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World Keeper On-line~シスコンの脳筋回復職~  作者: 日野ひかる
第一章 閉ざされた世界
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第五話

 町を出て早速、俺達二人は試験会場まで案内された。

 だだっ広い草原のど真ん中、何の変哲も無い平地。


「一体何と戦えって言うんだ?茶髪の兄ちゃん」


 俺が訊くと、苦笑いが返ってきた。


「もう少しで来るさ。それより、俺はスルトって言うんだけど」


 そう言うとスルトは俺達から距離を取ってしまった。

 危ないと思ったら助けに入ると言っていたが、一体何が来るのやら。


「エルー、来た」


 リシィがぼそっと呟き指をさす。空の彼方から、黒い影が飛んで来る。

 おいおいまさか、アレがそうだってんじゃないだろうな。


「マジで!?アレと戦うのかよ……!?」


 急降下してきたのは紛れも無くお伽話や

ファンタジーでいうところのドラゴンそのものであった。

 漆黒の身体には強靭な手脚が揃っており、先端には俺達など豆腐のように引き裂いてしまうだろう巨大な刀剣のような爪が生えている。

 加えて背には四枚の視界を覆うほどの翼があり、備える尾は冗談みたいな太さである。


「エルー、構える!」


 ドス黒い影の中に光り輝く紅き眼光が俺達を捉えた。


「馬鹿!」


「何する、意味不明」


 俺は敵に単身向かって行こうとするリシィを抱きかかえるような格好で止めて、逆方向に走り出した。


「見て分からんのか!勝てっこないだろ」


 はっきり言って、傷一つ付けるビジョンも浮かばない。リシィには悪いが、刺激しないうちに撤退させてもらおう。


「また、逃げる?」


 一瞬、リシィの言葉に歩を止めそうになった。


「お前、何を……」


 リシィは強引に俺の手を離れると、ぶつぶつと何か呟いた。

 詠唱が終わると、ブラックドラゴンの頭上に金色の三角形が現れる。


「ドレッドノートッ!」


 叫ぶようなリシィの声に呼応して、図形から轟音と共に稲妻がドラゴンに降り注いだ。激しい光と何かの焼けるような臭いが俺の五感を刺激してくる。


「す、すげ……」


 その光景に俺は見惚れていた。これならやれるんじゃないかと思った刹那の事。


「ガァアアッ!」


 黒竜の咆哮が晴天を貫いた。

 奴は死んでいなかった。どころか、事前に攻撃を予期して上空へと移動していたらしい。


「離れるぞリシィ!やっぱり無理だ!」


 これで完全に敵として認識されてしまった。あの巨躯で襲われて人が原型を保てるわけがない。

 俺が手を取ろうとすると、リシィはそれを振り払った。


「だったら、一人で、やる」


 そんなやり取りをしているのを、黒竜が黙って待つはずも無かった。

 俺はコンマ数瞬後に目の前から妹の姿が一瞬で消えた事に、数秒経ってからようやく理解が追いついた。


「リシィ!?」


 あれだけの巨体を誇りながら、遠く離れた上空からリシィ一人を狙った正確な攻撃。俺には何が起こっているのか、目で追うので精一杯だった。


「……くっ!」


 リシィはどこからか取り出した身の丈より遥かに大きな長剣で黒竜の爪を防いでいた。ここから見れば体格差はより歴然としていて、あのか細い身体のどこで踏ん張っているのか不思議なくらいだ。


