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帰還

国内情勢が安定し、王太子殿下のご成婚、王太子妃の懐妊と、王国内でめでたい事が続くと、先年の雪辱を期すという気運が、軍内部で沸き起こって来た。

先年の敗戦で、最も多くの戦死者を出した近衛兵団は、軍内部で、最も好戦気運が高い。

好き好んで戦争をするという姿勢に、疑問が無い訳ではないが、今回ばかりは俺も、その気運に乗っている。


ご成婚式典以来、フェリス嬢からは、毎週のように手紙が来る。

手紙の文面には、「会いたい」、「声が聞きたい」、「愛しい」、「無事を祈っている」等という言葉が、徐々に増えて来ている。

筆不精である俺が、返事を返す事は稀だが、お構い無しに、愛の言葉を綴った手紙は来る。

最近は、本当に忙しい為、彼女に会う事は、出来ないでいるが。

そんな中、団長から、「たまには、娘ではなく俺に付き合え」と言われ、酒場に繰り出した。


「で、お前は何時、婿に来るのだ?」


「そんな日は、永遠に来ないと思いますよ。」


「それは許さん!娘が泣くからな。」


「自分は出自が怪しい男ですので…。」


「出自は、はっきりしているだろう。先年の戦で戦死した、ユルゲン・ミューゼル連隊長の息子であろう。」


「しかし、身分の差というものも…。」


「俺も娘も、そんな事に拘らん!俺はお前を、兵団長になるべき男と見込んでおるし、娘はお前を、公爵家の婿となるべき男と見込んでいる。」


この人達の間では、既に、既定路線なのであろうか?


「ただ…、俺と娘に異論はないが、周囲には、そう思わない輩もいるという事だけは忘れるな。王宮内だけでなく、軍内部にも、近衛兵団内にもいるはずだ。」


「そういった嫉妬には慣れておりますし、あしらい方も心得ております。10代の内から、隊長という立場に居れば。」


「確かに、お前なら分かっている事であろう。お前は、様々な事を、よく見透せる眼を持っているようだからな。俺には見えていなくとも、お前になら見える事もあるだろう。今までは、その眼が、お前を助けて来たはずだ。しかし、此処から先は、その眼が、お前を苦しめる事もある。いや、既に、苦しめているやも知れぬ。以前、お前に結婚を勧めた事があったが、それは、守るべき者の存在が、お前を、闇夜から連れ出す為の光になると思ったからだ。まさか、フェリスが、此処まで本気だったとは、思ってもいなかったが。しかし、今は、お前を必要としている者が居るという事を、絶対に忘れるな。そして、絶対に死ぬな、ランドルフ。フェリスを泣かせる事は、俺が許さない。」


俺を茶化すように始めた団長の話は、何時も通りの、説教じみた話にすり変わっていた。


「元来、身体だけは丈夫なようですので、不死身ではないにしても、そう簡単に死にはしませんよ。」


酔いも手伝い、らしくない軽口を返したが、俺はある決意をした。

将来、妻になるかも知れない女性には、出征前に手紙を書こう。

今、愛しているかと問われれば、自信が無いと答えざるを得ないが、泣かせたくない女性である事は間違いない。

気休めにしかならないが、「必ず戻る」と伝えよう。

それが、光明に繋がる事を祈る。



* * *



「隊長は妬まれておりますな。」


「妬まれているのは、薄々、感付いていたが、その理由がよく分からん。」


軍義の席から帰る途中、副官のマウアーに、思わず愚痴を零す。


「察しが良いはずの、隊長らしくないですな。ケッセル連隊長は、44歳にして漸く連隊長。隊長は、22歳にして、既に、大隊長。連隊長は貴族の子弟、隊長は傭兵の子息。隊長は、団長からの覚えもめでたい。嫉妬するに充分な理由では?」


