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「人をだますキツネ」と信じて疑わなかった頃2

「人をだますキツネ」と信じて疑わなかった頃2


冬の昼間の時間が長くなりだして春が近いずいた暖かな日になると、春一番に始めなければならい農作業があるのです。


日中の暖かい太陽に照らされ融けかかった雪が、夜の冷えで表面が凍って雪の原がしみ渡りできるにようになると、ひと冬じゅう家のなかで飼われている牛馬が敷きワラとふん尿を踏みつけられてできる良質の堆肥を馬屋から引っぱり出し、ソリに乗せて雪の原を直線の最短距離で田畑へ搬出する仕事なのです。


馬屋に近い裏口の外に積った雪を掘り下げて、雪囲い板を何枚か取り外し板戸を開けると何カ月かぶりに早春の匂いのする快い風が家のなかの隅ずみまで通り過ぎて行き、冬の長いあいだにたまった重い空気を吹き去ってくれるのです。


雪の原が固いうちに堆肥運びの作業を終わらそうとしているところに隣人が訪ねて来たのです。彼は徴兵検査で甲種合格をもらい、日本軍の招集では中国戦線で山砲部隊のきつい軍務に配属されたのです。まさに背の高い人並み以上の体格を持った人なのです。


朝早くからのソリ引きに疲れもでてきたのと雪もゆるみはじめて作業がやりつらくなったのを言い訳にして、主は客人がきたことでお茶のみ「お茶ナンコ」にしたのです。


体格のいい客人なので機転を利かした主婦は、秋に収穫して乾燥させた菜種を油屋で絞ってもらった菜種油を使い、臼でついた餅を細長く切って寒風でしみさせて乾燥したものを揚げた揚げ餅「カキモチ」をおやつ「コビリ」として客人にだすのです。


家のなかじゅうに油と餅の揚がる香ばしい匂いが充満すると、家の近くで遊んでいた絶えず空腹感を持った子供たちが目ざとくかぎつけてくるのです。油で揚げた物などはめったに食べられないおやつなので、われ先と奪い合って食べるのです。


子供達たちは戦争のまっただなか「産めよ、増やせよ」の時代に生まれた八人の兄妹なのです。四歳になったばかりの六男も、母親からまだ暖かさの残っている揚げもち数本を小さな手にもらいニコニコ顔なのです。定量を食べ終わった兄たちに奪われないために両手でしっかり持って開けたばかりの裏口の暖かい日差しの外へ一人で出たのです。


客人は自分のために主の仕事を中断させた遠慮があるのか、いつも座る茶の間の客座には上がらず上がりがまち「アガリハナ」にこし掛けて渋茶をすすりながら主夫婦と世間話をするのです。客人は話の合間に開けられたばかりの春の陽に白く照り返されたまぶしい裏口に視線を向けたのです。


すると、先ほどまで裏口の雪の上で自分の指より大きい揚げもちをかじっていた子供の姿がこつ然と見えなくなったのです。「おいっ六男「オジ」が居ないっ見えないぞ」客人の大声でびっくりした夫婦はすぐに裏口の外へ飛び出て見た光景は、六男「オジ」が雪の原の上に姿のない人の背中におぶわれたような格好で奇妙な動きかたの「ピョコン、ピョコン」と跳ねるように猛スピードで裏山の林に向って行くのです。外に飛び出た夫婦は追いかけようとするのですが、二人とも裸足だったのに気づき履物を履きに戻る間に上がりがまちに居た客人が、一刻を争う事態を感じ機敏に外に飛び出して全速力で後を追いかけたのです。しかし、体格の良い客人でも恐ろしく早いスピードには追いつけず、逃げ去った方向を見定めて必死に追いかけたのです。裏山の杉林の中は、枝に積もった雪が同じ場所に落ちていくつものの小高い雪の丘となっているのです。遠目に薄暗い木々の合間の雪の上に、六男が着ていた赤い袖無し綿入り半てん「チャンチャンコ」を見つけたのです。客人は長い脚の膝まで雪に埋まりながら駆け寄ると、六男はふしぎなものを見るような目をしてただポカーンとしているだけで、普通と変わりなく裏口に出た時と同じ表情をしているのです。


無事に家に連れ帰り、道もない雪の深い裏山から誰か来たのかと有り得ない質問をしてみると、六男は摩か不思議な話をしだしたのです。揚げもちを食べているうしろに知らない若くて美しい娘「ネーチャン」が突然現れて、「お婆さんの所へ連れていってやるから背中におんぶしなさい」、と言われるままにしたあとは何もわからないと言うのです。


油揚げなど油ものの好きなキツネが揚げもちを欲しさから幼い子供がだまされたという話なのです。その頃のちまたでは神隠しがあると言われて、暗くなるまで外で遊んでいると、何者かがきてどこかに連れていかれるのだと親に言われたものなのです。世間では幼い子供が突然行方不明になる話が頻繁にされるのを大人から聞き、怖い話として信じて疑わなかったのです。



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