1 とある芸術家の工房
この物語は不可解な要素を含んでいます。また短い回想物です。
最後に:既に完結済みなのでエタりません。
*空間~とは異世界の名称のこと。
座標:空間リューバレン
空間暦(完結時):(上12桁省略)81年 末期
場所:元シヴェルトハーゲン海跡
私は竜。でも厳密には竜ではない。何故なら私は、人間によって創られた偽物の竜だから……。
私はある若者の工房で生まれた。大地の底から採掘された、銀という硬い金属を溶かし“私”の原形に流し込まれ……それが固まって創られたのだ。
生まれたばかりの私の姿を見たとき、創ってくれた彼は自分の美しい容姿に見とれ心の底から喜んでくれた。どうやら“私”が、初めて上手く完成することが出来た作品だったらしい。
そして初めて、私は創ってくれた彼の姿を見下ろすことが出来た。何故なら、自分は彼よりも身体が大きく創られたから。蛇のように長く銀色の鱗に覆われた身体。扇のように広げられた白銀の翼、背中から反るように生えた棘、頭から伸びる二本の角……。それは彼の想像する竜の姿だった。
私は色差しされていない眼で産みの親を見た。彼の姿は茶色くなったボロボロの衣服を纏い、努力の痕を残していた。だが、その瞳は強く輝き自分を射止めている。私はこのとき、彼のことを忘れまいとその姿を胸の奥にしまった。首に掛けた六芒星の首飾りを目印に。
その後、彼は私の身体に色を差してくれた。このままではいけなかったのだろうか、と私は思わず心の中で思う。でも産みの親だから……という理由でそのまま様子を見守った。
彼の色差しはとても丁寧だった。私自身がまるで、本物の生き物のように生まれ変わっていくのだから。工房に置かれた鏡を通してしか見ることは出来ても、その変貌に私は驚きを隠せなかった。
そうして私は銀の竜から黄金色に輝く金の竜に姿を変えた。そして……彼の作品のシンボルとして工房の中央に置かれることとなった。埃が舞う、端から見れば薄汚れたような暗い工房だったが、私は構わなかった。寧ろ嬉しささえある。これからも、自分を創ってくれた彼を間近で見守ることが出来るから。それに……物を言うことの出来ない像に、拒否権はない。
それから私は数年間もの間、銀白色に塗られた瞳から彼の工房を見守った。芸術家として作品を創る彼の様子を観るのは、とても楽しい日々だった。成功して喜び飛び上がる光景を見るときもあれば、失敗して形にもなっていないものを机に置いたまま、悲しみに暮れるときも見た。その度に彼は私を見て元気を取り戻し、明日への活力を得ていた。私という存在が、彼の心を支えているように……。
また彼は毎日、私の手入れを忘れずにしてくれた。鱗の上についた埃や土を取ってくれたり、雑巾で綺麗に身体を拭いたり。とにかくマメにやってくれる。それは私の体験した一日の中では、一番好きなひとときだった。
だが……そんな幸せな日々はずっと続くことはなかった。彼は創った作品が売れずに生活が困窮していたのだ。日が過ぎる度に彼の食事の量は減っていき、身体は痩せていく。そして毎日を生きることすら、難しい状況に立たされることとなった。だが何もすることの出来ない私は、ただ弱っていく彼の様子を見ていることしか出来なかった。それが……私にとってとても辛い現実だった。
そんなあるときに、彼の工房にある人物が現れた。その人物はなんと、国を治める王本人であった。彼とは比べ物にならない程に豪華できらびやかな服装に身を包んだ姿は、まるで違う世界を見ているように思える。数人の取り巻きを従えていたものの、王は自ら私の産みの親の前に立ち、何か話していた。
すると彼の顔が驚愕に染まった。その内容は思いもよらない申し出だったのだ。だが嬉しさが沸き上がる反面、悲しさも混ざる苦渋の決断を彼に強いていた。
それは“私”を譲って欲しいというものだったのだから。王曰く、城の噴水に飾る像を探していたらしい。そこで従者を引き連れて自分の領地に住む芸術家を回っていたところ、“私”に目が留まったという。
しかも譲るのはタダではなかった。その王は彼の生活を考慮し、豪邸を建てられる程の大金を払うとまで約束してくれた。そこまでに“私”という作品を欲しがったのだ。
だが、彼はそれでも悩んだ。“私”は彼にとっての幸福の象徴であり、最も手放すことを拒む宝物のような存在だった。だが王の頼みを断ることも出来ず、生活が苦しい今はそうするしか他になかった。
そして彼は……涙ながらに私を売り払うことを決断した。私も辛かったが、彼の役に立てる唯一の恩返しが出来る。そう強く認識して、離れることを拒む自分を納得させ気持ちにけじめをつけた。
別れる最後の夜。そのときのことは今でも覚えている。工房で最後の手入れをするときの最中に彼は、生きてもいない私の眼を見詰めながらこう言った。
「辛くなったら、私の所へ帰ってきていいからな。いつでもお前を歓迎する」
恐らくは冗談だろう。でも彼と離ればなれになってしまうのを何よりも辛いと感じた私は、胸を熱くしその言葉を忘れなかった。このときだろうか、自分の中にある感情が芽生え始めたのは。
次の日の朝。私は王の荷車に乗せられ、生まれて初めて工房の外に出た。今までは屋根の隙間からでしか望むことの出来なかった景色が一気に露になる。私は外の世界を、また竜が本来飛んでいるであろう空というものを見て……知った。
空はここまで青く美しいものだと。そして流れる雲の先はどこまでも高く果てがないことを……。
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