C•ローズ
「はい、お父様。」
「まだ起きていたのか」
「そう言うお父様こそ、まだお仕事ですの?」
「日本は眠りにつく頃かもしれないが、こちらは今から動き出す時間だよ」
「無理しないでね」
「エリィもいつまでもゲームしてちゃダメだぞ」
何時もの会話だった。父、ジョシュアはほとんど家には帰って来ない。たまに申し訳程度で、こうやって電話をかけてくるぐらいだった。そして、何時もならここで終わる会話だったが、今夜は違った。
「ねぇ、お父様。METAL HEARTSってゲーム憶えてますか?」
僅かにため息が聞こえた。
「まだあのゲームをやっていたのかい?他にも楽しいゲームはあるだろう。もう、あのゲームは辞めなさい」
「何故ですの?」
「女の子のするゲームではないよ。他にもあるだろう?とにかく、あのゲームは辞めなさい」
「何か都合の悪い事でもあるのかしら?」
「今夜はご機嫌斜めのようだね。何かあったのかい?」
その言葉にエリザベートは我に返った。今、華神の計画に触れるわけにはいかない。父ジョシュアは勘がいい。もし気付かれたら、METAL HEARTSサービスを終わらせる事にもなりかねない。エリザベートは努めて平静を装った。
「ごめんなさい。もう寝ます。頑張ってね、お父様」
「それがいい。ゆっくりお休み」
「おやすみなさい」
それだけ伝えて、エリザベートは電話を終わらせた。
やはり自分にはどうする事も出来ない。エリザベートは自分の中で、その事を再認識した。華神グループの計画は許せない。しかし、父の事は尊敬している。あの優しい声を聞くと、その事さえ信じたくはない。このままMETAL HEARTSから去れば、何も悩む事はないだろう。しかし、本当にそれでいいのか?複雑な思いの中で、エリザベートは再びMETAL HEARTSへと入った。
入隊希望者がいます。
確認しますか?
エリザベートからエリスへと戻ると、その言葉が画面に現れた。
ケンくんが勧誘したCローズか。
エリスは確認する事もせず、入隊を許可した。
Cローズ「お邪魔します♫」
ケンくん「ありがとう!来てくれたんですね」
もうログアウトしたと思っていたケンくんがいた。エリスは黙って2人の会話を眺めた。
Cローズ「なんだか大変な事になっちゃってるね。びっくりしちゃったよ」
ケンくん「Cローズさんの方こそ大丈夫なんですか? 」
Cローズ「ごめんね。もうダメかもしれない」
ケンくん「ダメって、どう言う事ですか?」
Cローズ「もう、身体が限界なんだ。あたしの身体だけど、あたしの身体じゃないみたいに感じるの」
その言葉に震えを抑えきれないでいたのは、ケンくんだけではなくエリスも同じだった。
エリス「どういう事なの? 」
Cローズ「わぁ!エリスさんだ!入隊承認ありがとうございます!」
エリス「どういう事だと聞いているんだ⁉︎」
Cローズ「エリスさんのお父さんは、METAL HEARTSの運営の関係者の方だったんですね!伝えて下さい。ありがとうございます。私、METAL HEARTS大好きでした!」
エリス「何故、過去形なんだ⁉︎」
Cローズ「せっかくエリスさんのイリオスに入隊出来たけど、ごめんなさい。私、病気でもう参戦は無理かもしれない」
ケンくん「そんなに、」
謙介はそこまで書き込んだが、そこから先を書き込めなかった。書き込むと、その言葉が力を持って現実となりそうな気がして手が止まってしまったのだ。
エリス「病気?」
その問いの後、暫しの沈黙が流れた。しかし、謙介もエリスも静かに待っていた。きっと誰もがそうしただろう。それほど、この沈黙の意味するものは大きかった。