「スルト!こんなの試験なんかじゃない。早く止めてくれ」


 懇願するように叫ぶと、岩陰から震える肩を抱くようにスルトが出てきた。


「違う……あんなの、聞いてないよ」


 考え得る限り最悪の事態だと悟るに充分だった。要するに、あの黒竜を止めないと本当に俺達全員死ぬ事になる。

 こうしている間にもリシィは徐々に押されてきているのに対して、ドラゴンにはまだ強者の余裕があるように見える。

 何か、何か手を考えなくては。


「スルト、お前職業は?」


「俺は……ナイトだけど」


「なら、一瞬で良い、隙を作るぞ。何か良い手はあるか?」


 スルトは自分の顔を両手で叩いた。気合でも入れたのか、目の色がさっきまでと変わった。


「そうだ。何かしなくちゃ、どっちみち終わりだよな。フォートレスシールドっていう、数秒無敵のスキルがある。俺がその間凌げば……」


 しかし、途中まで言って、何かを躊躇うように口ごもる。


「どうした?」


「使った後すぐには反動で動けない。だから……」


 なるほど。それは完全に杞憂だ。


「その後は俺達で何とかする。手は考えてあるから大丈夫だ」


 リシィの攻撃魔法さえ当たれば勝てないまでも生き残る道はある。

 俺が嘘を言っていないことが伝わったのか、スルトは決意を固めたように拳を握った。


「分かった。君に賭ける。あいつを止めよう」


 突如として茶髪のナイトの周りから、黄金の光が現れた。呪文を唱えると、その身体は光に包まれた。


「きゃっ!!」


 声のした方を振り返ると、リシィの小さな身体が宙を舞っていた。打ち上げの一撃は寸でで防いだが、空中では身動きがままならない。


「こっちだ!」


 俺が我を失って駆け出す前に、スルトの一声に反応して、黒竜はターゲットを変更した。前衛職特有の、攻撃対象固定スキル“引き付け”。

 リシィはその間に何とか体勢を立て直して、地に足付いた所で大きく息を荒げていた。


「大丈夫か!?」


「あれ、何。エルー、まだいたの」


 ボロボロになりながらも毒を吐いてくる妹の姿を見て、俺はさっきまでの威勢を完全に失ってしまった。あわよくば三人で協力してあいつを倒そうだとか考えていたが、そんな考え自体が馬鹿だった。

 これ以上リシィに無茶をさせられない。

 最低で残酷だが、スルトが囮になっている間に妹を連れて逃げ出そうと本気で考え始めた頃合いの事。


「エルー、一発入れたら、勝てる?」


 何を聞いてるんだリシィは。


「勝てると思う。さっきと全く同じ威力のが撃てるんなら。避けたって事は当たったらマズイって事だ」


 そして何を冷静に答えているんだ俺は。そんなの何の根拠もない希望的観測に過ぎない。

 だが、リシィは首をコクンと縦に振った。


「エルーの、言う事なら、信用出来る」


 俺はせめてもの足しにと、振らずにとっておいたスキルポイントを知力に全振りし、今も苦しそうな妹に覚えたばかりの回復スキルを必死に唱える。が、その回復量は微々たるものだった。


「ごめん、リシィ。俺が間違ってた……」


 これまで一緒に強くなってきたつもりだったのに、俺は妹に何もしてやれなかった。悔しいだとか無念だとかの色んなマイナスの感情が頭の中を渦巻いてくる。

 ふと、崩れそうな彼女の身体を抱きしめる俺の手に重ねるように、リシィが手を置いた。


「エルー、馬鹿なの、もう知ってる。だったら、とことん、付き合って。私の事、守ってね」


 リシィは力強く立ち上がると、再びドレッドノートの詠唱に入った。

 俺が止める間もなく、戦うというのか。

 だったら最悪心中だが、よく考えたらそれはそれでリシィと一緒なら悪くないなと半分イカレ始めた俺の思考回路をフル回転して、生き残るための活路を探る。


「はぁ……はぁ!」


 スルトの方も限界らしかった。身体に纏っていた光が淡く消えかかっている。


「よくやってくれた。ちょっと借りるぜ」


 スルトを押し飛ばすようにしてドラゴンの視界から外し、その際に彼が装備していた盾を拝借した。屈強な守備で戦線を維持したナイトは、役目を終えたように力無く倒れた。

 近距離攻撃の聖職者スキル、“断罪の十字架(セイントクロス)”。対象に大ダメージと状態:麻痺を一定確率で与えるスキル。アンデットに効果大。

 俺は方向を変えずに真っ直ぐ突っ込んでくるドラゴンに向かって聳え立ち、手に持つ杖に力を込めた。

 覚悟を決めたからか、さっきまで次元の違う動きに見えた黒竜の攻撃の軌道がはっきり見える。これはもしや走馬灯の類ではなかろうかと考える暇なく、俺は黒竜の鼻先に吹き飛ばされた。

