ちくわの魅力には誰も抗うことができない
気がつくと、俺の視界はなんだかとっても緑だった。
視界の八割は緑色、下部一割は乾いた土、上部一割は澄み渡った青い空。
落ち着いて周囲の状況を確認してみると、俺の身の丈の何倍もある大きさの青々と茂った草に囲まれているということがわかった。
どんな未開の地に紛れ込んだのかはわからないが、こんなにも自由奔放に草がのさばっている草原は初めて見た。じりじりと照りつける日差しから察するに、今は夏に近い季節のようだが、それにしても伸びすぎである。
とりあえず立ち上がって移動しようとしたが、力をこめても俺の体は全く動かない。
そういえば自分の手足なども視界には入っていない。動かせないので確認できない。
もしかして、俺は動けないような大きな怪我をしているのだろうか?
なんてこった。なんだかよくわからないまま俺はここに放置されるのか。直射日光から逃げることもできない。ひたすら暑い。このままだとこんがりルート一直線だ。
「おーい! 誰かいないのかー!」
助けを求めて叫んでみた。声は出るようで良かった。
この草のせいでどこに誰がいるのかいないのかも分からない。でも自分ではそれ以外にどうしようもないので、誰かが俺に気づいてくれることを望んでただ声を張り上げる。
「誰かぁー! 助けてくれよー!」
すると、少しして地面が何度も振動しているのが伝わった。
何者かが草を分ける音、走ってくる足音、そして話し声が聞こえる。
「──この辺で何か聞こえたよな?」
「はい、助けを求めるような声でした」
「じゃあしばらくこのあたりを捜索して──、うん?」
そのとき、俺の周囲に大きな影ができた。
直射日光を防いでくれたのは、なんだか凄く大きいイケメンの顔。
大きいなんてものじゃない。きっとそのへんのビルよりでかい。乗り込んで操縦するタイプの人型ロボットぐらいの大きさ。
「何これ、レアアイテム?」
そのイケメンの巨人は不思議そうな顔をして、俺に手を伸ばした。
手もでかい。逆光でこちら側は暗くなってる。なんかめっちゃ怖い。
「うわあああああぁ!」
「うわっ」
イケメンは驚いた顔をして手を引っ込めた。
そしてまた視界の空が狭くなる。巨人がもう一人いたようだ。今度は美少女巨人だ。残念ながらズボンをはいている。
「きゃあ! 喋ったあぁ!」
「魔族なのか……? リリア、分析を!」
リリアと呼ばれた美少女巨人が、これまたでっかい杖の先をこちらに向けた。ちなみに俺はびっくりして喋れないという安定のヘタレである。
そして数瞬後、リリアは眉を寄せながら首をかしげ、杖をしまう。
「どうだった、リリア?」
イケメンが警戒しながら問いかけるが、リリアはなんだか煮え切らない顔をしてぽつりと答えた。
「魚、です」
「──は?」
俺とイケメンの心境が重なった。
「魚を原料とした練り物のようです。名前はちくわ。……分類は消費アイテム。とにかく戦闘能力はゼロで、さらに私達に害意はありません」
「……えっ?」
「ちくわ? 俺? え?」
ちくわというとやっぱりアレだろうか。アレのことなのだろうか。みそ汁に入れたり磯辺揚げにしたりするやつ。一袋98円|(税込)。俺がアレなのか。
イケメンは混乱する俺をそっと持ち上げ、目線の高さでプラプラさせた。ちょっと酔いそう。
しばらくじっと俺を見つめたりプニプニしたりしながら、イケメンは呟いた。
「喋る消費アイテムとか存在するのか……」
* * *
俺もむこうも混乱しながらではあるが、対話をしてみることには成功した。
どうやらここは俗に言う異世界というやつで、イケメンは国から派遣された人類の最後の希望、勇者であるらしい。名前はアレフ。
リリアは彼の供をしている魔法使いなのだそうだ。
そして俺はちくわ。
ちなみに周りの草や人間が巨大なのではなく、俺がちくわになり体が小さくなったことで相対的に大きく見えただけであるということがわかった。
先ほど川で泥を落としてもらったが、きらきらと日光を反射する綺麗な水面に映った俺の姿はやはり悲しいほどにちくわであった。
彼らは世界を脅かす魔族の王、魔王を討伐するという任務を与えられているらしい。
