寒さと貧困との戦い4
寒さと貧困との戦い4
里山の家庭では、精肉類は高価で頻繁に買う事ができないのです。現実に、肉体労働の多い人たちは動物性タンパク質の摂取に駆られて、家で飼っている卵の産まなくなったヒネ鶏や飼いウサギをつぶして食べるのです。家畜も飼えない貧しい家庭で肉が手に入らない家族は、安価で買える魚肉ソーセージを肉の代用に使って、カレー粉とメリケン粉を直接水に溶かし込み、野菜と一緒に煮込んだ「ダイスカレー」のスパイシーな未知の味覚を強烈な印象を持って食べるのです。
炊事場の冷たい床の一枚板を外すと、その下には冬中食べる越冬野菜が適度な温度と湿度で新鮮さを保ち貯蔵されているのです。野菜は一冬越すには十分足りるのですが、栄養のバランスを考えると、如何しても動物性タンパク質が不足するのです。栄養の不足で抵抗力の無くした体は病気にかかりやすい体質になり、さまざまの重篤な病気にかかってしまうのです。
石の流し台の脇にある手押し水揚げポンプの出水管を百八十度回すと、風呂桶「セイロケ」につながる半丸流水管「トヨ」に切り替わり、井戸水が直接風呂桶に流れ込むように出来ているのです。月に何度かしか沸かさない風呂桶の水は、汚れるまで何日も使ってから水をくみかえるのです。風呂桶にいっぱいまでくみ上げるには、同じ動作を繰り返す根気と体力を必要とする子供のつらい仕事なのです。
炊事場の反対、東側に位置する縁側「デンジモト」の外側は、一枚板を横に何枚も積み上げている雪囲いの板の隙間から内側の障子戸に細雪が風にあおられて入り込み、サラッサラッと障子に突き刺さるような音を聞きながら里山の静かな夜は更けて行くのです。
寝るときは、囲炉裏でマキを一日中燃やし続けてできたオキ火を、寝室「ネマ」の堀こたつの灰の中に入れて眠るのですが、足元は温かくても体は寒く、翌朝に目が覚めると自分のはいた息が霜となって布団の縁に凍りついているのです。建付けの悪い隙間から入り込んだ雪がゴザの上に薄く被っていて夜中の寒さが計り知れるのです。
そんな厳しい冬の寒さと栄養失調が多くの病人を出すのです。風邪程度の軽症は家に蓄え置く、富山の配置薬と民間療法で用が足りるのですが、寝込んでしまい生死にかかわる足腰の立たない重病者は、病院の在る町までソリに乗せ何人かの大人が引っ張って運ぶのです。途中で雪の深さに難渋している間に手遅れとなり亡くなってしまう事もしばしばあるのです。
いずれにしても、厳しい冬の寒さの中では、病気や事故で亡くなる里人が多く出るのです。何メーターも積もった雪の中での葬儀は大変なのです。火葬場「ヤキバ」は集落から離れた露天なので積もった雪を掘り下げる作業から、寒さの中での家の片付けを済ませ、家庭でお通夜と葬儀の騒ぎをするのです。
昔から、この里山の風習と宗教から人の死は霊魂が肉体から離れる事だから霊の抜けた肉体に猫やキツネなど動物の霊が入り込んで動き出すことがあると言われており、これを防ぐために遺体の上には必ず鎌やナタを置くのです。
火葬する場所は、里山の村はずれにある野天の火葬場で行うのですが、ダビに必要な多量のワラ、豆柄、マキを集落中の人たちの協力で集めなければならないのです。遺体を入れるヒツギは、今の寝棺とは違い、遺体の膝を折ってあぐらで座った形で入れる立かんに納められて葬儀の終わったヒツギは、近所の人たちに担がれて足場の良くないデコボコした雪道を行列になって、鐘を鳴らしながら露天の火葬場まで運ばれていくのです。火葬場では、積上げたマキの上に静かにかんおけが置かれて回りにワラ、豆殻で覆い、野さらしの火葬場でダビにふされるのです。