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噛み合わない

作者: 黒サブレ


7月の初旬。

季節で言えば初夏。

そして梅雨。

暑いか、湿っぽいか。

弧状列島の四季の中でもとかくに過ごしにくい時期だ。

そして今日はと言うと、朝からしとしとと小雨がぱらつく曇天。

せっかくの休日だと言うのに、出かける気力は寝起きに天気を確認してから超低空飛行。

そんな気分とは別に出かける用事はあって ――― 相手が付き合いの長いこいつでなければ適当な理由をつけて延期してもよかったほどに気分は空模様と≒(ニアリーイコール)。

せめてこんな日に呼び出された分だけでも元を採ろうと思ってここの支払いはこいつ持ち。


「それで、弁当のプチトマトは黄色か赤かだっけ?」


運ばれてきたココアにかき混ぜつつテーブルに突っ伏したままの相手に声をかける。

節電がしきりに叫ばれる昨今の風潮に乗ってこの店内の空調は弱め。

どちらかと言うとクーラーは冷え過ぎて苦手なのでそれはありがたい。

マスターが淹れる自慢のコーヒーよりもおまけであるメニューの黄色いパッケージな紅茶の方が評判がいいということからもお察しくださいな個人経営喫茶店。

この店の命綱は奥さんの手作りケーキと年齢不詳な美人であるご本人のスマイル0円。

それでも挫けないマスターのオリジナルブレンドコーヒーはかけられた声にピクリとだけ反応した対面の相手へ押しやる。


「個人的にはトマトは赤だ。 トマトが赤くなると医者が青くなるはイタリアの諺だったかな?

 そういう意味でも赤押しで行きたい。 それに赤い方がリーダーっぽいし」


「ツノでもつけてやれ。 3倍になるから」


それじゃあ緑のアレはツノというより王冠かな?などと益体もないことを考える。


「エースっぽいな」


「赤いエースか」


一呼吸の沈黙。

なんとなく視線を合わせて、ほとんど同時に口を開く。


「ジョニー・ライデン」


「フォン・リヒトホーヘン」


また沈黙。


「噛み合わないな」


そう言って相手はコーヒーを一口含んで ――― 眉をひそめた。

だから素直に紅茶+本日のケーキのセットにしておけと言ったのに。


「せっかく赤くて3倍ってふったんだからシャアにしろよ、シャアに」


「自分だって寸胴短躯で振動に悩まされそうな名前を挙げたじゃないか」


なんだそれ、といってコーヒーにミルクを足し始める彼を眺める。

カフェオレに近くなったソレに砂糖を加えてもはや別種の飲み物に変じさせている。

売りだすとしたらコーヒー飲料ではなく乳飲料と表示しなければならなくなったものを口に含んでようやく納得が言ったらしい。

だったら最初からコーヒー以外のものを頼めばいいのにと思わなくもない。


「レッドバロン知らないの?」


「メタルファイターの方なら」


うん、そっちは逆に知らない。


「一般人はガンダムだって区別付かないのに」


そんなものか、という彼に、そんなものだと頷き返す自分。

相手は不意にぴっと人差し指を立てて、


「一般人の認識。 ……ガンダム」


「アフロと仮面のがキュピーンする話」


次に中指が起立。


「……マクロス」


「なぜか歌いだす」


3本目は薬指。


「……エヴァ」


「綾波で駆逐艦しか浮かばない」


「お前だけだ」


そして小指が揺れる。


「……コードギアス」


「薄い本が厚くなる」


「そう言えるのを一般人と認めねえよ!?」


終わりに親指が立ち上がってパーが完成。


「……ボトムズ」


「アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。

 その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公『キリコ・キュービィー』は、味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。

 作戦中、キリコは『素体』と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、町から町へ、星から星へと幾多の『戦場』を放浪する。