人間と魔族は古より敵対している種族である。両勢力の実力は拮抗していて均衡を保っていたのだが、近年は比較的強い魔族が人間の街に攻め入ることが多くなり、国を護る騎士団の手に負えなくなってきたそうだ。
そこで、魔族の親玉を討ち取ることでその勢いを抑え、このチャンスに一気に魔族を絶滅へと追い込もうというものなのだそうだ。
この勇者は数千年に一人生まれるかどうかというほどの素晴らしい力を持った人間であるらしく、魔族をすべて滅ぼすのも不可能ではないとのこと。
しかし、そのようなことはすべきではないとアレフは言っていた。
魔族とは闇属性を基とした魔力を持つ種族で、光属性を基とした魔力を持つ人間達とは長年敵対している。
しかし魔族の中にも様々な種族がいて、中にはエルフのように人間と親しい種族も存在するのだ。
基本的に人間と敵対することの多いヴァンパイアやドラゴンなどの中にも実は人間に偏見を持たないものが少なくなく、彼らは素晴らしい能力や技術を用いて人間を助けてくれることもある。
アレフとリリアは道中に立ち寄った村で、仲よさげに笑いあう両種族の姿を見たのだそうだ。
魔族と人間には種族や意識の差はあれど、決して相容れぬものではない。お互いに歩み寄れば、分かり合うこともできるはずだ。
というのが彼の弁である。
リリアもうなずきながら聞いていたので同じ意見なのだろう。
彼らは今から魔王城へ向かい、魔王と対談することを望んでいる。
魔王を討伐しろとは言われたが、それはあくまで手段の話であり、目的として魔族との停戦が達成されればそれでいいらしい。
同行するかと尋ねられたのでなんとなく了承すると、勇者はよろこんで俺を道具袋へ放り込んだ。
彼らは恋人同士なのかと俺は思っていたが、二人旅で寂しかったのだそうだ。
ちなみに俺が放り込まれたのは地図とか鍵とかと同じスペースだ。
俺はキーアイテム扱いをされているらしい。
* * *
「着いたぞ。ここが魔王城だ」
アレフの声で目が覚めた。どうやら眠ってしまったようだ。ちくわも寝るんだな。
魔王城だと言われても、こちとら道具袋に押し込められているので外が見えない。そう言うとアレフは袋の外に俺の頭部分をちょっとだけ出してくれた。こいついいやつだ。
勇者の出現に気付いた強そうな魔族たちに取り囲まれる。赤、青、紫、わりとカラフルな色合いだ。リリアが息を呑む音が聞こえたが、俺は特に何をどうすることもできないので気楽に観察をしていた。
剣を構えずにアレフは声を張り上げた。
「僕達は人間の国から派遣された者だ! 人間と魔族の間での停戦協定を結びたい!」
人間の勇者の発言に、辺りの魔族がざわめく。
勇者は両手を広げて敵意がない事をアピールした。
「君達に敵対する気はない! どうかここを通し、君達の王へのお目通りを許してもらいたい!」
二足歩行の豚のような魔族が前に出て、フォークのような武器を突き出してきた。
「そのような妄言など信じられるものか! 魔族と人間は相容れぬ! 現に人間どもは何度も我ら魔族を駆逐しようと企んできたではないか!」
「私達はそのようなことを望んでなどいません! どうか武器をお納めください!」
リリアも説得を試みるが、その豚には通じなかったようだ。
「問答無用ッ!」
豚はフォークでなぎ払う。アレフとリリアは反撃もせず、ひらりと身をかわす。さすが勇者パーティ、回避率が高い。
その間俺は道具袋の口でぷるぷると震えていた。別に怖いわけではなく外部的要因によるものなのでしかたない。悪いちくわじゃないよ。
「ええい、ちょこまかと!」
「だから、僕達には敵対する意思など、──ッ!」
「うおっ!?」
フェイントを交えた豚の剣閃に、アレフは一瞬反応が遅れた。
アレフはすんでのところでかわしたが、俺はかわせなかった。
つまり道具袋の外にちょっと出ていた俺の体が斬られたのだ。
輪切りにされて飛んでいく俺の一部。
「うわ」
「きゃあっ、ちくわぁぁぁあああ!」
リリアが絶叫を上げてくれた。でも俺別に痛くもなんともない。ただ体から何かが離れていく感触。例えるならば、髪を切ったような感じに近いかもしれない。
