3 全ての終わり
ここから鬱展開となります。
そうして再び年月が流れた。王子と姫が結婚し、姫の国へ姿を消した頃。私のいた場所を巨大な地震と津波が襲った。
そこからだった……私の心が少しずつ壊れ始めたのは。
大地は激しく震え人々は逃げ惑う。威厳を保つ為に創られた赤レンガの壁や門にはヒビが入り、崩落。巨大な瓦礫となって人々を非情にも押し潰した。私もまた、土台であった噴水が振動と自分の重みに耐えきれずに壊れ、地面に転がり落ちることとなった。
だが……それだけで被害は収まることはなかった。何処か遠くから、地鳴りのように押し寄せる水の音が聞こえてきたからだ。私は直感で思った。ここにいては不味いのだと。人々は逃げなくてはいけないと。
直後、街の方から不気味な藍に染まった巨大な水の壁がこちらに押し寄せてくるのが片眼で見えた。同時に建物が紙切れのようにことごとく形が壊れ、瓦礫となって流されてくる様を。自分に向かって走ってくる逃げ遅れた人々を、容赦なく呑み込みながら……。
早く逃げて……!!
私は動けない中で人々に叫ぶ。しかしそんな声など金の竜像である自分は出せない。あくまでこの状況でも静観するしかないのだ。
そして遂に津波は王の城へと魔の手を伸ばしてきた。門は跡形もなく破壊され、整然とした木々を薙ぎ倒し、美しい花々を茶色い濁流に沈めながら。全ては破滅へと運命はひた走った。
自分の中に納めていた記憶の景色が崩されていく!!人々の幸せが……楽しかった思い出が……私の生まれた街が……!!
そして私もまた、津波の中へ例外なく飲み込まれた。津波の中は何も見えなかった。分かったのは、水がとても濁り冷たかったこと、自分に様々なものがぶつかってきたこと。煉瓦のような硬いもの、木のようなやや柔らかいもの、そして……恐ろしい程に柔らかい布に包まれた何か。私は怖くなって自分の中へと閉じ籠り、必死にこの感覚に耐え続けた。
しばらくして嫌な感覚は消えた。だが水の冷たさは身体全体で感じ続けている。また視界はひたすらに濁った、水の中のまま。とても静かで……夜以上に暗い。ここは……?
しかし、誰も答えてはくれない。それどころか自分の近くに誰もいない。水に沈んだ感覚もいくら待っても消えない。ずっと暗い闇の中で独り。
なんで……どうして……!!
私は生まれて初めて、誰もいない孤独という恐怖に襲われた。もう私を見てくれる人間はいない、飛ぶことに疲れた小鳥が背中に止まり、さえずることもない。
また、絶望はそれだけでは終わらなかった。夜が明けたのか、水の中が明るくなると自分が今何処にいるのかを……知ってしまう。
明るくなり、私の眼へ最初に映ったのは破壊の限りを尽くされ、海の中に沈んだ私の街だった。いつの間にか自分は街と一緒に海に沈んでしまったのだ。その光景は……悲惨なものだった。
なんとか原型を保った門の土台、折り重なるように倒れひしゃげた鋼鉄の門、壁となっていた煉瓦の欠片、砕けた石の石像。それだけではない。流されてきた庶民の生活道具まであった。割れたガラスの欠片、鈍い光を放つ両手剣、料理鍋、枠だけのランプ。
そして……私の前には、芸術で使うハンマーを持ちながら絶命し、瓦礫に埋もれうつ伏せに身体を泥の中に沈めた一人の人間の遺体があった。しかも、その首元からは僅かに……六芒星の首飾りを掛けた遺体が。
それは……自分を創ってくれた彼だった。彼もまた、自分と同様に津波から逃げることが出来ずに呑み込まれた犠牲者となっていたのだ。最後まで芸術の魂を手放すことなく……私の前で……。
私は悲しみに耐えられず、暗い海の中で泣いた。しかし本当に涙が出る訳ではない。その代わりに胸が苦しくなり、自分というものが壊れそうになっていった。
せめて……彼だけは無事でいて欲しかった。自分が記憶の彼方へ消えたとしても……。だが……死んでしまった。私の前で……!!
終わった時は戻せない。変えたくても変えられない。私はただの……金の竜像だから。本物の竜のように飛べたのなら……救えた筈なのに……。
私の綺麗だった身体は苔に覆われ始め、最早往時の輝きを失っていく。それは同時にこの街の……終焉を明確に示していた。
悲しみに暮れる間にも年月は容赦なく過ぎ、海底に沈んだ遺跡の一部が泥沼の中へ消えていく。彼の遺体もまた、肉体を無くし白い骨となって終いには姿が見えなくなった。私とて、それは例外ではない。
愛する街を失い、生みの親を失い……太陽の光を失った私は、もう明るい陽を見ることはないだろうと悟った。ここは暗い海の中。誰も自分の存在に気付くことはないだろう。
私はこのまま消えていきたかった。全てを失った今、自分が存在する理由などないから……。だが身体はそれに反して……苔に覆われていても錆びることなく、壊れることもなかった。
な……んで……?
私は困惑し、また恐怖した。だがすぐに思い出す。かつて人々が自分にしたことを。それを自覚した自分は更に苦悩してしまう。
王の庭に始めて置かれた際に、私へに掛けた守護の呪文がまだ効果を発揮し続けていたのだ。永久に錆びることなく、壊されることもない最強の守護呪文が。つまりそれは自分は永久に死ぬことが出来ず、海底深くの暗闇の中にずっと閉じ込められることを意味していた。
人々が希望の為に掛けられた魔法が今、絶望へと姿を変え私を襲い、苦しめる。永久という言葉がもたらす危険。それを私は“最後に”知った。
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