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軍神

「これはどういう事ですか、キースリング!説明しなさい!」


「そ、それが…、団長は帰還途中、毒矢を浴びまして…。」


「その時、貴方は何をしていたのですか?貴方の役目は、団長の"盾"ではないのですか!」


「申し訳ございません!かくなる上は、我が死を持って償いを!」


私の剣幕に平身低頭だった、恐らく夫を担いで此処まで来た大柄な男が、飛び後退り、地面に頭を擦りつける。

まだ20歳そこそこでありながら、"団長の盾"の地位にいるという事は、中々、優秀な男なのだろう。

その職務を全うする事が出来れば、だが。


「まあ待て、キースリング。早まった真似をしては、元もこも無い。奥方様、代わりに私がご説明しましょう。」


隣に控えていた白髪混じりの軍人が、私達の間に割って入ってきた。

その間に、お付きの兵士数人が、夫を担いで家の奥に消えて行く。

この白髪混じりの軍人は、近衛兵団副長ヘッセンリンク。

軍歴は、夫の倍はあるはずである。

本来なら、彼が団長でもおかしくないはずだが、今は副長の地位にいる。


今回の遠征軍は、反乱を起こした辺境部族の鎮圧の為に組織されたと聞いている。

裏で糸を引いている隣国の影がちらついていた為、比較的大規模な遠征軍となった。

王弟ミュラー殿下を遠征軍司令官とし、殿下直々に、近衛兵団等の各兵団を引き連れての遠征だった。

詳しい戦況は知らないが、間違いなく勝利だったはずだし、近衛兵団の大活躍も間違いないはず…なのにだ。


「毒矢ではありましたが、幸い傷は浅く、応急措置も済んでおります。熱が高いのが心配ではありますが…。」


「何故、帰還途中に?」


「詳しい事は、調べないと分かりませんが…、もしかしたら、王弟殿下、いや、国王陛下と間違われたかも知れませんな。」


見方によっては、ミュラー殿下より、夫の方が、王族のように見えなくもない。

それに、我がフランツ家は、王族の端くれである事も確かだ。

私の祖父は、先々代国王の弟にあたる。

夫は婿養子なので、王族との血縁関係は無いのだが…。


ヘッセンリンクの話によると、襲われたのは二日前。

殿下率いる主力部隊が、万全を期して迂回ルートを取る中、近衛兵団は、陽動の意味を込めて、主要街道を帰還ルートに定め、その道中に襲われたらしい。

襲われたと言っても、奇襲攻撃と呼べるものではなく、至近距離から、数発の毒矢を射掛けられただけらしい。

しかし、自分の"盾"であるはずのキースリングを庇った夫に、その内の一本が命中したそうだ。


「本来、自分の"盾"であるはずの男の"盾"となる辺りが、団長らしいと言えばらしいですが…。」


「…。」


私との約束より、部下の命の方が、遥かに価値が高いのは理解出来る。

理解は出来るのだが…。

ともかく、私が考えていた形では無いにしても、夫は約束を違える事なく戻っては来た。


「奥方様のお怒りはごもっともですが、生きたまま団長を連れ帰ったキースリングは、彼なりに職務を全うしたと言えるのでは?」


「ええ…、まあ…。」


「団長は、奥方様に愛されていらっしゃるようで、安心致しました。失礼ながら、何処の馬の骨とも分からない男が、由緒正しき公爵家に婿入りするという話を聞いた時は、私も心配したものです。しかしながら、奥方様の方は、ベタ惚れのようですな。」


そう言って、からかうような視線と共に笑う、白髪の軍人の言葉に、頬が紅潮するのを自覚した。

ヘッセンリンクは、我を忘れ、危うく夫の忠臣に死を与えるところだった私をからかいつつ、嗜めたのだろう。

自分自身の短気を反省し、先程より、地面に頭を擦り付けている男の方を見やった。


「というわけで、今日のところは、この男の首を繋げたまま、連れ帰ってよろしいですか、フェリス様?」


私の視線に気付いたヘッセンリンクは、私の名前を呼びながら、柔和な顔を見せた。

その顔は昔、子供だった頃の私に見せていたものと同じだった。

父の部下として、よく我が家に来ていた頃、私に見せていた顔だった。


「え、ええ、勿論…。」


「こう見えてこの男は、中々、優秀な奴でして、失うのは兵団の損失となります。但し、団長を守れなかった罪は問わなければなりません。一旦、兵舎に連れ帰った後、再び、この屋敷に来させます。罰として、門番でも雑用でも、こき使ってやって下さい。」


何時如何なる時も冷静沈着なヘッセンリンクを見ていると、自分の言動は、ジェニーに説教出来る程、褒められたものではない事に気付く。

歳相応に落ち着いたと、自身では思っていたのだが、私の勘違いなのだろうか?