「…………」
突然飛んできた謎の物体?に皆が驚いたのだろうか、唐突に静寂が訪れた。誰も何も言わない。取り囲んでいた魔族たちの野次も消えた。
「……? なんだこれは」
豚は足元に転がる俺の一部に、訝しげな声を上げる。
ためしに力を入れてみたら、転がった側の断面からなんか美味しそうな臭いを発することに成功した。
「……毒はないから食べてみてよ」
アレフもリリアも何も言わないので、俺がちくわの本能に従って豚に声をかける。
不審げな顔をしつつも、豚の鼻をひくひくと動かしている。俺の芳醇な香りに気付いてくれたようだ。
地面に落ちた輪切りのちくわを拾い、豚はその口にぽいっと放り投げ、咀嚼する。落ちてからしばらく時間が空いたので三秒ルールは適用されていないが、この豚は気にしていないようで一安心。
アレフもリリアも外野も俺も、固唾を呑んで彼の反応を見守る。
そして、突然豚は両目を見開いた。
「──うまいッ!」
「だろっ!」
よかった。俺の存在意義は肯定された。
俺は更なるちくわぶりを遺憾なく発揮する。
「アレフ、俺を輪切りにしてお前も食ってみろよ」
「い、いいのか……?」
「もちろん! さあっ!」
アレフは俺の勢いに負けて、道具袋から俺をもう少し長めに出し、そっと薄くスライスして口に入れた。遠慮しなくてもいいのに。
「! 美味しい……!」
「だよなっ!」
調子付いた俺は、アレフに頼んでさらに輪切りにしてもらい、リリアや外野に分けてもらった。みんなとても驚いて美味しいと言ってくれるので、非常にちくわ冥利に尽きるというものだ。
ここで俺は決意する。拾ってもらった恩があるのに、全くアレフ達の役に立っていないことをひそかに気にしていたのだ。
このチャンスを活かして、俺は魔族へ問いかける。
「ほら、みんな俺を美味いといってくれた。魔族も人間も同じじゃないか。それなのに何をいがみ合うことがあるんだ?」
「ふむ……」
豚はあごに手を当てて悩みだした。これはもしかしていけるんじゃないだろうか。
感謝するようなアレフの視線に、俺はウィンクで応えようとする。しかしうまく決まらなかった。
しばらくして、豚はゆっくりと頷いた。
「──そうだな、お前達の言うことは分かった」
「……! だったら!」
「ああ、魔王様の許へ案内してやるよ」
豚が親指を立てる。
アレフとリリアは一瞬顔を見合わせ、表情を明るくした。
「あ、ありがとう!」
外野からもだんだんと肯定的な意見が出始めた。
中には、頑張れよと応援してくれた馬面の魔族もいた。あんた中身はイケメンだよ。
その時、なんだか変な風が吹いた気がした。
リリアがびくりと身をすくませる。アレフは油断なく豚の後ろに目をやった。
「ほう、なかなか愉快なことをしているではないか」
とっても威厳のあるイケメンボイスが辺りに響き渡る。
途端、魔族たちがその男にひれ伏しているのが目に入った。
魔王だ。
頭に角を生やして背中にはコウモリの翼。まさに魔王って感じの人だ。
全然気付かなかった。ちくわ試食会には参加していなかったはずだ。いつの間に。
「貴殿が勇者だな。我は魔族を統べる王、ガルドだ」
俺が頭の中にパイプオルガンの荘厳なBGMを流していたらまさかの自己紹介タイム。魔族達が結構好意的なおかげだろうか、意外と平和だ。
すかさず勇者アレフが進み出る。
「僕が勇者アレフです。お会いできて光栄に存じます、魔王ガルド殿。この度僕が参りましたのは──」
丁寧に、慎重に対応するアレフに、魔王は片手を挙げて制止する。
「よい。停戦協定を結びに来たのであろう?」
「はい、僕達は魔族と人間が争う現状を良しとしません。戦争などなければ、魔族も人間もお互いに分かり合うことができるはずです」
「残念だが、それは無理というものだよ。魔族と人間の戦争は実に3000年の長きにわたるものだ。そうそう種族間の溝は埋まるものではない。人間どもの王もそれが分かっているから貴殿達をよこしたのであろう」
魔王は腕を組んでこちらを睥睨する。背後には雷雲がたちこめ、魔王の威厳を高めているようだ。さっきまで晴れていたはずなのに、魔王のカリスマというものは恐ろしい。