 その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく」


「詳しいな!」


「むせる」


「知らねえよ」


そしてまた沈黙。

この男とはいつもこんな感じだ。

長い付き合いになるが、別段趣味が合うわけでもない。

共通の話題で盛り上がることも少ない。

たぶん今も噛み合っていない。


「なんで一緒に居るんだろうね」


「俺が呼びだしたからだが?」


うん、そうだね。

こんな天気の日にね。

童貞をこじらせて死ねばいいのに。


そう思ったので素直な気持ちを伝えてみた。

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。


毒舌ポイズン

でも、いま言ってるよな。 言いたいこと思いっきり」


「童貞なのは否定しないんだ」


「自分の身も守れない男が他人を守れるのだろうか」


語尾にキリッをつけ忘れている。

指摘しようと思って、止めた。

それよりもまだ手をつけていない本日のケーキを優先する。

濃厚なチョコレートの風味が薫るオペラだ。

本来はコアントローやグランマニエといったオレンジキュラソーを使うのだが、さすがに子供も多くくるこの店ではそこまで強い洋酒は使っていない。

一口含むと甘い蕩けるような香りが口腔内を満たす。

適度な甘さと濃厚なクリームの舌触り。

さすがこの店の生命線の一柱。


「 ――― ってスルーかよ」


「なんで童貞は罵倒になるのに処女は持て囃されるんだろうって考えてた」


放置して拗ねられるとまずいので適当に答えておく。


「有名な説がある。 敵の侵入を許したことがない砦は安心。 実戦経験のない兵士は不安」


「図上演習だけだと自分に有利な想定しかしないから?」


そこまでは知るか、と言う彼は少しふてくされたようだ。


「経験ないのはお前だって同じだろうが」


「 ――― いつから未経験者が自分だけでないと錯覚していた?」


「なん……だと……?」


からん、と溶けた氷がグラスの内側にぶつかって音を立てた。

沈黙の中でその音だけがやけに耳につく。

透明なその音の残響はすぐに消え、静寂だけがまた戻る。

グラスの表面についた露の一滴がツーと重力に引かれて落ちるのがまるでその内心を示しているようだった。


「……まあ、嘘だけど」


「おい」


「嘘ですけど」


「なぜ2回言う」


答えずアイスココアを一口。

しまった。

ココアとオペラでチョコレートが被ってしまった。


すかさず相手の皿からケーキをサルベージ。

彼の方は夏蜜柑のムースの上にゼリーで固めた果肉をあしらった爽やかな逸品。

銀色のフォークを入れると柑橘類の爽やかな香りが鼻孔を刺激し、ふんわりとしたムースの感触が返ってくる。

口に含むと酸味と甘み、それとムースの中に混ぜられた夏蜜柑のピールのほのかな苦みが絶妙な割合で舌を刺激する。


うん、これはいい。

チョコレート尽くしの中ですごく爽やかな存在だ。


「……おごらせといてさらに人のまで奪うなよ」


「どうせ甘いものは苦手なくせに」


長い付き合いなのでその辺の好みは知れている。

どちらかと言えば甘みよりフルーツの酸味、柑橘の香りを主体にしたケーキを頼んでいることからもそれは知れる。

自分のコーヒーをカフェオレにしていたのはコーヒー好きだからこそ納得いかなかった故に『お察しください』なわけだ。

