第二話
『これより、“World Keeper On-line”について、説明させていただきます』
ログインして間もなく、景色に浸っている俺の脳内に女の声が聞こえてきた。
『初めに言っておきます。このゲームにログアウトは存在しません。貴方様はこの世界に繋ぎ止められたプレイヤーです』
「マジかよ……」
『そう落ち込まな』
「よっしゃあ!」
俺は拳を天高く掲げてガッツポーズした。
これでVRの世界に合法的に引きこもれるぜ!心残りが無いわけではないが、あんなクソみたいな現実世界とは前々からおさらばしたかったのだ。
『……変な人ですね』
「どうぞ、続けて」
『コホン。この世界にプレイヤーを縛る鎖を断ち切る方法は二つあります。一つは、世界に七体存在する鍵の守り手を全て倒すこと。基本的にプレイヤーの皆様はこれを目指して下さい』
「はぁ?ふざけんな!」
そうはさせるか。だったら俺がゲートキーパーとやらを守ってやる。エンジョイ現実逃避である。
『そしてもう一つは、ゲーム内で死ぬ事です』
淡々と話す女の声を聞いて一瞬、背中を悪寒のようなものが走った。まるで冗談に聞こえない。
「死んだらどうなるんだ?」
『死人に口無し。そんなのは死ななければ気にしなくても良い事です。幸い、貴方様はビショップという回復職にあたり、他職より生存能力は高いと言えます』
回復職、だと……。何勝手に決めつけてやがる。この変なローブはそのせいか。俺はどうせやるなら分かりやすい戦士タイプが良かったのに。
『ビショップは様々な回復魔法に優れる反面、物理攻撃力、防御力が低いというデメリットがありますので、近接職の方とパーティを組む事をお勧めします。護衛がいればその力を遺憾無く発揮出来るでしょう』
何を言ってんだこいつ。人生ソロプレイが抱負の俺が他人とパーティなぞ組めるか。全くどうして、俺が他力本願前提で話を進めるのか。
簡単な事だ。だったら一人で生き残れる力を付ければ良いだけの話じゃないか。
『他にも、スキル値など色々ありますが、詳しくはアイテムボックスにお配りしたマニュアルをお読み下さい。大雑把になりますが、これで説明を終えます。何か質問は?』
「一つだけ。何のためにこんな事を?」
女の返事は少しの間を置いて、
『手紙にあった通り、これはテストです。面白いデータが取れる事を期待していますよ』
「多分、俺のデータが一番つまらないよ」
まぁ理由なんてのは正直どうでもいいんだが。せっかく現実から隔絶された空間に来たのだ。俺は俺のやりたいように仮想ライフを充実させてみせるぜ。
『そうそう。始めはここから東の町を目指すと良いでしょう。そこに続々と他のプレイヤーの方も集まっています。では、健闘を、エルド様』
「分かった」
と俺は返事して西に向かって歩き出した。そんな場所に行くなんて冗談じゃないっての。
☆ ☆ ☆
とりあえず、俺は歩きながら一通りマニュアルを読破した。説明だけでは分かりにくい所は後々考えるとして、最初にスキルポイントの割り振りが出来るらしいという事が分かった。
これはどんなゲームにも良くある、個々のステータスを自由に伸ばせるポイント制のシステムで、WKО(World Keeper On-lineの略)ではプレイヤーは体力、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、知力、運の7つから振る事ができる。ポイントの初期値は10ポイントだが、これは敵を倒してレベルを上げたり、特定の条件を満たす事で追加されていくらしい。
さらにこれは単に能力の増強だけでなく、特定のステータスに振ったポイントが一定値を迎えると、ポイントに応じてスキルが開放されるらしい。例えば知力に3ポイント振ることで、|“癒し”の魔法が使えるようになる。さらに知力に2ポイント追加すると、“最大МP(魔法を使う度に消費するポイント)3%増加”という常時発動型の自動スキルを獲得できる。
ここが悩ましい所で、強いスキル程たくさんのポイントを必要とする傾向があるらしい。
うーん、知力に振るとМPが増加するのか。魔法攻撃力はソーサラーでもないから必要無いし……。