「ところで、団長の様子を見てから戻りたいのですが…。」


「あっ!」


頭に血が上ってしまい、肝心な事を忘れていた。

玄関先で、夫の部下を責めている場合ではなかった。

慌てて中に入る私の後ろから、「キースリング、お前も来い」という、ヘッセンリンクの声が聞えた。



* * *



「"軍神"も人の子という事ですかな?高熱を出すという事は、血の通った人間の証であり、"怪物"ではないと言ったところでしょう。」


医師の診察を終えた夫が眠っているベッドの横で、白髪の軍人がふと呟く。

横たわる夫の姿は、とても"凱旋"と呼べるものではない。


「でも、俺には"怪物"に見えますよ。戦場での団長を、お側近くで見ていると。何度も死の淵から蘇ったと聞いていますし。戦場以外でなら、俺でも勝てそうなんですが。あっ、申し訳ありません!最後のは失言でした!お忘れ下さい!」


場の雰囲気を和ませようと、軽口を叩いたつもりの大男は、私と白髪の軍人に睨まれ、慌てて頭を下げる。

最後の一文だけでなく、私の夫を、"怪物"呼ばわりした事も、失言でしょうが!

中々、優秀な男らしいが、少々、思慮が足りないようだ。


「それにしても…。この高熱で、よくもまあ、馬上に居られたものだな…。正気を保つ事すら、至難の技であろうに。"軍神"の"軍神"たる所以か…。」


妙な納得の仕方をするヘッセンリンク。

戦場での夫について、私は何も知らない。

巷で噂の"軍神"ではなく、軍人にしては、少々小柄で、優しい夫しか私は知らないのだ。


医師の診断は、解毒剤の副作用で、しばらく高熱こそ続くものの、安静にしていれば、熱は下がるそうだ。

普通は、ここまで高熱にならないのだが、無理をして、馬上での行軍をした所為らしい。

私は、初めて、"軍神"を垣間見た気がした。



* * *



「フェリス!婿殿は!婿殿は何処に居る!医師は呼んだのか?絶対に助けよ!死なせたら、医師や兵団の幹部は首を刎ねるぞ!」


夫の部下達が、兵舎に戻ろうとした頃、物騒な言葉を吐きながら、騒々しい人物が城から戻って来た。

王族の一人として、祝賀会に出席していなければならないはずの人物が、ドタドタと音を立てながら、"軍神"の眠る部屋に向かって来る。


「やれやれ、相変わらず騒々しい御方だ。」


夫の眠る部屋に向かって来る人物の声を聞き、少々、呆れ気味のヘッセンリンクと、顔面蒼白になりながら、部屋の隅で震え出すキースリング。


「お父様、お静かに!ランドルフ様は、お休みになっておいでです!」


と叫んだ私も、騒々しいのだが…。


「おお、フェリス。婿殿は生きておるか?」


「今のところ、命に別状はないそうです。ですから、お静かに。それより、祝賀会は良いのですか?」


「下らん祝賀会より、婿殿の方が大事に決まっておる。」


礼服のまま、馬を駆けて来たであろう父は、衣服や髪が乱れ、汗だくだった。

そして、声の張りとは裏腹に、顔面は蒼白で、血の気がなかった。

私が熱を出して寝込んだ時も、このような顔をしていた記憶がある。


「団長、ご無沙汰しております。」


部屋に入った父を見たヘッセンリンクが、恭しく敬礼をする。


「もう呆けたのか、ヘッセンリンク。俺はもう団長ではない。団長は、其処に眠っておる御人だ。」


「失礼しました、大公殿下。私共が付いていながら、このような事態になり、面目次第もございません。」


「不死身の婿殿でなければ、死んでおったのやも知れんな。流石は婿殿、と言ったところか…。"不死身の軍神"という異名は、伊達ではないのう。"軍神"は、毒すら跳ね返すようだ。聞けば、凱旋時には、何時も通り、馬上に居ったそうではないか。」


「何時も通りという訳では…。事実、昨夜も馬に乗れる状況には無かったのですが…。」


「婿殿は、まやかしの"軍神"ではないのであろうな。」


先代の近衛兵団長と、現在の兵団副長の会話を尻目に、部屋の隅で震えていたキースリングに気付いた私は、父に気付かれないように、一足先に彼を帰そうとしたが…。


「キースリング!」


「は、はいーー!」


父は気付いていたようだった。


「貴様には、このような事態になった責任があるのではないか?お前の役目は何だ?」


「申し訳ございません!かくなる上は、我が死を持って償いを!」


つい先程、見たような光景が目の前で繰り広げらた。


「皆様、お静かに!」


私は、その場全員を一喝した。


「う…、うーん…。」


私の大声に、"軍神"が煩そうに唸り声を上げた。






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