コーヒーではなく『牛乳のコーヒー風味』ならまだ許せると考えたのだろう。

それなら最初から別の飲み物を頼めばいいと思うのだが、甘いものが苦手な彼としてはせめて飲み物くらいはと考えたのだろう。

コーヒー以外を頼めと言われている喫茶店で敢て挑むのは勇気か無謀か、それとも意地か。


「さて、ケーキもいただいたところで本題に入ろう」


俺は食ってないけどな、という声は丁重に聞き流す。

どうせ何かの理由をつけてこちらによこすつもりなのだから、照れ隠しの手間を省いてやっただけいいじゃないか。

でなければ甘いもの苦手なくせに(コーヒーはともかく)ケーキの評判のいい店を待ち合わせに選ぶはずもない。


「そもそもプチトマトの話なんてしてなかったよな」


「いつまでも話そうとしなかったからね」


それはすまん、と言って素直に頭を下げる。

言いにくそうにしている理由は大概予想がつくのでそれ以上は責めることなく「いいよ」とだけ告げた。


「相談事ってなに?」


「ああ、実は……」


いつになく真剣そのもので切りだす。

テーブルの上におかれた手はきつく握り締められていて、体もわずかに乗り出している。

瞳は真っ直ぐこちらに向けられ、まるで射抜くよう。

吐息まで熱を帯びているようにさえ感じる。

憂いを帯びた表情もあって口を挟むことが憚られる。

そして10秒ほどの沈黙のあと、彼はおもむろに口を開き、


「妹に嫌われたかもしれない。 なんとかして」


「死ね、シスコンの豚野郎」


あんまりな発言を切り捨てる。


「誰が豚か!」


「前半部分は否定しないの!?」


特にシスコンの部分。


「お前は『この人間が!』って言われて怒るのか?」


友人が思った以上に重傷だった。

死にたい。

いや、むしろ殺したい。


「そんなこと相談されても困るんだけど」


「お前が最後の砦なんだ」


藁とか言いださないだけマシと思っておこう。


「正直、俺に年頃の女の子の気持ちなんてわからん」


「まあ、そうだろうね。 すごくそうだろうね。 とってもそう思うかな」


「……全力で肯定された」


ぷしゅーという擬音が出そうなほど見事にへこんでくれた。

こんな日に人を呼び出しておいてシスコンをカミングアウトするとか、こっちはとりあえず罵倒する以外にどう反応すればいいのか。

誰だってそーする。

自分だってそうする。


「ケーキを奢ってもらってなければ『こんなシスコンと同じテーブルに居られるか! 私は自分の部屋にこもるぞ』って言うところ」


「それは密室殺人の死亡フラグ ――― いや、シスコンフラグになるのか?」


一晩経って部屋を訪ねるとシスコンを発症してるとか嫌過ぎる。

ミステリーというよりなんのバイオハザードだそれは。


「お前だって妹居るし」


「妹居る人間は全てシスコンだと思うなよ」


「うん、まあそこまでは思ってないよ」


よかった。

この男は妹絡みだと途端に普段の冷静さだとか男気だとか、聡明さを無くす傾向にあるから、


「姉が居る人もいるだろうし」


「やっぱりだめだったよ、この野郎!」


くそっ、なんて時代だ!とかやって現実逃避を試みる。

でもそれって根本的な解決にならないですよね、と何かに囁かれた気がした。


「仲の悪い兄妹とかないわー。 あれって妹にツンデレ足しただけだろ。

 マンガとかアニメの創作を真に受けるなよ」


「いや、たぶんそっちの方が世間的には多いと思うけど」