俺は悩んだ末、攻撃力に全振りした。
「おぉ……」
身体中から力が湧いてくるようだ。拳が敵を欲しているのを感じる。
俺はどんなスキルが開放されたのか気になって、ステータス確認画面を開いた。
追加スキル。『断罪の鉄拳:聖なる拳で殴る。アンデット系に大ダメージ』『断罪の錫杖:聖なる力を帯びた杖で殴る。アンデット系に大ダメージ。発動条件……杖の装備』
これは見事に馬鹿の一つ覚えのように攻撃系スキルばかりだ。最高だ。しかもビショップの特徴が反映されているのか、アンデット系に強いらしい。
画面を下にスクロールしていくと、さらにもう一つスキルが現れているのに気付いた。
『【自動】背反者:攻撃力、防御力のステータスに応じて回復系魔法にマイナス補正がかかる』
一瞬、キレそうになった。こんな使えないスキルいらねーよと。
だが俺はこの時まだ気付いていなかった。一見使えないゴミスキルだが、見方によってはこれが最強のチートスキルに変貌するという事に。
【States】
NAME:ELEDE
CLASS:BISHOP
LEVEL:1
HP:30
ATK:18
DEF:8
MATK:10
MDEF:10
INT:10
LUK:5
備考……駆け出し脳筋。
☆ ☆ ☆
ステータスを振り終え、落ち着いた所で今度は装備を見て見ることにする。現在身に付けているのは初期装備の『お古のローブ』に『ヒノキの杖』だ。
装備品はそれぞれの能力値を底上げしてくれると同時に、装備する事がスキルの発動条件だったりする。例えば、騎士の剣技スキル『回転斬り』には“長剣”の装備が必須、というように。まぁ当たり前の事だが。
装備可能箇所は頭、両腕、胴、腰、足、指の最大7カ所で、当然全て装備した方が強くなるが始めたばかりの俺にそんな装備は無い。
それにしても初期とはいえたった二箇所は酷い。丸腰同然ではないか。
ここは弄りようが無いのでこのままにする。後々の成果に期待しよう。
「グルル……」
草原を歩いていると、丁度良い所にモンスターが現れた。
敵のステータスが視界に表示される。オオカミ型のモンスター、ソロウルフというらしい。灰色の体毛にギザギザの犬歯といい、何となくカッコイイのだが。初戦の相手はこいつで決まりだ。
「おっと」
俺は難なくソロウルフの突進を避けると、横腹に杖による一撃を叩き込んだ。ボキッと音を立てて杖は折れた。
「馬鹿なッ……!!」
別のゲームで誰かが言っていたが、杖は打撃武器では無いという話は本当だったのか。
俺は杖を投げ捨てると、素手でオオカミに立ち向かう。
喉元を狙った噛み付きを寸でのところでやり過ごすと、正義の鉄拳を顎に食らわせてやった。
手応えあり。ソロウルフが気絶したのを確認すると、空中に派手なレベルアップの文字が現れた。
レベルが上がるとスキルポイントを獲得すると同時に、ステータスも僅かながら全体的に上がっていくようだ。もちろんポイントは攻撃力に振った。
「楽勝過ぎるな」
最早このゲームを攻略した気になっている時の事だった。
突然、気配も無く俺の目の前を巨大な物体が通り過ぎたのは。
それは分かりやすく言えばゴーレムだった。ゴツゴツとした岩肌の筋骨隆々な上半身があり、下半身には様々な砲台と浮上装置のような物が付いていた。重厚な身体で意思もなく空中を彷徨い、草原にどデカい影を落としている。
俺は腰を抜かして声も出なかった。本能的に直感した。これが世界に七体存在するゲートキーパーの一体だと。
ステータスに鍵の紋章と一緒に、“UNKNOWN”と表示される。格が違い過ぎて正体すら分からない。こんなの、どうやって戦えと言うのだ。
幸い、向こうから攻撃を仕掛けてくる様子は無さそうで、途方に暮れてその背を見送っていると、やがて空間の裂け目の中へと飲まれて消えていった。
あんなのが音も無くいきなり現れては心臓に悪過ぎる。我ながら良く失神しなかったと思う。
眠気覚ましでも食らった気分だった。この世界で死の恐怖に晒されず、好き勝手するには余りにも力が足りな過ぎる。
俺はさらなる敵を求めて、草原を西へ西へと進んだ。