3本目の矢が禁忌の月へと向けて放たれた。
空中では避けようがない。
片腕一本くれてやる。
左腕でガードする姿勢を取り更に上昇する。
禁忌の月に矢が直撃した。爆風とともに白い煙が周囲に撒き散らされる。
煙幕か。矢の衝撃でバランスを崩し、更に視界を奪われた禁忌の月は
再び地上へと降下せざるを得なかった。
見上げても白い煙に包まれて、屋上の蒼弓の機影は見えない。しかし、レーダーでは確かにそこにいる。
銃器系の装備があれば、ここからでも狙撃出来るが、禁忌の月の装備はブレードのみだ。接近出来なければ話しにならない。
煙幕の中から4本目の矢が現れた。
爆炎に機体が揺れる。ダメージも蓄積し始めた。
しかし、再びここから上昇したところで狙い撃ちされるのは分かりきっている。1度のブーストジャンプでは辿り着けない。
翔は低いビルを探し、ビルの隙間の路地を進んだ。その間も、蒼弓の矢が禁忌の月を襲う。直撃は避けられているが、ダメージは確実に受けている。
いくらか低いビルを見つけて、その屋上へと機体を着地させた。当然のように爆炎が禁忌の月を襲う。
「グレネード弾に煙幕弾、あとは何がある?」
次のビルへと上昇しながら、翔は考えていた。アーチャータイプは珍しい。対戦したこともなく、興味もなかったので詳しくはなかった。
次のビルへと着地した瞬間、再び煙幕が禁忌の月を包み込んだ。
「レーダーでバレバレだよ」
視界は遮られたが、レーダーの赤い点で蒼弓の位置は確認出来る。
そちらへと向けてダッシュしようとした時、赤い点が左右に別れた。
「ダミーか」
右か左。どちらにせよ、ブレードを打ち込める距離まで近づくしかない。ここで待っていても、狙い撃ちされるだけだ。
禁忌の月は右へと向けてブーストダッシュした。
白煙を突き抜けて開けた視界の先に見えた物。
球体のダミーだった。
黄金に輝くブレードが、そのダミーを破壊すると同時に、禁忌の月の左側から衝撃が襲った。
左腕撃破。使用できません。
アラートと共に赤い文字が表示された。
翔はそれに動じる事なく、禁忌の月を蒼弓へと向かわせた。短いブーストを繰り返しながら移動する蒼弓だが、禁忌の月は徐々に距離を詰めていく。禁忌の月と同じく、余計な武装は装備していないようだ。故にその移動速度も同じく早い。
しかし、禁忌の月のブースターは現時点で手に入れる事の出来るものではハイクラスのブースターだった。スピードでなら部が有る。
案の定、いくつも飛び移ったビルの上で蒼弓に追いついた。すかさずブレードの一撃を振り下ろす。だが、蒼弓は滑るように横方向へとその機体を移動させた。
「こいつ……」
翔はその動きに見覚えがあった。
以前、対戦した相手も同じ動きをしていた。気になったので調べてみた事がある。通常のパーツショップでは手に入れる事の出来ない、イベントの報酬パーツだった。コア自体に各方向へ向けて小さなブースターが装備されており、かなりの機動性を有していた。その分、操作は難しく玄人向けの機体でもある。逆に言えば、そのパーツを手に入れる事の出来る玄人と言う事でもあるのか。
ムーン「流石ですね。先輩」
追跡の合間に、翔はコメントを入れた。
ピーナッツさん「あんたみたいな後輩はいない」
随分と素っ気ないコメントが帰ってきた。
追跡を避けながらも、蒼弓は矢を放って来る。それらを寸前でかわしつつ、禁忌の月は蒼弓を追いかける。
一進一退の攻防の最中、蒼弓の放った矢が、ビルの一角を粉々に破壊した。
着地しようとしていた禁忌の月は、足場を奪われバランスを崩した。そこへ蒼弓の放った追撃の矢が迫る。
左足撃破!使用できません。
1度の対戦で、2度この表示を見た事はなかった。崩れ落ちる禁忌の月へと向けて更に放たれた矢は煙幕だった。白い煙に包まれ、緊急が高まる。一気にトドメを刺さずに、ジワジワと破壊するつもりなのか。
「何がピーナッツさんだよ……」
名前ほど可愛くはない。
禁忌の月はブースター全開で白煙の奥の蒼弓へと突進した。
待ち構えていた蒼弓の矢が爆炎を噴き出し、炎が禁忌の月を包み込んだ。
「カッコ悪」
ピーナッツさんこと、南川 舞は冷たく呟いた。最後の一矢を撃ち込むべく、禁忌へと接近した。目の前に拡がる炎のグラデーションが興奮を誘う。しかし、その興奮を冷ます影が、炎の中から現れた。
「こいつの装甲なめんな!」
片手、片脚を失いながらも炎を纏って向かい来るその様は、まさに鬼神そのものだった。蒼弓はブレードの役目も果たす弓を、禁忌の月へと叩きつけた。
コア破壊確認。撤退します。
赤い文字が画面に表示された。
幾つもの廃墟と化したビルが建ち並ぶステージでの戦いは終わった。
ビルの屋上で向かい合うふたつの機体は動きを止めていた。
弓を頭部で受け止めた漆黒の機体は、ボロボロになりながらも、その右腕のブレードは敵の胴体を貫いていた。
ムーン「油断大敵」
ピーナッツさん「だっさ」
南川 舞は結果画面を見ることなく、スマホをノートの上へと放り投げた。
「どいつもこいつも嫌な奴ばっか」
そう吐き捨てて、椅子の上で膝を抱え込んだ。静まり返った部屋に、雨の音が聞こえて来た。