亡霊
「ジョウジョ撤退か。相手はスレンダーかミットだな」
レーダーから消えたパイレーツの機影に、仁村 蓮はため息をついた。開始5分も経たないうちに、1機を撃破された。さすがは死神部隊、そう簡単には墜とされてはくれないらしい。
仁村 蓮。HNベルフェゴール。あらゆる銃火器を装備する要塞と化した機体「グリモワール」からメンバーに指示を出す司令塔。接近戦のように動き回る事を嫌い、銃火器による射撃を主な戦闘方法としている。とにかく接近戦は疲れるので避けたい。その代わり、そのIQ180の頭脳を使って部隊を勝利へと導く事に快感を憶えていた。
「ピーナッツさんも、ヤバイなこりゃ」
別の場所で動き回るレーダーの機影に、仁村は単純にそう感じた。兎に角動きが速い。エリス級の動きであるため、ピーナッツさんの蒼弓の矢で追えるか怪しい。
「やはり来たか」
その綺麗に整った顔に掛けた、不釣り合いに思える黒い眼鏡を、右手の人差し指で押さえながら仁村が囁く。
レーダーにこちらへと向かう機影を捉えた。画面上でも、地面の僅か上を滑る様に接近して来る迷彩柄の機体が見える。フロート機体、スレンダーの高機動型3番か。
「させるかよ」
両肩の多弾頭ミサイルで迎え撃つ。
幾つもの白い筋を描きながらミサイルが画面の一点へと集まって行く。
同時にガトリング砲を横一線に掃射する。フロート仕様の速い機体だ。
余程、接近しない限りライフルの弾はまず当たらない。ミサイル着弾による爆煙に包まれて機体は確認出来ないが、レーダー上で高機動3番の位置は確認出来る。左右に動きながら防御しているようだ。
「さぁ、来い。死神の生き残り」
ベルフェゴールは燻り出すかの様に、ガトリング砲を掃射し続けた。
やがて爆煙も消え、高機動3番がその姿を現した。機体の周囲に浮かぶレーザーシールド。防御ポッドか。
スレンダー「相変わらず、鈍臭い機体使ってるな」
ベルフェゴールの画面下に、そんなメッセージが入った。
ベルフェゴール「そっちも相変わらず、地に足が着いてないな」
フロートの事か。
「なるほど。上手い事を言うな」
スレンダーこと、鈴木五郎は思わず顔がニヤケた。流石は勝利の悪魔と言われる男だけの事はある。頭の回転の速さが、何気ない言葉に現れる。METAL HEARTSの戦場に残っているだけの事はある。
スレンダー「今のに座布団2枚やるよ」
ベルフェゴール「格納庫へと送ってくれ」
対峙するふたつの機体の間で、会話は続いた。
スレンダー「なぁ、お前本気出してないよな?」
ベルフェゴール「Cancer待ちだ」
他のメンバーも見ているこの会話の中で、あっさりと本音を語る。天才の考えはわからない。スレンダーは、そう思った。
ベルフェゴール「俺からも質問していいか?」
スレンダー「いいぞ」
その答えを受けて、グリモワールは高機動3番へと向けた銃口を降ろした。暫しの沈黙の後、スレンダーの画面下にメッセージが入った。
ベルフェゴール「いつまでライムの亡霊を背負っているつもりだ?ライムは死んだ。帰っては来ない」
ベルフェゴールの書き込んだメッセージに、戦場にいた全ての機体の動きが止まった。ライムを知らない者も中には当然いたが、ただならぬ雰囲気に呑まれる形となった。
想定外の問いに戸惑いと共に、怒りがスレンダーの中に湧き上がった。
スレンダー「それをお前に聞く理由もなければ、こちらも答える義理もない」
ベルフェゴール「死んだ人間の事をいつまでも引き摺るな。惨めになるだけだ」
その言葉で再び戦場が動き出した。
ステージの端からベルフェゴールへと猛然と疾走を始めたひとつの機体。Cローズのティア•ラだった。
「ライムさんへの冒涜は許さない」
その想いを阻むかのように、立ちはだかる機体が現れた。白いパールカラーにオレンジのラインがアクセントとして入っている。スリムとは言えないそのシルエットは昔ながらのロボットを彷彿とさせる。スフィーダ部隊の一真が操るディストラクションだ。その赤い目が無表情にティア•ラを捉えた瞬間、両肩に備えた大砲が火を噴いた。
しかし、ティア•ラの疾走はその砲撃さえ意に介する事なく更に速度を増して行く。ディストラクションの放った大砲の弾は、ティア•ラの遥か後方で爆煙を上げた。
まさに一瞬だった。ティア•ラはディストラクションの目の前にいた。大砲を構える暇も与えず、ティア•ラの両手のブレードがコアのある胴体へと突き立てられた。厚い装甲に阻まれたかに見えたが、ティア•ラの目が赤へと変化した瞬間、その機体が片足を軸として凄まじい回転を始めた。
コア破壊確認!撤退します。
「ありえねぇ…」
驚愕する一真のディストラクションは胴体を裂かれ、なすすべもなく崩れ堕ちた。
蒼弓の矢が、黄金の機体となった禁忌の月へと放たれた。ムーンは再び黒いブレードを盾代わりにして、それを防いだ。そこから煙りが四方へと拡がって行く。
発煙弾か。
視界を奪って狙い撃つつもりだろう。しかし、それは前の対戦で経験済だ。ムーンもそれなりの対策は用意してある。むしろ、この煙幕はムーンにとっても好都合だった。
禁忌の月は、ブレードの剣先を蒼弓がいるであろう方向へと向けた。その刀身の一部が僅かに開き、銃口が現れた。画面にはロックオン表示。
「試し撃ちだ」
変形したブレードから、徹甲弾が放たれた。その弾丸は、次の矢を放とうとしていた蒼弓の腕を貫き、胴体を貫いて止まり、蒼弓の背中に蓮の花に形を変えていた。
「まずは1機撃破」
月山 翔が呟いた瞬間、画面が衝撃で揺れた。
芋の皮「まずは1機撃破」
自分と同じ言葉がメッセージとして、画面下に現れた。
コア破壊確認!撤退します。
油断していた。ロックオン表示に集中するあまり、レーダーへの注意が欠けていた。
芋の皮。コミカルな名前からは想像しにくいが、伝説のプレイヤー。初期装備で固めたその機体に、注意が薄れていた。過去最強の名は伊達ではなかった。
「パーツの良し悪しだけが、強さではない」
ダンスランサーの言葉が頭の中で響いていた。