自分の所も妹とはそれなりに仲が良いのでそう言い切れないが、少なくともこの男と同レベルで妹好きな奴はそうそう居ないと思う。


「それで、嫌われたってどんな基準で?」


「もう兄妹やめたいレベルで」


それで今にも樹海へ旅立ちそうな声で電話してきたのか。

この男のシスコン程度を考えると高層ビルからの紐無しバンジーを敢行してもおかしくない程度か。


「原因は? 例えばベットの下の妹モノだらけのエロマンガを発見されたとか、妹モノのエロゲーで自家発電に勤しんでるところを見られたとか」


「いや、妹モノのエロ関係とかないから」


「え?」


「え?」


またまた御冗談をと言ってやりたいところだが、心底「何言ってんのこいつ」みたいな表情だったのでやめた。

そうすると妹モノのエロ関係は本当にないのか。

まて、こいつは「妹モノの」と言った。

少し考えてみる。


よく「リアルの妹が居ると妹モノに萌えられない」とか「実物の妹はあんなに可愛くない」と言われている。

そこから逆に考えてみると「妹モノ」は実際に妹がいないか居ても可愛くないという層にウケるということではないだろうか。

つまり「実際に妹が居て、かつ可愛い」という人間にはウケない、あるいは必要ないということ。


こいつの妹は良く知っているが、確かに可愛かった。

艶やかな黒髪と整った顔立ちは今や絶滅危惧種と言われる「大和撫子」そのもの。

去年、こいつと自分の妹も含めて4人で海へ行った時には「日焼けに弱いんです」と言っていたくらい肌も白かった。

あとは水着姿で確認したけれど、胸も大きい。 腰はくびれていた。

チクショウ。 なんだかとってもチクショウ。


世間一般のフィクション系で取り上げられるような「妹系」とはだいぶ違うが、かなりの美少女であったことは確かだ。

しかもこいつが日焼け止め塗ってやるくらいには仲良かったし。

確かにあんな妹が居るならわざわざフィクションに「妹」を求める必要もないか。


では普通のエロならどうだろうか。

これが中学生あたりの無垢な子だったら性的なものに嫌悪感を示すかも知れない。

が、自分の妹を顧みるにあの子ももうそんな歳ではないはずだ。

同い年でもこいつの溺愛ぶりをみると箱入りかもしれないとは思うが、学校に行っていて友達と接していればその方面の知識もつく。

本当に年頃の女子というものは恋愛話と ――― そこから一歩踏み込んだエロ話も好きなのだから。

つまり普通のエロ程度では「兄さんも男の人ですし」で済ませるであろう。

あのクールっぽい子なら自家発電を目撃しても「ごゆるりと……」と言って扉を閉めて出ていきそうだ。

そうなると「普通でないエロ」か。

SMとか熟女モノ、ケモナー、触手、ロリ ――― もしかしてガチホモ?。


思い返せばこいつのこちらに対する態度とか。

分析的かつ理論的な手段で真理に辿りついてしまった。

確かにそれは、


「引くわー」


「何で持ってないって言って引かれるんだ!?」


「え?」


「え? ――― ってループになるから止めだ」


確かに、天丼も過ぎれば害悪だ。

12話まるごとループとかマジ拷問とこいつも言っていたし。


「思い返せば先週から妹の様子がおかしかったんだ……」


「あっ、それって長い? すいません、今度は紅茶とシフォンケーキを」


「聞けよ!? しかも追加注文とか容赦ないな!」


追加分は自分で払うつもりだったのだけれど。

まあ、あとで言えばいいか。


「はいはい、続き」