「……ええ、確かに私達はあなたを討ち取るよう命じられました。ですが──!」
「ならばそれ以上の問答は無用。さあ、各々の種族の存亡をかけて戦おうではないか。私が直々に相手をしてやろう!」
平和的交渉だと思ったら違った。
戦闘モードへ移行する魔王。ラスボス戦が始まったようだ。リリアの必死の訴えも届かない。
でも俺は、悔しそうに歯噛みするアレフを見ていられない。
だから、俺は決意した。
「でも、そこにいる魔族達はさっきまでこいつらを排除しようとしてたのに、今では全然そんなことないじゃないか! 互いに笑いあえていたじゃないか!」
「ちくわ……!」
思わぬ助け舟に、アレフの目が見開かれる。
魔王の赤い目は細められ、ずいぶんと短くなった俺を捉えた。
しかしこんなことで臆している場合ではない。
「種族の違い? 属性の違い? それがどうした! それを言うなら俺なんて属性も何もない魚から生まれた、ただの食べ物で消費アイテムだ!」
俺は持ち得る限りの感情をこめて力説する。
体に力が入って、ちくわの芳醇な香りが辺りを漂う。
「でもな、そんな俺を人間であるこいつらは拾ってくれた! 話をしてくれた! 人間も魔族も関係なく、俺を美味いと言ってくれた……!」
リリアはなんだか泣きそうな顔をしている。俺だって泣きそうだ。ちょっと乾いていた表面が潤ってきたのを感じる。
「それでも種族の違いのせいで分かり合えないっていうなら! 相容れないから戦争を止めないとでもいうのなら! ──俺を食ってからにしやがれッ!!」
精一杯の演説を終えた俺は、もはや一本のちくわとも言えない薄さをしていた。
ここにいる皆に食べてもらっていたからずいぶんと短くなったのだ。もう精々一口分ぐらいしかない。
「何を言うんだ、ちくわ! そんなことをしたら──!」
アレフが震える声で言う。
わかっているさ。ここで魔王に食べられたら、もう俺は消費されてしまう。この世に存在できなくなる。
でも、俺はそれでいいのだと思えた。
自分を拾ってくれたアレフとリリアの助けになれるのなら。人間と魔族の間の架け橋になれるのなら、それでいい。
それが俺の、ちくわの使命だから────
アレフは観念したように、震える手で魔王へと俺を手渡した。
魔王はしばらく逡巡した後、俺を口の中に入れる。
目を閉じてゆっくりと咀嚼をする魔王を、アレフ、リリア、魔族達、そして俺が固唾を呑んで見守る。
そして、一瞬とも永遠とも取れるような時間が過ぎて、魔王は目を開けた。
「──これは、確かに美味いな……」
もう俺は声を上げられない。すべて皆の体内にいるのだから。
それでも何故か周りの状況は手に取るように分かった。俺を体内に取り入れた皆の視界を共有させてもらっているのかもしれない。でも、もうしばらくすると消化されてしまうので、このようなこともできなくなるだろう。
「仄かに香る竹の匂い、臭みのない魚の風味、そしてその全てを包み込むような、このもっちりとした食感──」
魔王にはもう剣呑とした雰囲気はない。
どこか納得したように、魔王は再び目を閉じた。
「────これが、ちくわの力か」
誰も、身動き一つしない。
水を打ったような静寂の中、アレフはおずおずと問いかける。
「魔王、ガルド殿……?」
不安そうな勇者をちらりと一瞥し、魔王は笑みを浮かべる。
それは、人間に恐怖と絶望を与える魔王にふさわしくない、穏やかな微笑みだった。
「ああ、このちくわに免じて──協力してやろう」
* * *
こうして、人間と魔族が歩み寄るための第一歩が踏み出された。
その後、勇者は人間の王へと掛け合い、停戦協定を成立させたので、人間と魔族は表向きには争うことはなくなった。
だが、まだ両種族の間には確かに溝が存在する。容易には超えられない深い溝が。
しかし、その溝もいつの日か埋まる時がくるだろう。
人間も魔族も、同じ空の下で同じ時を過ごしている。
互いに歩み寄れば、同じものを食べて笑いあうこともできるのだ。
俺は信じている。離れた種族をつなぎ合わせる架け橋がまた現れることを。
そう、ちくわのように。