それらの可能性を考えていなかった訳ではないが、今まで、このような回りくどいやり方で、妬み嫉みを受けた事が無く、正直、戸惑っていた。


「ややこしい事になって来たな…。」


今回の命令もだが、俺の立場も…。


「まあ、『不死身のランドルフ』なら、何とかするでしょう。少なくとも、我が大隊内の兵士達は皆、そう信じていますから。」


俺の隊は、最も難しい位置に配置された。

それは構わないのだが、「連隊本部の支援は期待するな。大隊だけで対処せよ。」と、命令された。

任務失敗は死に直結する、という命令である。

一個大隊だけで、一個連隊規模の相手をし、尚且つ、この方面の、突破口を開かなければならない。

成功すれば、かなりの戦功だが、戦死の可能性もかなり高い。

フェリス嬢と交わした約束は、守れるかどうか微妙な情勢である。


「一芝居打つか…。」


生きて帰る為に…。


「おお、久し振りに、隊長の演説が聞けるのですかな?三年、いや、四年振りですな。」


中隊長になりたての頃、指揮官としての初戦を前に、隊員達に、ハッタリに近い演説をした事がある。

それが功を奏し、隊の掌握に成功した。

それを今回、もう一度、やってみようという訳だ。

巧くいくかは分からないが、何もしないよりは良いだろう。





「いよいよ明日、先年の雪辱を果たす日がやって来た。先の戦いで、諸君等の中には、親、子、兄弟を失った者もいるであろう。かく言うこのランドルフも、敬愛する父を失った。この恨みは、必ず晴らさなければならない。王国の軍人である我々の、言わば使命である。但し、感情に任せた突出は、いたずらに命を散らすだけである。そこで、隊の心を一つにし、皆で共同し、恨みを晴らそうではないか。今回、我がランドルフ大隊は、名誉ある先陣を賜わった。この任務は、苛酷で熾烈を極めるであろう。諸君等を無事、家に帰すと約束は出来ない。しかし、突破口は、このランドルフ・ミューゼルが必ず開く。一人でも多くの者を、家に帰す為、持てる知能とこの身体を、最大限に使う。諸君等は、ただ目の前の敵を倒し、生きて帰る事だけを考えよ。上官は、部下を家に帰す為に、知恵と体を使い、部下の盾となれ。部下は、上官を家に帰す為に、体を張り、上官の盾となれ。諸君等、一人一人の積み重ねは、必ずや我が軍に、勝利をもたらすはずである。そして、我が軍が勝利した暁には、王都で再会を祝おうではないか。最後に一言だけ、諸君等に伝えておく事がある。諸君等の隊長『不死身のランドルフ』は、常に、諸君等と共にある。以上。」


「うおー、不死身のランドルフ!」


「うおー、隊長はまるで"軍神"だ!」


「うおー!俺達には、"軍神"ランドルフが付いている!」


どうやら、今回も巧くいったようだ。

宗教先導者にでもなった気分だが…。


「お見事です、隊長!感動致しました!貴方には、兵団旗に描かれている、戦の神が乗り移っているようだ。いや、生まれ変わりそのものなのかも知れませんな。」


「そんな訳はないだろ、マウアー。精一杯のハッタリだよ。」


「ところで、以前、隊長にお話しした、私の娘の事は、覚えておいでですか?」


「おお、幾つになった?」


「14歳になりました。」


「どうやら、俺の奥方の席は、埋まってしまったようだぞ。」


「存じております。しかし、私に万が一の事があった場合、隊長に、娘と病気がちの妻を託したいのです。娘を、ミューゼル家の使用人としてでも使ってやって下さい。妻に代わり、家事等をこなしております故、その任に耐え得ると思います。そして、隊長が認める優秀な夫を、見つけてやって下さい。」


「それは断る!娘の夫を見極めるのは、父親であるお前の役目だ。それにお前とは、王都で再会するのだからな。」


「勿論、私もそのつもりですが、万が一の場合、娘が路頭に迷わないよう、念の為にという事です。代わりに、隊長に万が一があった場合は、公爵家令嬢に隊長の伝言を、私が伝えます。一種の、げん担ぎのようなものです。」


「げん担ぎか…。ならば、フェリス嬢に、『愛している』とでも伝えてもらおうか。これで俺は、益々、死ねなくなった。この言葉を俺は、一度も彼女に伝えた事が無い。だから、お前の口から、最初に伝えさせる訳にはいかないからな。」