「ああ。 先週も2人で買物に行ったんだけどな」


「ストップ。 それって普通に仲いいよね?」


そうか?と彼は首を傾げ、


「お前だって休日に妹と買い物行くだろ。 それでたまに会うし」


そう言われるとそれは事実なのだが、こいつの方とは事情が違うと思う。

それを指摘しても話が進まないからとりあえず先を促した。


「そん時になー突然言われたんだよ」


「何を?」


なんだか自分がミステリーの探偵役にでもなった気分だ。

こいつはシスコンだが、妹もそれなりにこいつを慕っているように見えていたから、言うように嫌われているなら相応の理由があるはず。

その原因のヒントがこの会話の中に隠されているのかもしれない。


「一字一句正確に記憶してるわけじゃないけど、んー確か」


「うんうん」


「『私たちってどう見えるんでしょうね』だっけかな」


「…………」


「だから俺は普通に『兄妹だろ。 実際そうなんだし』って言ったっけな。

 そしたら『そうですね』って返されたんだけど、なんか寂しそうっていうか、悲しそうっていうかな」


「…………それで、嫌われたって思ったのは?」


「昨日の晩なんだけどな。 部屋でくつろいでるときにポツリって感じに言われたんだよ」


それで何か思い出したのか、ひとしきり頭を抱えて悶える。

苦悩している様子なのは見て取れるが、オチが見えてきた方としては非常にどうでもいい。


「えっとたぶんなんだけど『なんで私と兄さんは兄妹なんでしょう』みたいなことか」


「あー言わないでくれ! 心が痛い!」


なんだか殺人事件だと思ったら事故しかあり得ないという証拠が出てきた名探偵の気分だ。


「兄妹で居たくないって言われるほど嫌われるような心当たりはないのになあ」


一緒に部屋でくつろいでる時点で仲良いじゃないかとかそんなツッコミをいれる気にもなれない。


「『ロミオ、あなたはなぜロミオなの?』」


「シェイクスピアがどうしたんだ?」


「名台詞だと思はないかな」


たぶん色々とこの状況的に。

敵対する家同士に生まれながらどうしようもなく惹かれ合った男女。

結ばれることのない想いにヒロインは思わずこう語りかけたのだ。

「今とは立場が違う生まれであれば貴方ともっと素直に愛し合えたのでしょうか」と。

それはたぶんあの妹にも言えることであって。


「立場ゆえに許されぬ恋を嘆く情感がこもっているとは思うけど、素直には肯定できないな」


「へえ?」


「たぶんお互いが違う生まれだったら出会うこともなかったんじゃないか、あの2人」


だから恋も何もないだろうと言う。

それは夢がない、と告げる。


「運命だからどんな形でも出会えたでしょう、なんてのを信じられるほど愛とか恋を盲信して無いんだよ。

 たぶんお互いに出会った別の相手とそれなりに幸せになったんじゃないか。

 別の相手と失敗する可能性もあるけどな」


「リアリストというべきかロマンが無いというべきか」


言わんとすることは分かる。

恋は落ちるものだとしても愛は育むものというのがこの男の持論だ。

出会いは偶然、恋は必然であったとしても、そもそも出会わなければ仕方ないというのだろう。


「じゃあ、仮にお前の妹が妹じゃなかったら、シスコンとしてはどうなんだ?」


「あいつが妹じゃなければね……」


正直、想像もつかないと前置きして、


「たぶん接点がないな。 学年も違うし、男と女ならなおさらじゃないか?

