里山の家に暴走する炎
里山の家に暴走する炎
里山の家屋は、ワラ、カヤ、杉皮、木、紙、土などの非常に燃えやすい建材で建てられているのです。家のなかを暖めて煮炊きをする囲炉裏には直接炎が燃え上がるマキを燃やして、夜には燃え残ったオキ火をこたつの灰の中に入れて布団が被されているのですから火災が多く起きない訳がないのです。
そのうえ曲りくねった街道筋に家屋と家屋の間隔がなくて、雨だれも隣家の土地に落ちるほど軒を並べて建っているのです。また、里山の早春は台風並みの南風が吹き、いったん火災が起きると何軒も類焼する大火になるのです。気の毒に焼け出された人々は、家族と別れ別れになって親戚や縁者を頼よって生活の世話になるのです。
悲惨で気の毒な火災は雪の深い時期の冬なのです。二~三メーターの積雪があって家屋の二階部分までが雪に埋まる家のなかでは火がでたのに気付くのが遅れてしまうのです。逃げだす場所が一ヵ所の玄関までにたどりつけず煙と炎の犠牲になってしまうのです。もちろん、消防自動車に防火用水や消火栓などはまったくないのです。近くに川があっても流れる水は雪に埋まっていて、火の回りが大きくなると手の施しのしようがないのです。里山の人たちは、普段の生活のなかで火の管理に神経を使うのですが依然として火災は多く起こるのです。
なかでも気の毒で不思議な火災が起きたのです。なん日も大雪の降る二月の夜に山あいの古い由緒のある山寺で発生したのです。一日の晴れ間もなく五日、十日と雪が降り続く日のことなのです。夜も寝静まったころに突然の「カンカンカン」とけたたましく火の見やぐらから連打される半鐘の音で目を覚ました里山の主は、とっさに飛び起きて火災の集落はどこかを確認しなければいけないのです。火事が家の近くで起きていたなら、家族を起こし避難させなくてはならないのです。また、身内や親戚の火災や火災元が近所なら駆けつけて家財道具の運びだしと消火のお手伝いに行かなければならないのです。
雪の降るなかを着の身着のまま寝間着姿の格好で寒さも忘れて外へ飛び出すと、隣近所の家々が障子戸越に裸電球の暖かそうなあかりが一軒また一軒とポツポツとついて火災の状況をうかがっているのです。東の空を見ると真っ暗な闇の中に、遠くの山々が雪明りでボートと白く浮き出た山麓の一角に赤黒い炎が強く弱く闇の空に燃え上がるのが見えるのです。途切れ途切れの紅れんの炎と赤黒い煙から無数の細かい火の粉が舞い上がり、風の吹かれるままに遠くに近くに飛んでは消えていくのです。
山寺の出火の原因は、隣村にあるだん家の法事でごちそうになって夜遅くに酔って帰った住職が、雪道を長々歩いて冷えた体を温めてから寝床に入ろうと思い風呂「セイロオケ」の湯「ヨ」に入ったのです。しかし、夕方に火を入れただけの風呂は時間がたっていて湯が余りにもぬるくなっていたので「ノーリィクテ」住職は我慢できなかったのです。寝ていたお手伝いのお婆さん「バチャ」に起きてもらい追いだきをお願いしたのです。風呂釜「セイロケガマ」に新たに柴木「ボヨ」を入れて「サックベテ」燃やした残り火が深夜に風呂釜から跳ね、近くに乾かしていたお風呂用手拭「ヨテ」に燃え移る跳び火なのです。残念な事に、夜遅くにお風呂を沸かして「タッテ」くれたお手伝いのお婆さんが、火の回りが速いのと、寝室「ネマ」の板戸「オビド」が屋根に積もった雪の重さで開けつらくなっていて逃げ遅れたのです。
住職は猛火のなかから逃げ延びて親戚の家に厄介になっているのです。ある夜、住職の寝ている枕元に山寺の近くに流れる大川に住む竜神様が夢枕に現れたのです。大昔から授けてある由緒のただしいご本尊のあ弥だ如来像が焼け残っていて、雪の下で難儀しているので早く掘り出してほしいと住職に御告げがあったのです。住職は急いで集落の人たちに竜神様の御告げを説明して、雪に埋もれている焼け跡の山寺を掘り起こしあ弥だ如来像を探してくれるようにお願いをしたのです。
住職に頼まれた人たちは、あの猛火の中ではどんなご利益と由緒のある仏像でも焼け残っているはずがないだろうと、住職から聞いた竜神様の御告げを半信半疑な気持ちを持ちながら山寺の焼け跡を探し続けていたのです。ところが、御告げの話が本当だったのか燃え残ったかやぶき屋根のワラ灰のなかから、あ弥だ如来像を無傷で掘り出したのです。木像の本尊にも関わらず、猛火の中に在りながら燃えずに発見されたのには集落の人たちは信ずる事ができなかったのです。
二月の雪の深い盛りにあった山寺火災の本当にあった話なのか、言い伝えられてきた話なのか不思議な火災の話なのです。