候補
近衛兵団の歴史は、王国の歴史に比べると、まだ浅い。
近衛兵団長は、私の父、フランツ公レオナルド将軍が12代目。
元々、国王陛下の親衛隊だった部隊を、当時の王弟であり、王国軍総司令官を勤めていた、初代団長ルドルフ公が発展させ、創設した部隊である。
当初は、貴族の子弟を集めて構成されていたが、規模が大きくなるに連れ、屈強な傭兵も加わるようになる。
何時しか、貴族の子弟の方が少なくなり、私の父のように、貴族の当主が近衛兵団に居る事は、かなり特殊な事例と言える。
今、兵団を構成している主力は、士官学校を経ている者が多い。
しかし、士官学校を出た者全てが、近衛兵団に入れる訳ではなく、成績上位者しか入れない。
更に、兵団内の出世競争に、学校の席次は、あまり意味をなさない。
開始時点が、多少、前になるというだけの利点しかない。
出世競争は、完全な実力主義で、身分の上下、軍歴の長短等は、一切、関係ない。
勿論、人が人を評価する為、多少の伝や要領の良さが必要にはなる。
戦場では、最も激戦が予想される地に配置される近衛兵団は、戦死の可能性もかなり高く、兵団長候補と目されながら、戦場で朽ち果てた者も、決して少数ではない。
その為、生き残っているという事自体を評価される場合もある。
その近衛兵団の長は、当然ながら、激務になる為、天寿を全う出来たのは、初代ルドルフ公、只一人。
歴代団長の内、戦死した者は四名、行方不明となった者が二名、在任中に、戦場以外で死亡した者が三名、処刑された者も一名いる。
歴代の団長、全てが、父のような"軍神"と呼ばれるような人物だった訳ではなく、その任に耐え得る事が出来ない者や、欲に塗れた俗物もいた。
決して、無能な軍人が就ける地位ではないのだが、その地位に上り詰める事で満足してしまったり、軍人には必要無い欲望を持ってしまったりするのだろうか?
又、近衛兵団の強大な軍事力を充てにした、時の権力者達に、政争の道具にもされてきた。
歴代団長に、行方不明者が存在しているが、通常、戦場から未帰還の兵士は、戦死したとされる為、戦場で、"行方不明者"は出ない。
此処で言う、"行方不明者"とは、政争に敗れ、他国に亡命した者を指す。
記録に、"亡命者"と記す訳にはいかないからだ。
要は、歴代団長の半数が戦死し、半数が政争に巻き込まれて死亡したと言っても、過言ではないのだ。
これらの事は、『近衛兵団戦史』という市販本に、詳しく書かれている。
興味がある者なら、誰でも知っている事だ。
私の父が、近衛兵団長に任じられたのは、私の母が、まだ健在の頃だった。
その後、直ぐに、母が病死すると、私は、自身の将来を案じるようになる。
公爵という身分は、父が健在だからこそ、意味を持つ物であって、その父が居なくなれば、私は路頭に迷う事になる。
後見人も居るし、王族の端くれという身分もあるが、それが、私の身を、完全に保証するものではないのだ。
だから、父が戦争に向かうと何時も、無事の帰還を祈っていた。
父の身ではなく、私の身を案じるかの如く…。
私は、とんだ俗物だ…。
* * *
「先日の、あの若い軍人は、どうなりました?」
「ああ、ランドルフか。無事、回復したぞ。あの男の生命力には、俺も驚かされた。もうすぐ、職務にも復帰出来るだろう。『あの男が居ないと、仕事が終わらない』と、ヘッセンリンクも嘆いているから、早々に、復帰して欲しいものだ。ヘッセンリンクには悪いが、復帰するのは、ヘッセンリンクの下でとは限らないがな。」
父を担ぎ込んで来た時の彼の目は、私の本心を見透かしているようで、腹が立った。
自分の命より、上官の命を優先させた彼を見て、父ではなく、自身の身を案じている私が恥ずかしくなり、無性に腹が立った。
聞けば、あの時、同じ軍人である彼の父親は、生還を絶望視されていたそうだ。
しかも、彼自身は重傷を負っていた。
彼と私の、この差たるや…。
感情に任せ、彼を責め立てる事など、私がしてはいけない事だったのだ。
もし、許されるなら、反省の意味を込めて、少しでも、彼の力になりたい。
彼が死ななかった事により、その機会は得られた。
「もし、復帰されたら、我が家にお呼びして下さい。お口に合うかどうかは分かりませんが、私の料理を振る舞って、先日のお詫びをしたいのです。」
「分かった、伝えておこう。」
彼の力になれるかどうかは分からないが、先日のお詫びとお礼は、しなければならない。
その前に、彼は、私の招待を受けてくれるだろうか?
