2 王宮の玄関
今回は極端に短めです。ご了承下さい。
こうして生まれた工房に別れを告げた後、街中を通り過ぎながら私は一際目を引く巨大な門をくぐり、王の城の中へと運び込まれた。
因みにその途中、街では王が気に入った作品ということを聞き付けた人々が私を一目見ようと集まり、様々な声を上げていた。称賛や批判……反応は人によって違うことに私は驚いてしまう。でも、これが本当の外の世界なのだということを知った。
行き交う人間の姿。綺麗な服に身を包み笑顔を浮かべる者も居れば、破れそうな布一枚を着ながらどんよりとした顔をする者もいる。喜び、悲しみ、怒り、無感情……。僅かの間だけ彼を見ていた感情の全てが、ここへ同時に集結しているように見えた。
そして私は、王専属の技師によって城の前にある噴水の上に飾られることが決定される。自分の重さは相当なものだったが、彼らは持ち前の技術と力を込めて水の流れ出す噴射口の上に置いてくれた。そうしてその場所に金具で固定され、王家の玄関を飾る像と化した私は第二の人生を歩むことになった。
先ずは上流階級の人々を集めた御披露目会だった。最初は暗幕で姿を隠されてやや不安にもなったが、それを払われて私を見た彼らが驚きの表情を見たときには、誇らしげに思った。それほどに自分の姿は美しいものだと、また私を創った彼がどれだけ優れていたのかを。
御披露目会が終わった後、私は王によって呼び出された魔法使いによって魔法を掛けられることになる。その魔法とは永久に錆びることなく壊されることもない、最強の守護呪文だった。魔法は瞬く間に自分の身体を包み込み、青い魔法陣が中へと深く浸透していく。王は自分をそれほどまでに気に入ってくれたらしかった。
それからというものの、私は王家の玄関先を飾る黄金の竜として……工房にいたときよりも遥かに長い期間、やってくる人間と市民の住む街を湧き上がる噴水の上から見守り続けた。
その間に私は様々なものを見た。私の前に整列し、後ろの城に向かって敬礼する衛士。私と庭の手入れをしてくれる庭師、魔法の練習をする見習い魔法使い、遥か遠くからやってきた見たことのない異国の王。他にも夜に紛れて盗みを働く泥棒、王に税金を納める役人など様々な人々を見て、その言葉を密かに聞いた。
中でも眺めていて楽しかったのは、あるときに起こった王位を次ぐ王子と異国の姫との恋だった。なんとこの二人は、ご丁寧に私のいる前を待ち合わせ場所にして、訪問の度にここで会話を交わしていくのだ。
彼らは知らないけれど、私は話の内容を全て聞いていた。正式に私の前で結婚式を挙げるまで。またその内容が今でも顔が赤くなるような熱い愛の籠った会話であることも……私は知っていた。
ここからは……その詳細をお話しようと思います。
彼らの関係は些細な会話から始まった。だがそれは、よく見かける他人同士の付き合いでしかなかった。しかし話が合うことをお互いが気付き始めると、徐々にだが訪問以外で会う機会を増やしていった。自分の国の話、互いの趣味、価値観……など何の変鉄もない話題。でも二人は懸命にお互いのことを知ろうと奮闘していることが、観ている私でも理解出来た。
そのうち関係は親密になっていき、私の前での会話のみならず二人が馬に跨がり、城の外へ出掛けていくことが増える。像としての私はただ、その姿を後ろから見送るだけの存在だったものの、帰ってきたときの幸せそうな彼らの笑顔だけでどれだけ仲が深まったのかは、一目瞭然であった。
そうして互いの距離が近付いたある日の夜。二人は月光の中に佇む私の前で、再び会っていた。だが今日の雰囲気はいつもの楽しいものではなく、緊張感を孕んだもの。どうしてだろうかと自分は不審に思った。
すると王子の方から言葉が発せられる。それはなんとプロポーズ宣言であった。これには私も、された姫の方も顔を真っ赤にして王子を見つめた。無論、宣言した王子も真っ赤である。だが彼の想いは本気そのものだった。
やがて姫の方から返事が出された。私はどうなるのか緊張しつつも様子を見守る。王子も不安なのか瞳をぎゅっと閉じて発せられる言葉を待つ。
答えはイエスだった。そして両者はお互いの想いを確かめられたことに満足すると、距離を縮める。私は初め、一体何をするのか分からなかった。だが直後にその行動の意図を知る。
それはキス。相手の愛を認めた者同士だけが出来る熱い関係の証。私はその光景を目の前で見せつけられ、一人で勝手に彼らの熱に悶絶した。像なので倒れることがなかったのが救いである。でも胸の内では良かったという安心感が広がった。
プロポーズをした数日のうちに彼らは結婚をし、またも私の前で式を挙げた。ウェデイングドレスを来た王女の姿は見違える程に美しく、また隣に立つ王子の姿も堂々していて、思わず笑顔が溢れてしまう。
式では再びあのキスを目にすることが出来た。夜に見たものとは違い、今度は周りの人々に見せるはっきりとした愛。私は静かにその光景を見守り続けた。
城に立つ黄金竜の像として。銀白色の瞳から、ずっと……。
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