第三話
草原を抜けるまで時間にしてほぼ半日くらいだろうか、ほとんど戦いっ放しでレベルもそこそこ上がっていた。片っ端からモンスターを狩っていたので、ドロップアイテムも幾つか手に入り、ゴールド(WKО世界の通貨)も少し貯まっていた。首尾は上々である。
不意に空を見上げるといつの間にか満天の星が美しく瞬いていた。改めてVR技術に感心する。こんな物まで再現出来るのだから、何も知らない状態で、言われなければここを現実だと思ってしまうだろう。俺はその場で大の字で仰向けになった。
思えば、こんな空いっぱいの星を見るのは初めてかもしれない。遮る物は何も無く、吸い込まれそうな夜空に、穏やかな風が吹いている。
まさか、仮想空間でこんなにも自然を感じる事になるとは思いもしなかった。
ふと、現実世界に残してきた唯一の心残り――妹の事を思い出す。
つい二年前まで同じ屋根の下だったのに、もう随分長いこと会ってないような気がする。
どんな顔で、どんな声で、どんな事を言うやつだっけ。
四歳下の妹は小さい頃から(多分今も小さいが)とにかく俺にくっ付いて離れなかった。そのくせ変に無愛想で、たまに何考えてるか分かんなくて、見ていると放っとけなくて。俺が家を出る時も、泣きそうなのを必死に堪えているのがバレバレで、こっちまでウルッときた覚えがある。
「あいつ、元気にしてるかな……」
俺は別にシスコンではないが、妹が俺に会いたがってるってんなら命に代えても今すぐにこの世界を脱出しようとするだろう。そのくらいには愛してる。
「さーて、感傷に浸るのは終わり」
のんびりしてたらいつまた怪物が現れるか分からん。俺は起き上がって再び歩き出す。
草原が終わると、徐々に草木らは無くなり、次に広がるのは砂漠だった。眼前に押し寄せる砂の海。どこかで獣の鳴き声が木霊している。
「レッツゴーうッ!?」
一歩目を踏み出した瞬間だった。突如足元が崩れ、巨大な砂の渦潮が現れたのは。
這うようにして上へ登ろうと必死に藻掻くが、蟻地獄はまとわり付いて着々と俺を穴の中心へと飲み込んでいく。
「おわあぁ!?」
ついに完全に身体が埋まってしまった。為す術も無く落ちて行くと、何重もの砂の地面を突き破って、全く景色の変わった場所へと着陸した。
そこは地底遺跡のような廃墟で、地下にあるため薄暗くて大変不気味である。落下地点から上を見上げると、五メートルくらい上空に仄かに穴が見える。全く、どのくらい落ちたのか想像もつかない。
「ピギャアアア!」
「ギャアアア!?」
驚いて突然背後から現れた影をぶん殴ってしまった。途方に暮れていたところを狙われて、心臓が止まるかと思った。
目を凝らして見ると、影の正体はゾンビだ。差し詰め、廃墟に住み着く亡霊達といったところだろうか。
気が付けば、周囲一体を囲まれている。だが、俺はにやりと笑った。何故なら、
「いらっしゃいませカモの皆様!!」
俺はアンデットハンターだからだ。
なりふり構わず殴った側からゾンビ達は浄化され消えて行く。まさに逆リンチ状態である。
どこから湧いたのか次々と大挙して押し寄せるゾンビの波。これではきりが無いと思って、俺は細い通路を進み脇道に飛び込んだ。後を追って来る奴らもいたが知能は低いようで、簡単に俺を見失い行き場を失くしているらしかった。あれは放っておこう。
ふぅっと呼吸を整えると、俺は先の戦闘でレベルが大分上昇しているのに気付いた。もしかすると、ここの敵の適正レベルはもう少し上だからかもしれない。
敵の方がレベルは上だが、たまたま相性の良さで押し切れたという事だろう。
スキルのポイントはバランスを考えて防御力に注ぎ込んだ。
さて、少し休んだところで通路をさらに奥に進んでいく。
途中、コウモリが骨だけになったようなモンスターや、人の手首型の化物が現れたが全て拳で黙らせた。