「承りました。では、王都でお会いしましょう。」


「死ぬなよ、マウアー。」


「隊長もご無事で。」



* * *



『ランドルフ・ミューゼル

貴官を王国軍近衛兵団連隊長に叙す』

激戦を潜り抜け、王都に、無事、帰還した俺を待っていたのは、昇進の辞令と名誉ある勲章だった。


「ランドルフ、遂に、お前と俺との間には、数えるぐらいの者しか居なくなったぞ。フェリスは、連隊長夫人になる訳だ。俺はもう歳だし、近い将来、団長夫人になるな。」


「はぁ…。」


「ん?どうした、浮かない顔をして。今回、お前の立てた戦功は、王国勲章付きなのだぞ。お前の出世を苦々しく思っていた輩も、認めざるを得ないだろう。近衛兵団内に於けるお前の名声は、少なくとも、俺の次、もしかしたら、同等以上になったのだからな。俺の異名であった"軍神"は、"不死身の軍神"と名を変えて、お前のものとなりつつあるようだしな。」


ケッセルの奴に一泡吹かせたのは、確かに痛快であるし、養父の仇を討つ事も出来た。

更に、名誉ある勲章も戴いた。

しかし、多くの犠牲の上に、これらの事実が成り立っている。

犠牲は、味方だけでなく、敵にも出ている。

俺の名声は、大量殺戮者という汚名と、表裏一体である。

とても、喜ぶ気にはなれない。

更に俺を落ち込ませていたのは、王都で再会を誓ったはずの副官とは、その遺体と再会する羽目になったからである。



* * *



「事情は分かりました。」


「こんなお願いを、フェリス様にするのは、どうかと思ったのですが…。」


戦死したマウアーに託されたその家族について、俺の婚約者とも言える、フランツ公爵家のフェリス嬢に相談してみた。

母親の方は問題ない。

治療費などを出す蓄えぐらいあるし、それなりの給料も貰っている。

国から、戦死者の家族に対する金も出る。

しかし、娘の方は問題だ。

「使用人として使ってくれ」と言われたが、俺は大層な屋敷を持っている訳ではない。

家を留守にする事も多く、使用人など必要ないのだ。


「その母娘は、フランツ家で面倒を見ましょう。但し、それには条件があります。」


「条件?」


「ランドルフ様も、フランツ家で、私と一緒に、その母娘の面倒を見て下さい。そのマウアーという男から託されたのは、貴方なのですから。」


「そ、それは…、何れ…。」


「『何れ』では駄目です。近日中に、『フランツ公爵家は婿を迎え入れる』と、正式に発表します。宜しいですね?」


「分かりました…。俺も覚悟を決めましょう…。フェリス・フランツ様、俺と結婚して頂けますか?」


「はい、勿論!」


彼女は、涙を流して喜んでいた。

嬉し涙なら問題ない。

悲しい涙を流させなければ。

これは、本当に不死身になる必要があるな…。

ランドルフ・ミューゼル改め、ランドルフ・フランツとなった俺は、23歳にして2つ歳上の妻を持つ身となった。

新たな不幸を生み出さない為に、簡単には、いや、絶対に、死ねなくなった。



* * *



此処は何処だ?

見慣れた部屋の景色。

ベッドに横たわる俺の傍には、栗色の髪をした女性が居眠りをしている。

俺はどうやら、長い夢を見ていたようだ。

そうだ、俺は帰って来たのだ。

今回も、妻との約束を違える事なく、俺は、彼女の待つ家に戻って来たのだ。


「フェリス…、おい、フェリス!」


愛しい者の名前を呼ぶ。


「んあ?」


「何という声を出しているのだ、お前は!」


「ラ、ランドルフ様!お気付きになりましたか!お父様ー!ジェニー!キースリング!ランドルフ様が…、ランドルフ様が…。」


相変わらず騒がしい女性だが、彼女の頬に涙が伝うと、彼女は言葉を続けられない。


「泣くな、フェリス!俺は、今回も生きて帰還したのだぞ。」


彼女の頬に伝う涙を拭おうとした時、多少の痛みが走った。

しかし、そんな痛みなど、どうという事はない。

無事、帰還出来た喜びに比べれば。


「どうしたフェリス!婿殿がどうかしたのか!」


彼女が名前を呼んだ内、最も早く現れたのは、白髪の老紳士だった。

その老紳士は、昔と変わらない声の張りと、しっかりした足取りで、勢いよく、部屋の扉を開けて来た。

相変わらず、元気な御方だ。






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