彼からの、軽蔑の眼差しに、私は耐えられるだろうか…。
* * *
「ランドルフ様は、失礼ながら、体もあまり大きくないのに、お強いのでしょう?」
「強いかどうかは分かりませんが、身体だけは丈夫なようです。」
彼に敵視される可能性も危惧していたが、彼は、先日の事を、特に、気にしている様子もなく、私の拙い手料理を「美味しい」と、食べてくれた。
食後、私との雑談にも応じてくれている。
「ミュラー殿下とは、士官学校の同期だったのでしょう?殿下とは、どちらが強いのですか?」
「卒業時の席次が示す通りです。殿下の方が上に決まっています。」
「殿下は以前、『同期の奴に、勝てそうもない奴がいる』と仰っていましたよ。それは、ランドルフ様の事ではないのですか?」
「一対一なら、殿下には勝てませんよ。実際、一度も勝った事がないですから。但し、敢えて言うなら、戦場で出くわしたなら、勝つ可能性はゼロでは無くなる、と言ったところでしょうか。」
「どういう意味ですか?」
「一対一なら、腕力が物を言いますが、複数対複数の場合は、他の要素も重要になるという事です。」
「…?もう少し、詳しく説明して下さいませんか?」
「参ったな…。貴女は、普通の貴族令嬢とは違うようだ…。」
彼は、私の質問に、苦笑いを浮かべながらも、納得するまで答えてくれる。
確かに私は、他の貴族令嬢とは違うかも知れないが、彼も、私が知っている男とは違う。
彼を質問攻めにする私の探求心は、ランドルフ・ミューゼルという男自身に向いている事を、否定出来ない。
「何れにせよ、ミュラー殿下のような、手強そうな敵に戦場で出くわしたら、一度、逃げるのが得策です。」
「逃げるのは卑怯では?」
「確かに、卑怯と罵る者もいるでしょうが、死んでしまっては、卑怯な相手に抗議する事も出来ません。死んでしまったら、敗者にしかなれませんが、生きていれば、勝者になれる可能性があります。戦場では、卑怯な手を使っても、生き残ってさえいれば、勝者になる可能性を有しているのです。まあ、これらの理屈は、全て、俺の父親からの受け売りですけど。」
そう言って笑った彼に、胸が高鳴った。
あまり気にしていなかったが、彼の凛々しい顔立ちは、世の女性を惹き付けるのに充分な事に気が付いた。
そういえば、一度、聞いた事がある。
ミュラー殿下の友人に、少々、小柄な、凛々しい顔立ちの軍人がいるという、貴族令嬢達の噂を。
その時は、彼女達独特の、誇張された噂だと思っていたのだが…。
彼が帰った後も、彼の笑顔が、頭から離れない。
さて、困った事になった…。
どうやら私は、許されない考えを持ってしまったようだ。
貴族令嬢である私が、平民の、しかも、軍人に…。
* * *
「フェリス、お前は幾つになった?」
「もうすぐ、22歳になりますが。」
「そろそろ、本気で婿を探さねばならんな。」
20歳前後で結婚するのが当たり前にも関わらず、私には、この歳で、婚約者どころか許婚すらいない。
フランツ公爵家は、婿養子を貰わなければならないのに、私が、行かず後家にでもなってしまったら、どうなるのだろうか?