 アホか。掠っただけなのに、何だこの威力。

 すかさず追撃に移る竜。その強靭な鉤爪が当たる瞬間、俺は断罪の十字架を発動した。


「っ!?」


 振り下ろした杖は爪に当たっていとも簡単に砕け散った。同レベル帯最高性能だったというのに、まるでひのきの棒である。

 だが、ひのきの棒が命を賭して放った攻撃は、確かに竜の足元に届いていた。

 黒竜は空中で身を痙攣させながら、その場で真下に墜落した。

 落ちる勢いそのままに、俺はスルトに借りた盾を黒竜の鼻先目がけて叩き付けた。前衛職の扱う正式な盾スキルのシールドバッシュであれば、状態:麻痺を誘発するがその効果は当然無いようだった。

 攻撃自体は効いているのかいないのか、奴は身震いするとその場を離脱して宙を舞った。

 まずい、と本能的に思った。ドラゴンはリシィに気付いている。

 全快では無いから詠唱にはまだ時間がかかるだろうし、何より今の妹が狙われれば一溜まりもない。


「リシィ!!」


 俺も黒竜とリシィの斜線上に遮るように入るが、奴は俺の事など意に介していないのか、猛スピードで脇を抜けていく。

 黒竜がその巨大な喉元にリシィを誘わんと口を開けた瞬間の事だった。這うようにして草むらの陰からスルトの長剣が現れ、奴の口内を貫いたのは。

 なりふり構わず二人を押し倒すように飛び込んだ俺のすぐ上を流血した竜の巨体が通り過ぎていく。


「いける、エルー!」


 俺のすぐ下でリシィが言った。


「よし、後は何とか動きを止めて……」


 その時、爆音が平原に響いた。リシィの魔法はまだ発動していないはず。俺が辺りを見回すと、爆音と共に発生した炎熱の衝撃がドラゴンを襲っていた。


「まためちゃくちゃするなぁ……」


 スルトが小さく笑った。なんの事かさっぱりの俺はただただその光景を見守るばかり。


「ちょっと、様子を見に来たら、何ですかスルトさん!聞いてないですよあんなの!」


「それはこっちの台詞だよ、ユーリ」


 どうやら魔法攻撃の主は、突如現れたこの垂れ目でローブのユーリという女の子のようだ。


「ちょっ、お前ら揉めてる場合か」


 それは俺がわざわざ言わなくても二人とも分かっているようで、


「大丈夫。後はうちのリーダーが」


「ドレッドノートッ!」


 ユーリが言う間もなく、轟音と雷撃が黒竜を追撃した。

 この戦いを終わらせるのは自分だと言わんばかりに、リシィは溜め込んだ魔力を解放した。今度こそそれは漆黒の竜を穿つ。


「リーダーァアアアッ!!?」


 何やら不吉な巻き添えを予感したが、とりあえずこれで命の危機は去っただろうと思うと、全身の力が抜け切ってしまった。

 消し炭になっているかもしれない亡骸を確認しようと、俺が前方に目を向けると、遥か上空に向かって飛び去る巨大な黒い影を確認した。俺は目眩さえ覚えた。あれでもまだ倒せないのか。

 しかし、さすがの黒竜も重傷を負ったようで再び襲ってくることはなく、その後ろ姿を見えなくなるまで見送る事になった。

 リシィの無事を確認すると、いつかまたあの竜と対峙する事を予感しながら、俺は微睡みの中に意識を放り込んでいった。

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