部隊戦
「やってやる」
謙介は再びMETAL HEARTSの世界へと入った。何かわからない衝動だった。それを自分でも確かめたかった。
いくつのもミッションをクリアしている中で、徐々に機体パーツと装備は揃って来た。接近戦には自信がないので、長距離から攻撃出来るロングレンジライフルと、初心者特典で手に入れた強力なブレードを装備した。なんとも中途半端だが、今はこれで充分だろう。その頃になって、窓の外がすっかり暗くなっている事に気が付いた。そろそろ夕食の時間か。
謙介は重い足取りで、階下の様子を伺う様に階段を降りた。
「御飯、出来てるよ!」
母親の明るい声がした。その明るさに気遣いを感じ、感謝とともに堪らなく申し訳なさが込み上げて何も返事が出来なかった。
無言で食卓に着き、並べられた食事を口に運んだ。その温かさに自然と涙が溢れて来た。
わかってる。どうするべきか。でも、今は甘えさせて欲しかった。彼女の為にも、自分自身の為にも。
謙介は部屋に戻り、再びMETAL HEARTSへとログインした。
部隊の掲示板には誰も来ていなかった。格納庫の自分の機体を眺めてみる。機体名は初期設定の数字とアルファベットのままになっている。
何か名前を付けないと。そう思い、部屋の中を見回してみると、バックの中から申し訳なさそうに顔を出しているサッカーボールが見えた。
「ストライカー」
機体名に入力する。かなり名前負けしている気もするが、名前ぐらい格好つけてもいいだろう。
部隊画面へ戻ってみたが、誰も来ている気配がないため、対戦してみる事にした。画面が切り替わると、現在ログイン中で対戦可能なプレイヤー名と機体名が表示される。スクロールしていくと、気になる名前を見つけた。
ムタ中将 量産型凡用機
自らの機体に、凡用機という名前をつけるところに少しセンスを感じたのだ。そこをタップすると機体の画像が現れた。その機体は謙介のものよりワンランク上ぐらいのパーツで構成されており、それ程差があるようには思えなかった。武装も腕装備のマシンガンと初期装備のブレードしかない。やる気があるのかないのか。しかし、腕試しににはいいかもしれない。
「対戦お願いします」
メッセージと共に申し込んだ。
「よろしく」
意外にも、すぐに返事が来た。同時に画面が一旦フェードアウトし、Cローズと対戦した、あのステージへと切り替わる。カウントダウンが始まり、GOの文字が画面を覆った。
相手の機体は動かない。謙介は、ロングレンジライフルを構えた。しかし、ロックオン出来ない。射程距離内ではあるが、センサーがそれに追いついていないらしい。ストライカーをブースターで素早く前進させると、ロックオン表示が現れた。すかさず狙撃する。画面奥の量産型凡用機が衝撃で少し動いたのがわかった。
画面上部の相手機体のHPカウンターが少し減った事からも、命中したのはわかるが、何故か凡用機はその場を動かないでいる。それがかえって不気味に思えて、その雰囲気を打ち消すべく、謙介は二発目のライフルを打ち込んだ。
動いた。凡用機は右へとブーストダッシュした。視界に捉えてはいるが、その速さにロックオンが間に合わない。謙介も距離を取りつつ対角線上へと移動を始める。今度はストライカーに小刻みな衝撃が走った。凡用機の放ったマシンガンの弾丸を受けたのだ。応戦するべくライフルを構えると、凡用機の姿が見えない。
「どこだ?」
ライフルを構えたまま、ゆっくりとストライカーを旋回させると、左前方に凡用機を捉えた。先程よりも距離を縮めている。焦ってしまった謙介はロックオンする前にライフルを撃ってしまった。
凡用機は悠々と弾丸をかわし、ブーストの砂煙と共にストライカーに迫って来た。ライフルを撃とうとするが、弾が出ない。ライフルはそれなりの威力はあるが、連射出来ない事を謙介は忘れていた。
Cローズの時と同じ戦慄が謙介を包み込んだ。ブレードを構えた凡用機はすでに目の前にいた。
謙介が武装をブレードに切り替えた瞬間、再び凡用機が左方向へとダッシュし、視界からその姿を消した。
ストライカーのブースターを全開にする。後方からマシンガンの音が響く。旋回して弾をよけ、再びライフルを構えた瞬間、衝撃と共に画面にアラートが表示された。
右腕撃破!使用出来ません。
画面の右方向からブレードを構えた凡用機がすぐ目の前に現れた。
画面下のメッセージ欄に、ムタ中将からのメッセージが入った。
「 兵の形は実を避けて虚を撃つ」
謙介はブレードで斬りかかるが、時既に遅し。凡用機のブレードがストライカーの胴を貫いていた。
コア破壊確認。撤退します。
その表示と共に画面が暗くなった。
機体の性能はそれ程差はなかったはずだ。ライフルも命中させた。油断していたのか?いや、油断させられたのだ。機体を見た時点で油断させられていたのかもしれない。機体性能よりもプレイヤーの腕が良かったのだ。考えてみれば、あえてあの機体を使っているところが玄人の証のように思えて来た。
再びムタ中将からメッセージが届いた。
「兵は詭道なり」
短いメッセージだが、ムタ中将そのものなのだろう。
戦争は騙し合い。
ここで孫子の言葉を目にするとは思いもしなかった。
