Cancer
索敵中のCローズのティア•ラの視界に、荒野を疾走しながら向かって来る赤い機影が見えた。
「わかりやすっ!」
空の青と大地の土色のこの戦場では
、赤い機体はかなり目立つ。その色を使うのは、ただの目立ちたがりか、余程腕に自信があるプレイヤーだけだ。
「私は女の子だし♫」
Cローズは、ティア•ラのピンクを自分勝手な言い訳で棚上げして赤い襲撃者を迎え撃つ準備をした。
日本刀を構えて、ティア•ラに向かって来る赤い機体。
「法堂高虎……機体名……何だっけ?」
Cローズも事前にチェックしてはいたが、全部は記憶出来していない。
「幻想の騎士団、隊長は沈黙の狂戦士の墜鬼、副隊長のクランで竜みたいな機体、法堂高虎は赤いので、アランってのが黒いやつ。フォックスって狐みたいなのと、あと……ピンクの変なやつ」
Cローズこと丘野 薺は病室のベッドで思い出しながら呟いていた。
白いシーツに白い壁、そして白いカーテン。
どんな戦場でも、この部屋よりはずっとましだった。
ここで私の人生終わっちゃうのかな?
そう考えるだけで、形容出来ない虚無感が襲って来る。現実逃避だとしても、この小さなディスプレイだけが、丘野 薺という人間と世の中を繋ぐ唯一のツールなのだ。
法堂高虎「ローズ、消えてもらう!」
そんなメッセージが飛び込んで来た。
Cローズ「私は消えない!」
法堂の血潮のブレードがティア•ラへと迫った。
血潮のブレードがティア•ラを貫こうとした瞬間、法堂の画面からティア•ラが消えた。
「は?」
法堂はレーダーでティア•ラを追う。
「消えたじゃねぇか!」
そんなツッコミにCローズが答える訳はない。レーダー画面だけが答えを出してくれた。
いた。いつの間にかティア•ラは真後ろへと移動している。
「エリスかよ!早過ぎるだろ!」
動揺しながらも、法堂は血潮を旋回させる。だが、ティア•ラは既に反撃の体制に入っていた。その機体の輪郭を留めぬ程の回転をしながら、ティア•ラのブレードが迫る。その攻撃を唯一の武装である日本刀で受けたが、衝撃で画面が揺れている。
「何だ、こいつ!」
思わず血潮を後退させる。だが、再びティア•ラを見失ってしまった。しかし、見当はついている。血潮のふを背後へと向けて、旋回をしながら振り抜いた。
法堂の予想に反して、そこにティア•ラは居なかった。
レーダーとともに画面で確認したティア•ラは、既に遥かに離脱していた。
「逃がすか!エリスもどき!」
法堂高虎はレーダーを頼りにティア•ラの後を追った。しかし、エリスもどきと言うだけあって、その移動速度は血潮を遥かに上回っていた。ぐんぐんと離されて行く。やがて、血潮のブースターが先に限界を迎えた。
「脚では叶わないか」
法堂高虎はティア•ラへの追撃を諦め、レーダーで次のターゲットを探しだした。
両腕を失い、オブジェと化した謙介のストライカーは、墜鬼と戦闘中のミットとムーンの元へと向かった。援護さえ出来ないが、その戦いを見てみたかった。
しかし、謙介が見た光景は予想を遥かに上回るものだった。
そこにはストライカーと同じように、両腕を失った禁忌の月の姿があった。デスクローナに至っては脚までも破壊されている。戦意を失ったふたつの機体を前に、ただの立ち尽くす墜鬼の姿もまた変わっていた。
謙介の知っている墜鬼ではない。
「鬼?」
そう思わせる姿に変貌している。
赤紫色の機体はピンクにその色を変えて、全身から幾つもの鋭い刃が突き出している。特にその額上部から突き出した2本の刃は角ようにも見えて、誰が見てもそれは鬼にしか見えないだろう。
その変貌を遂げた墜鬼は、目の前の敵のコアを破壊する事無く、ただ立ち尽くすしている。
何故だ?
謙介の脳裏にひとつの可能性が浮かんだ。
囮にしたのか?