 あいつが妹だから愛情も抱くし、可愛いがりもするけど、赤の他人だったらまったく知らないままじゃないか」


そう結論付ける。


「そういう意味では俺はあいつの兄でよかったと思ってるよ。

 ああしてやればとか、こうしてるべきではと思うことはあるけど、あいつと兄妹でなければよかったと思ったことはない」


「…………」


「それだけは、ない」


噛み合ってないなあ、と内心だけで嘆息。

互いが互いを想い合っていても方向すこし違うだけでこのすれ違い。

それはたぶん自分にも言えることなのだろうけど。

そう思うとなんだかこいつの妹のことも不憫に思えて仕方ない。


「ああ、でも今朝も不機嫌だったしどうすれば……」


「ん……今朝も?」


「出かけるって言ったら不機嫌だった」


もしや、と思い聞きなおしてみる。


「もしかして私と会うって言って出てきた?」


「そりゃ、こんな天気に何しにって聞かれたからな」


当然だろと言わんばかりだが、こちらは頭を抱えたくなった。

休日、雨なのにわざわざ会いに出かける相手。

余程の用があるか、余程に会いたい相手か。

実情は前者だが、たぶん後者だと思われたに違いない。

これでも性別女で、自慢ではないがそれなりにモテるのだから、容姿は悪くないと思う。

こいつとも仲が良い方ではある。 友人としてだが。


「あー、……とりあえず、お前は妹に嫌われてはいない」


「……そうかなあ」


期待半分、不信半分といった声。

いっそ殴ってやろうかという衝動に駆られるも、自制。


「この店のケーキでも買っていって、2人でよく話し合えばいいと思う。

 ちゃんと大切に思っているって言えばいいんじゃないかな。

 それと私に相談した内容のことも正直に言うこと」


「言わないとダメか?」


正直なところ恥ずかしいんだが、というこの阿呆に釘を刺しておく。


「言うべきっていうか言え」


「はい」


うん、素直でよろしい。


「それと俺、甘いもの苦手んだが」


「このお店はケークサレもあるから大丈夫」


なんだそれ?と首をかしげるので素直に教えてやる。


「塩味のケーキ……まあ、フランス風の惣菜パンみたいなもの」


「ケーキが塩味! そういうのもあるのか……って最初に教えてくれよ!?」


そうしたら最初からそれを頼んだと言いたいのだろうが、


「それじゃあ私がケーキを強奪する楽しみがないじゃないか」


そう答えてやる。

Oh……と無駄にいい発音で顔を覆う様が絵になる。

不幸の似合ういい男め。


「じゃあ、悩み相談はここまで。 わかったらさっさと帰れ」


「おう、わかった」


気を持ちなおしたのか、来た時よりは明るめの声で答えが返ってくる。

いいタイミングでウェイトレスの女性 ――― この喫茶店のマスターの奥さんが追加注文のケーキと伝票を持ってきた。

そしてその手から伝票だけ受け取ると相手はすぐに席を立つ。


「ありがとう」


最後に笑顔と共にそれだけ告げてレジへ。

マスターと話しているところをみると自分のアドバイス通りのケーキを頼んでいるようだ。

そして小さな箱を受け取ると最後にこちらへ手を振り、外へ。

ありがとうございましたー、というマスターとその奥さんの声が終わる前に扉を閉めて出ていく。


「 ――― さっさと行ってしまえ、ばーか」


思わず毒づいた。

笑顔はいいとしても、妹と仲直りできそうだからというその理由が腹正しい。

少しは自分と会えてとか、話せてとか言う理由で嬉しそうにしたらどうか。


「あら、デートは終わりですか?」


奥さんにそう笑顔で話しかけられる。


「デートじゃありません」


「あら? そうですか」


「そうです。デートじゃありません」


デートは相思相愛の男女がやるべきだ。


「片思いですから、デートじゃありません」


「あら、あら」


常連になる程度には通っているため、顔も覚えられているし、たぶんあいつとの関係も知られている。

奥さんの声にどこか微笑ましいものを見るような響きがあったの気のせいだろうか。


でも本当にあいつとは……噛み合わない。


シフォンケーキにフォークを突き立てながら、もう一度だけぼやいた。


“だけど、好きなんだから仕方ない”


思いつき突発ネタでした。

マンガやゲームの鈍感主人公を相手の女の子視点で見たらどうなんだろうという思いつきで書き始めてみました。

あとはシスコンな兄とブラコンな妹の微妙なすれ違いを書きたかったこと。



蛇足なネタ解説:


・赤いエース

 フォン・リヒトホーヘンは第一次世界大戦時のドイツのエースです。

 機体を赤く塗っていたので通称が「赤い男爵レッドバロン」。

 

・寸胴短躯で振動に悩まされそうな名前=ライデン=雷電

 旧帝国海軍の局地戦闘機の名前です。

 試作段階で振動が問題になって開発が遅れた経緯あり。 


・綾波で駆逐艦しか~

 有名と言えば有名ながら、エヴァの登場人物って旧海軍の軍艦の名前から取ってるのが多いんですよね。

 綾波は神風型駆逐艦、吹雪型駆逐艦でも採用された名前。

 自衛隊でもひらがなで「あやなみ」って名前の船があったりします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人物模様の描写と、最後の落ちの意外性。 久々に、小説らしいものを読ませて頂けた気がしています。 特に鈍感な人間を、普通に書かれるのとは逆側の視点で見た面白さに惹き込まれてしまいました。 […
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