部隊に戻ると、掲示板に隊長のスレンダーからコメントが入っていた。
スレンダー「ようこそ、新人くん」
書き込み時間からそれ程時間は経っていない。すぐに返事を書き込んだ。
ケンくん「初めまして。よろしくお願いします」
スレンダー「まぁ、マッタリやろうぜ」
すぐに書き込みがあった。
スレンダー「今日が部隊戦は初めてになるのか?」
ケンくん「はい」
スレンダー「その装備じゃカモになるだろうな。まぁ、これからこれから」
その書き込みで、謙介は時計に目をやった。もうすぐ21時になる。部隊戦の時間だ。
ミット「間に合った」
Cローズ「ギリギリセーフ♫」
イース「明日は雨になるらしい」
ムーン「来てやった」
スレンダー「ご苦労サマンサタバサ」
次々とメンバーが現れた。
Cローズ「さぁ、今夜の対戦部隊はとごかな?」
ケンくん「どうやって決まるんですか?」
スレンダー「相手を指定して、了承を受けない限り、ランダムに決まるんだ」
ミット「しかも、開戦まで相手部隊はわからないんだな、これが」
Cローズ「先にわかっちゃったら、放置しちゃう部隊もいるだろうしね」
書き込みが続き、部隊掲示板が随分と賑やかになった。今しか聞けないかもしれない。謙介は掲示板に書き込みを始めた。
「Kと言うプレイヤーを……」
そこまで書き込んだところで、画面が急に切り替わった。
「ライム第04小隊VS……」
黒い画面に赤い文字が浮かび上がる。
「イリオス」
その表示と共に黒い画面が青い空と土色の大地に分かれた荒野へと変化して行く。画面下のコメント欄に早速、コメントが流れる。
スレンダー「またお前らか!」
ジェイン「それはこちらのセリフだ」
エリス「氏ね」
ミット「通報しますた」
ファントムスネーク「『すた』って何だよ?」
スレンダー「ツッコミ入れるところは、そこじゃない」
エリス「ボコボコにします」
ムーン「ボコボコなのはお前の性格だろ?」
スレンダー「挑発はダメ。長髪は許す」
そんな会話の最中に、地平線の向こうから、光を放ちながら何かが近づいてくるのが確認出来た。謙介はコメント欄を部隊専用に切り替えた。
ケンくん「何か来ましたよ」
ミット「毎度、お馴染み」
近づいて来る光は、やがてハッキリとその輪郭を、現し始めた。光輝く銀白色の機体。その背後には翼状のものが見える。まるで……。
ケンくん「天使だ」
ミット「よく見ろ、新人くん」
スレンダー「我々は白いカラスと呼んでいる」
ケンくん「カラス? 」
ミット「見た目はいいが……」
スレンダー「戦うと結構ウザイ」
ミット「まさにカラス」
そんな会話の間にも輝く天使は近づいて来ている。ストライカーのライフルは既にロックオン表示が出ている。
ケンくん「どうしますか?」
スレンダー「適当に撃ちまくれ」
そのコメントと共に、ストライカーの左後方から、幾つもの弾丸が、まるでチェーンのように連なって天使へと向けて放たれた。しかし、その弾丸が到達する前に、天使は既にそこにはいない。Cローズと同等か、それ以上の移動速度に思える。
左に視点を移すと、背中から担ぐような形でチェーンガンを連射しながら移動して行く機体が見える。これがスレンダーの機体か。両手にショートマシンガンを装備し、脚部はフロートで宙に浮きながら、滑るように移動している。
正面へと視点を戻すと、天使とは別の機体が姿を現していた。
両手に構えたロングブレードが怪しく光り、白で統一された機体が背面の青に映える。ブーストで接近して来る機体から、白い尾を引きながらミサイルが放たれた。それらのミサイルは更に幾つもの白い筋となって迫って来る。
ミット「多弾丸ミサイル来たよ〜逃げろ〜」
言われなくても逃げるしかない。謙介はブーストを全開にして、右へと退避行動を取った。
ミット「なんてね〜」
ストライカーの視界の右端に、4本足の脚部を大地に突き刺し、その肩から迎撃の為のミサイルを発射している機体が確認出来た。これがミットの機体、デスクローナだ。
ミット「こいつは任せとけ」
全弾が敵のミサイルを捉え、前方が白煙に包まれた。
謙介のストライカーはミットと白い敵との戦闘から距離を置いて停止した。雰囲気に圧倒されて、どうすれば良いかわからない。
画面上に点滅したロックオン表示に慌ててライフルの引き金を引く。
弾道の先から、先程とは別の機体が現れた。
その姿は鎧武者のパーツで揃えられていて、正に戦国武将のそれである。2本のブレードを構えて、真っ直ぐにストライカーへと向かって来る。ライフルの僅かなリロードタイムを稼ぐ為に、横へとブーストダッシュさせたが、鎧武者の動きはそれ以上に速かった。
2本のブレードがストライカーを襲う。しかし、それを受け止めた黄金に輝くストライカーのものではないブレードがあった。
ムーン「珍しいお客さんだな」
鎧武者と対峙する漆黒の機体。
ムーンの操る「禁忌の月」だった。
銃器系の武装は一切装備せず、この黄金のブレードのみで参戦している。玄人中の玄人の機体だ。
激しく弾き合うブレードとブレード
の攻防。とても入り込める戦いではない。ストライカーはその場を離脱し、敵の気配のない場所へと停止した。