あえてコアを破壊せず、レーダーに残す事によって、不利な状況を装いつつ他の敵を呼び寄せている。
そう、自分のように。
その瞬間、謙介の中で墜鬼の存在が巨大化していた。その強さだけではなく、あらゆる状況を利用した戦略性をも兼ね備えた存在。
たかがゲーム。しかし、所詮バーチャルという言葉だけでは片付けられないものがある事を、謙介は思い知った。
何という残酷な光景だろう。
友を破滅へと誘い込む餌として利用される者と、利用する者。
そして今、その餌として加わった自分。何も出来ない。助ける事さえ出来ない。その苛立ちや焦り、そして絶望が、失った彼女の記憶を呼び覚まして行く。
何もしてやれなかった。
守れなかった。
その想いが謙介の中でループする。
そして、そのループに更にひとつの想いが加わる
Cローズ。今、まさに死の影と戦っている戦友。ひとり、病室のベッドで自らの病と戦いながらも、この世界に光を求める戦友。彼女の愛するこの部隊を守りたい。最後のその瞬間まで、守り抜く。Cローズの生きていた証になるこの部隊を。そのために越えなければならない存在が目の前にいる。
ストライカーのブースターに光が宿る。それは、まるで謙介の心に宿った光のようにも思えた。
墜鬼の頭が僅かにストライカーへと向けられた。
「だからどうした!」
突撃しようとしたストライカーの脚を一発の弾丸が貫いた。バランスを崩し、膝まづく機体。やはり無力なのか。
レーダーに味方の機影が、それぞれの方向から近付いて来るのが見えた。
ケンくん「離れて下さい!トラップです!」
急いで部隊掲示板へと書き込んだ。
スレンダー「知ってる」
イース「あい、あんだーすたんど」
Cローズ「想定内♫」
悟り切ったような返事が来た。
やがて敵味方共に、墜鬼を囲むようにして集結していた。勝敗は既に決まっている。互いに戦いを挑もうとはいない。それは不思議な光景だった。
法堂高虎「スナイパーはどいつだ?」
スレンダー「スナイパー?」
モモ♪「そう、スナイパーよ♡」
Cローズ「え?いないよ」
法堂高虎「は?」
イース「え?」
FFフォックス「ん?」
ミット「なに?」
ムーン「話しがわからん」
この場所に戦闘に参加している全機体が集結している。それはレーダーでも確認済みであり、その装備も画面で目視出来る。
しかし、その中にスナイパー用のロングレンジライフルを装備している者はいなかった。
法堂高虎「他にいるのか?うちの部隊は離脱したアランを含めて、これだけだぞ」
スレンダー「うちはあと2人いるが、ログインしていないんだが」
戸惑う参加者の前に、近付いて来る機体があった。
明るいオレンジ色の装甲を纏ったライフルを携えた機体。
ムーン「アルセ!戻って来たのか⁉︎」
期待を込めたその問いに返事は無ない。ただ黙々と接近して来る。その姿を確認して、参加者の数人は同じ疑問を抱いていた。その装備にステルス機能を持つものはない。
何故、レーダーに映らない?
気味の悪さを感じながら、動く事も出来ずにその訪問者を観察していた。
疑心暗鬼に陥ったプレイヤーの中で、ただ1人その正体に気付いている者がいた。
「こいつが……C…」
墜鬼が戦闘モードへと移行する証しの咆哮を響かせた。しかし、その咆哮する頭部パーツの口へライフルの銃身が差し込まれた。
突然の墜鬼の咆哮に驚かされたメンバーだったが、驚いたのはそれだけではない。一瞬のうちに謎の機体が墜鬼の前に移動していた。しかも、ライフルを墜鬼の口へと向けている。
衝撃音と共に墜鬼の頭部パーツが撃ち抜かれた。その口から煙が立ち昇る。
その直後、オレンジ色の謎の機体は皆の目の前で、小型のスカイブルーの機体へとその姿を変えた。
こいつは通常の機体ではない。一同に戦慄が走った。
幻想の騎士団メンバーが一斉に動き出す。攻撃目標はひとつ。
しかし、再び想定外の出来事が起こった。スカイブルーの謎の機体が消えてしまった。高速で移動したという訳ではない。
強制離脱したのか?
法堂高虎「何だ、あいつは⁉︎」
モモ♪「ありえないだろ!」
スレンダー「Cancerだ」
イース「Cancer?」
スレンダー「ゴーストみたいなもんだ。バグの化け物」
その時、皆の中心に再びスカイブルーの機体が姿を現した。
Cancer「楽しいね」
直後に部隊戦の終わりを告げる文字が表示され、画面がフェードアウトしていった。