男勝りと言われている私だが、結婚はしたい。
自分の人生が、思い通りにならない事は、充分、理解しているが、せめて、人の親になりたいのだ。
例え、結婚相手が好きな男ではなくても、その人との間に生まれた子を、愛する自信はある。
夫になった男の事も、一緒に過ごす内に、愛せるようになるだろう。
以前、私のところに、王太子妃にという話があったが、はっきり言って私は、その器ではない。
王宮の奥に引っ込んでいる事など、私に出来る訳が無い。
幸いにも、この話は、別の女性のところへ行ってくれた。
その事に、胸を撫で下ろしている事自体が、私の婚期を遅らせている原因なのかも知れないが…。
「こんな私にも、良い縁談は来るのでしょうか…。」
「良い縁談ではないかも知らんが、一つ、あるにはある。宰相閣下が、お前を後妻に、と言ってきたのだ。」
「宰相閣下ですか…。せめて、もう少し若い男が…。」
流石に、あの老人だけは、勘弁して欲しい。
あの薄気味悪い笑みは、どうしても、受け付けない。
「この話は断るつもりだったが、これを断って、お前に婿が見つかるか、少々、不安になってきている…。俺が軍人ではなく王宮勤めなら、良縁も、もう少し舞い込んで来るであろう…。もっとも、貧弱な男は、我が家の婿には相応しく無いから、王宮にどれ程の良縁が転がっているか、怪しいものだが。」
私に選ぶ権利さえあれば、候補はいる。
しかし、その候補と私の間には、越えられない壁が存在している。
その壁を、越える方法さえ、あれば…。
仮に、壁を越える事が出来ても、相手側にも選ぶ権利はあるのだが…。
「私は、貴族の子弟が相手でなくても構いませんが…。」
これは、何と無く、呟いてみただけで、誰かを想定していた訳では無かった。
「そうか!貴族に拘るからいかんのだ!婿養子なら平民でも良いであろう。それなら、候補が居ない事もない。最近、兵団内に流れている噂もあるしな。」
「噂?」
「お前が、ランドルフの奴を慕っている、という噂があるのだ。」
「!!!な、な、何故、それを知っている者がいるのですか!」
「その慌てようからして、根も葉もない噂ではないという事のようだな。」
「…。」
父にニヤリとされた私は、俯くしかない。
「ランドルフが貴族の子弟であれば、有無を言わさず、婿に迎え入れるのだが…。それに、あの男は、少々、生き急いでいるからな…。娘を軍人の妻にするのは、正直、賛成出来ない面もあるのだ。」
「でも、彼は『不死身』だと聞いていますよ。」
「そんな奴が、本当に居る訳が無いだろ。あれは、俺が吹聴した噂だ。思うところがあってな。ただ、あの男は、それを巧く利用しているところに見所がある。不死身な人間など居る訳が無いと、分かった上でな。」
不死身な人間など、居るはずがない事ぐらい、私だって分かっている。
しかし、彼は、戦場では死なないと、私は思っている。
現に、あの大怪我から回復している。
あの時の尋常ではない血の量を見て、直感的に、『助からない』と思う程だったにも関わらず。
ただの勘だし、そうあって欲しいという願望なのかも知れないが。
「この際だから、はっきり言いますけど、ランドルフ様が婿に来ていただければ、私は…。」
「お前が、どうしても、と言うなら考えない事もない。しかし、あの男は、一筋縄ではいかんぞ。どうやら、あの男には、物の本質がよく見えているようだからな。見え過ぎていると言っても良いだろう。現に、俺の考えを正確に読み取った上で動いている。それに、ランドルフにとって、公爵家の身分は意味をなさない。寧ろ、害になる可能性すらある。そこら辺りの事も、あの男には、造作無く見えるであろう。普通の男なら、喜んで婿に来るであろうが、あの男は違うのだ。それだからこそ、俺も気に入っているのだが。」
「お父様のお許しさえ出れば、私が必ず落としてみせます。」
「狙った獲物は逃さない、という訳か…。」
「又、この家にお呼びしても宜しいですか?もっと、彼の事が知りたいのです。」
「それは、構わないが…。恐らくあの男は、二度とお前の招待を受けないぞ。何か、策を考えないとな。」
思いもよらず、私の婿候補の筆頭に、ランドルフ・ミューゼルが上がった。
私には、婿を選ぶ権利が無いと思っていたのだが。
私は、なんと恵まれているのだろう。
「ランドルフは、次期兵団長になるかも知れない男だ。お前が何処まで本気なのかは知らないが、それなりに覚悟が必要だぞ。」
こう付け加えた父の言葉は、この時、深く考えなかった。
思いもよらず、壁を乗り越える事が出来た為、私は舞い上がっていたのだろう。




