雪降りの峠、春遠からじ 1
冬の半ばが過ぎて冷え込みの一番の厳しい一月下旬ころに最低気温を記録すると、雪の結晶が小さな水分の少ない乾燥した雪になるのです。風のない日はシンシンとおとなしく雪の原に降り積もるのですが、この雪は軽いために風にほんろうされやすく雪の原でいったん地ふぶくと、まるで煮え立つお湯から立ち登る湯気が舞上りはい回るように暴れまわるのです。そのあげくに建付けの悪い家の壁や戸の隙間から入り込み部屋を冷え冷えとさせるのです。最後は物陰やくぼ地に吹きだまりを作って落ち着く厄介な雪なのです。
雪の結晶もその日によって違うのです。気温が下がって冷え込むうす曇りの時に降る雪は、極細い針の先を折ったような結晶なのです。うすい雲に透けて見える青い空から、サラサラと雪の原に突き刺さるように降り注ぎながらうす日に照らされてキラキラと細く切れた虹色の光の線が落ちてくる幻想的な光景なのです。そんな日の夜は冷たく射す青い月の光に反射して小さな結晶の一つ一つがチカチカと光輝いて雪の原に白金の粉をまき散らしたようなのです。
美しい冬の里山なのですが、厳しい生活を余儀なくされる人々は決して冬に逆らわず生きる知恵を身につけてきたのです。大人たちが早朝の日課として子供を毎朝通学させるためにやらなければならない作業があるのです。冬の始まりから雪の降り止むまで、毎日のように雪で埋もれる街道の受け持ち場所までカンジキで雪を踏み固める道つけをするのです。その他に家庭で起こる緊急に備えるためと、隣近所同士がうまく付き合えるように各戸の入口まで腰までうまりながらの道つけを黙々と行うのです。
降る雪はかやぶき屋根にも容赦なく降り積もるのです。積もる雪の重さでかやぶき屋根をいためないようにと、家中の引戸が開けづらくなると慌てて屋根の雪下ろしを行うのです。かやぶき屋根は急斜面なので人が雪と一緒に滑り落ちないように気温の低い日を選んで作業を行うのです。まずははしごで屋根の一番の高い所「グシ」に登り、足元から雪崩ないように必ず三十センチほど残して順序に円を描くように掘り進むのです。一冬になん回か雪を下ろすと、落した雪で家全体がうまってしまうのです。屋根の雪下ろしが終わると家の周りの雪を掘り上げる作業に変わり、体力の消耗が著しい過酷な労働となるのです。
屋根から下ろした雪は街道にも積み上げられ、大型バスの屋根以上に高く踏み固められた雪の街道になるのです。二階の窓を板で囲った隙間から見ると、街道を歩く人の長靴が目の高さに見えるのです。しかも、頭上のわずかの所に電線がはしっていて非常に危険な状態なのです。そんな、馬の背のような街道の坂道では無邪気な子供達が、竹を半分に割って先端を火であぶり雪に刺さらないように先の方を曲げた竹スキーをワラ縄で長靴に縛りつけて滑るのです。他にも木製のミカン箱やリンゴ箱の底に竹スキーを打ち付けただけの箱ソリに乗ってなん度もひっくり返りながら遊ぶのです。
もちろん、街道には排雪する除雪車がなく車が通れるような状況ではないのです。用事があって近隣市町村に行く唯一の交通手段は鉄道だけなのです。それも大雪になると人力で行う線路上の除雪が間に合わなかったり、蒸気機関車が雪を抱き込んで脱線したりでなん日も列車が止まってしまうのです。近くの町まで会社に通うわずかな人たちの足止めになり、新聞 郵便物 食料品 なども運送できなくなってしまい回復するまでの数日間は陸の孤島になるのです。