「人を騙すキツネ」と信じて疑わなかった頃4
「人を騙すキツネ」と信じて疑わなかった頃4
息子は降り続く雪が小降りになるわずかな日を見計らって、積もった雪が「カンジキ」を着けてでも膝まで埋まってしまい歩くのが困難なことを覚悟で無理を押して猟に出る決心をしたのです。低く鉛色のした薄い雲間から朝のよわよわしい薄日を受けながら、一歩一歩と深い雪を踏み締めながら山奥へ入るのです。
吹雪が何日も続き大雪の降ったあとは、南向きの沢の傾斜にある木の根元で寝ている野ウサギ「ネウサギ」を狙って雪の原を進むのです。息子は膝まで埋まる深い雪に妨げられて猟場の沢までやっとたどり着くのです。息切れの回復と背中にうっすらとかいた汗が引くまでのあいだ、タバコを吸いながら休憩することにしたのです。雪の原は吹雪が続いたためか、どこを見ても雪面に描かれた風紋だけで動物達の歩いた足跡は見当たらないのです。老猟師から口伝えで教えてもらった同じ風景に息子は沢にかなりの野ウサギがいると期待しながら猟の準備をするのです。銃身が雪でぬれないようだいじに被せてある布袋を抜き取り、腰に巻いた皮の弾帯から真ちゅうケースの散弾を抜き元込め式の銃身を二つに折って散弾を装填した後に安全器を解除するのです。
再び沢の上流に向かって対岸の壁を慎重に見ながら歩きだすのです。しばらく進んだ対岸の斜めに生えた細い木の根元に野ウサギの薄茶色で縁取られた耳が動くのを見つけたのです。息子は老猟師に聞いたことを忠実に守り静かに慌てず射程距離までの間合いを詰めるのです。射撃位置を決めた息子は銃床を頬と肩にしっかり着けて先台を左手でつかみ、足場のしっかりした場所に片膝をつき腰を落とし一方の膝は散弾の発射で照準の決まった銃身が動かないように踏ん張って射撃をする準備が整ったのです。高鳴る鼓動を鎮めるためにおなかで静かに呼吸をしながら右手の引金にかけた指は銃床の元を握るようにして引き金を絞り撃ったのです。
散弾が発射される反動で銃身は跳ね上げられ、弾に命中した野ウサギは一瞬逃げようとして沢を駆け上がるのですが、沢の半ばで力尽きてしまい転がり落ちるのです。初めて射止めた獲物に喜ぶ息子は、慌てて自分が立っていた沢を降りて川を渡り射止めた獲物を手にするのです。まだ温かい野ウサギのフカフカした白い毛の感触に満足と射止めた達成感に興奮しながら、もとの場所の沢の上へと登るのです。
獲物を射止めた時の老猟師の教えでは、射止めた獲物は携帯している猟師ナタで腹を裂き内臓を全部取り出して、内臓を取り出した腹のなかに雪を詰め込んで血を吸わせ奇麗に掃除した後にリュックに入れる教えなのです。射止めた喜びで興奮した息子は猟場に着くのが遅れたことと次の獲物を見つけたいあせりから、まだ腹から血が流れ出ている野ウサギをそのまま木綿編みのリュックに入れて沢の上流へと移動しはじめたのです。
移動する途中で一羽の野ウサギを撃ち外しただけで、期待した通り二羽目を射止めるのです。猟に夢中になってしまった息子は、しだいに山奥に踏み込んでいることに気付かず背中のリュックの重さも忘れて次の獲物をさがし始めたのです。普通なら沢の反対側の南斜面に多くの野ウサギが寝ているはずが、予想に反して息子の立つ場所の雪ぴの下から雪を踏みしめる振動で危険を察知した野ウサギが反対の斜面に向って飛び出たのです。慌てた息子は素早く銃の負い皮を肩から外して対岸の沢を駆け上がり始めた野ウサギに照準をあわせて、立ち撃ちの姿勢で右手の脇を締め伸ばした左腕で先台をしっかりおさえて、銃床に右頬をぴったりとつけ肩に引きつけて撃ったのです。
照星の先に左目で見えたわずかに白い毛が散る被弾した手応えを確認したにもかかわらず、致命傷をはずしたのか野ウサギは勢いよく沢を上り切って逃げていくのです。命中させた自信のある息子はなっとくができずに野ウサギのいたところまで沢を降りていって見てみるのです。逃げた野ウサギの足跡に血が点々と雪の上についているのです。半矢となった野ウサギは、逃げる途中で失血死している可能性もあると判断をした息子は足跡を追跡することにしたのです。
どのくらいの距離を雪の原に血のついた足跡を追いかけ続けたのだろうか、しかし足跡はしぶとく逃げのびて雪の原に孤立している小さな林へと続いているのです。あきらめ切れない息子は小さな林だからいつか動けなくなった野ウサギに追いつくだろうと、執ように追って林のなかへと入ったのですがいくら行けども追い着くことができないのです。