「ん?」
突き当たりまで進んだところで、壁いっぱいの巨大な扉に行き当たった。
扉には謎の幾何学模様が刻まれており、どう鑑みてもこれはボス部屋の入口だった。
行くべきか行かざるべきか悩む。
仮に、中にいるのがゲートキーパーだとしよう。それが草原で出会ったゴーレムと同程度の強さを持っているならば、今の俺では到底歯が立たないだろう。
とりあえず、俺は回復の魔法ヒールを唱えた。草原で振った僅かながらの知力ポイントで出しておいた魔法だ。振り分けでケチった代償か、回復量は微々たるものだった。
「うわ!」
俺が入口で足踏みしていると、ゴォオッ!っと、轟音と共に遺跡全体が揺れたようだった。
冗談じゃない。多分、中にいる奴が暴れてるんだろうが、今みたいに何度も揺らされては遺跡ごと生き埋めにされかねない。
俺は意を決して、勢い良く扉を開いた。
「なっ、お前は!」
「……あっ」
向こう側にいたのは、黒髪の少女、とスフィンクス像のような巨大なモンスターだった。
何と絶賛交戦中だったらしい。タイミングの悪い所へ来てしまった。
「お邪魔しまし」
「待つ。あなた、女の子、見捨てる?」
うわぁ面倒臭そうな奴に捕まってしまった。
俺を逃がさないように袖を引っ張る彼女は、暗闇で顔は良く見えないが白い肌に腰までの美しい黒髪が特徴だった。
身体の所々に様々な武装をしており、剣、槍、斧、狙撃銃と、これら全てを使いこなす程の実力者だという事が分かるように、戦闘も有利に立ち回っているようだった。スフィンクスのモンスターはもう一押しという所まで追い詰められていた。
「分かった。乗りかかった船だし手伝うよ」
何だか美味しいとこ取りでズルしたみたいだけど。
「リシィ」
「俺はエルド」
「エルド、感謝。……避ける!」
「おわっと!」
身体全体を使ったスフィンクスの突進を身を捻って躱す。ブレーキが効かずに奴が壁に突っ込んだもんだから天井が崩れないかと気が気じゃない。
「しぶとい」
リシィがどこから取り出したのか、ロケットランチャーを構えた。
「止せ!そんなもんここで使ったら」
遅かった。俺が言うや否や、彼女は咆哮すると、即座に引き金を引いた。
大口径のミサイルが敵に向かって行く様はスローモーションになって俺の目に映っていた。
直撃と同時に、爆音と衝撃が拡散した。俺は気付くとリシィの方へと駆けていた。
「くっそ、無茶しやがって」
天井から崩れて落ちてきた瓦礫がリシィを襲う。いくらなんでも、あんなの食らったら――
「リシィ!」
「ちょ、お兄ちゃん!?」
次の瞬間、ドゴォオッ!と、後ろで瓦礫が割れる音が響いた。
「……大丈夫か?」
「大丈夫、だから……その」
気付くと、俺はリシィの上に覆い被さるようにして、抱き着いてしまっていた。咄嗟の事だったので、飛び込んだ結果こうなってしまった。
「す、すまん」
「エルド、いきなり、驚く」
リシィは淡々と言うが、口はへの字に曲がっているので少し怒っているらしかった。顔を背けてしまう。
「いやぁ悪かったよ。でもお前も無茶しすぎだ」
「ひゃう!」
ヤバッ。つい妹を叱るときの癖で、脇腹にチョップを入れてしまった。これではセクハラ行為に及んだと見られ、斬られても文句は言えない。
あれ?しかし今の反応は……。
崩れた天井から月の光が差し込んで、彼女の尊顔が顕になる。
「なっ、お前……」
俺はこの顔を良く知っている。つーか、こいつは……。
「サユ……!?」
「今はリシィ。ケイ……じゃなくて、エルー」
紛れも無く妹だった。二年ぶりとはいえ、今まで気付かなかったとは。
「どうしてこんなとこに……つーか、久しぶり」
「ずっと、待った。エルーに、会えるの」
俺達兄妹の再会は皮肉にも、ゲームの中でだった。