Cローズ「ごめんなさい。私、癌でもう長くは生きられないの。だから、部隊から外していいよ。でもね、本当に好きだったの。広いフィールドをぶぅーんって跳び回って、いろんな人と戦って、お話しして、凄く楽しかった。METAL HEARTS大好きだったの。だから、ありがとう!」
エリス「たかがゲームに何言ってる!それに、METAL HEARTSを造ったのは違う会社だ!礼ならそちらに言え!」
Cローズ「たかがゲームでもね、私にとっては唯一の楽しみだったの。エリスさんから、その人達に伝えて頂けませんか?」
エリス「断る。礼なら自分で言え」
ケンくん「エリスさん、どうして⁉︎」
仏喜羅坊「くそったれ!なんやねん!なんやねん!なんやねん!」
ダンスランサー「繰り返すのか」
ミラージュ「繰り返す?」
ログアウトしていたと思っていたメンバーが、ここに集まっていた。
エリス「そんな大事な事は自分で言え!それまで生きろ」
仏喜羅坊「お前が言うなや。大事な事を言わんかったから、こんな事になっとるんやろ!」
ミラージュ「仏喜羅坊、それを今言っても仕方ないだろう」
Cローズ「ごめんなさい。私のせいで。ごめんなさい」
芋の皮「謝らないで。ローズは謝らなくていいんだよ」
仏喜羅坊「芋!お前が言うのも変な感じやけど、その通りや!ローズはんは謝らんでもええ」
エリス「そうだ!全部私が悪い!そういう事だろう⁉︎ 」
ダンスランサー「ヤケになるな、エリス」
エリス「とにかく、私の部隊に入った以上、勝手にくたばるなCローズ」
Cローズ「METAL HEARTSを終わらせないで、エリスさん」
ケンくん「METAL HEARTSは終わらせない。そのために、まずCancerを捕まえる事です」
エリス「Cancerを?」
仏喜羅坊「ケンくん、あんな話し信じるんか?そんな甘いもんちゃうやろ?」
ケンくん「それでも、Cancerにかけるしかないと思います。少しでも可能性があるなら、やってみる価値はあるはずです」
ダンスランサー「この部隊の方向性は決まったな」
芋の皮「頑張ります。Cローズさんの為に」
仏喜羅坊「どいつもこいつもアホばっかりやな。でも嫌いやないけどな。まぁ、ええわ。華神がどうの、結城がどうのとか知ったこっちゃないけど、Cローズはんの為ならわしも本気出したる」
エリス「Cancerに何がある?捕まえて何が変わる?教えろ!」
仏喜羅坊「なんや、エリスは知らんのか?」
ミラージュ「話すと長くなりますからね。それに話すべきかどうか迷ってますし」
ケンくん「エリスさんが協力してくれるなら話してもいいんじゃないですか?」
エリス「協力?Cancerを捕まえると言う事か?」
仏喜羅坊「まぁ、エリスは知らんみたいやし、捕まえてから話した方がええやろ。余計ややこしくなるわ」
ダンスランサー「そうだな。とりあえず明日からはこのメンバーで部隊戦を戦いながら、Cancer捕獲を目指そう」
エリス「Cancerを捕まえたところで何も変わらん」
ケンくん「まぁまぁ。それはエリスさんの為でもあるんですよ」
ダンスランサー「なるほど。ケンくんの狙いはやはりそこにあるか」
仏喜羅坊「どういうこっちゃ?」
芋の皮「なるほど。なるほど」
仏喜羅坊「説明せんかい!」
ケンくん「それもややこしくなるので、捕まえてからにします」
Cローズ「私、落ちるね」
ケンくん「ゆっくり休んで下さい。無理しないで」
Cローズ「ありがとう」
エリス「Cローズ、無理はするな。隊長命令だ」
Cローズ「( ̄^ ̄)ゞラジャ」
その言葉を残し、Cローズはログアウトして行った。
ダンスランサー「悲劇を繰り返すわけにはいかない」
ダンスランサーの謎の言葉を最後に、イリオス掲示板からメンバーの気配が消えた。