腹心
「本当に、ミュラー殿下が首謀者なのでしょうか?」
「ヘッセンリンクも、ミュラー殿下がどういう人物であるか、よく知っているだろう?真の首謀者は、別にいる。国王陛下とミュラー殿下が居なくなると、得をする者がな。」
近衛兵団長の執務室に集めたのは、何れも、俺の腹心達である。
前兵団長の副官だった事があり、俺が駆け出しの頃、直属の上官であった兵団副長ヘッセンリンク。
我が養父の戦友だった、兵団参謀長ボルテック。
この面々の中では、最年長。
養父の副官を勤め、あの敗戦時、全滅に近かった連隊の生き残りである、兵団副参謀長ドレンテ。
俺が連隊長だった頃からの副官である、団長付主席副官ブルックス。
そして、この面々の中では最年少の、次席副官キースリングの五名である。
「すると、やはり、シュバイク公…。」
「半分、正解だ。真の黒幕は、宰相代理のフリード侯であろう。本日、貴官等に集まって貰ったのは、、今回の一件に関する、近衛兵団の在り方を相談する為だ。その前に、貴官等に確認して置く事がある。今回、俺は、近衛兵団を、王国の為ではなく、俺の私怨の為に使う。それは許されないと思う者は、申し出てくれ。咎めはしないし、役職の解任もしない。この部屋を出て行ってくれるだけで良い。」
「団長は、少々、勘違いをしておりますな。私共は、王国の為に、此処に居るのではありません。近衛兵団長フランツ公ランドルフ将軍の為に居るのです。私共は、貴方のお陰で生き残っており、今の役職に就いていられるのです。私は、貴方が居なければ、副長などと言う大層な役職になっていないはずです。『是非、副長に』と、貴方に頭を下げて懇願された時の光景は、今でも忘れられません。ボルテックやブルックスも同じはずです。以前、そのような話をした事がありますから。ドレンテは、貴方の父が盾になった事により、生き残っております。キースリングに至っては、先年、貴方自身が盾となっている。そんな我等は、喜んで、貴方の盾となります。ご命令とあらば、戈でも矢でもなる覚悟です。『上官は部下の盾となり、部下は上官の盾となれ』というのは、貴方の口癖でしょう?貴方の薫陶を受けた我々を、あまり見くびらないで頂きたいものですな。」
ヘッセンリンクの言葉に、皆一様に頷いている。
彼等なくして、俺が率いる近衛兵団は、存在し得ない。
その事に、深く感謝しなければならない。
「貴官等の協力に感謝し、有り難く利用させて貰おう。では、早速、方向性を説明する。先程、『相談』と言ったが、方針は、既に、休養中の宰相閣下に相談して決めてある。」
「宰相閣下…ですか…。あのご老人を、信用しても大丈夫でしょうか?油断のならぬ御方ですので、『実は敵でした』という事態も危惧するのですが…。」
「その心配は、今回に限り無用だ。あの老人は、野心を持つ者を嫌う。私利私欲の為に動く者を、軽蔑している。軽挙妄動に加担する御人ではない。既に、復帰出来る体調なのだが、王宮内が血生臭い故、もう暫く高見の見物だそうだ。ついでに、心配で夜も眠れない為、兵団から警護の兵を寄越して欲しいそうだ。知恵を借りた手前、無視する訳にはいかないだろうな。」
「自分は裏で糸を引き、手を汚すのは我等、という訳ですか。やはり、油断のならない老人だ。」
俺は、ミュラー殿下を救出する為に、最強の武器と、自身の名声を最大限に利用する。
最強の武器とは、近衛兵団その物であり、名声とは、"不死身の軍神"という虚構の上に築き上げたものだ。
しかし、あからさまに近衛兵団は動かせない。
シュバイク公派にも、軍事力というものはあり、あからさまに兵団を動かせば、軍を二つに割り、内乱という事態になり兼ねない。
今回の件は、王宮内での政争で収めねばならず、出来れば、兵士や民衆の血を流さずに、終わらせなければならない。
内乱になれば、周りの諸国の思惑も、複雑に絡んで来る。
幸いにして、俺の名声は、相手方にとっても、魅力ある物のはずだ。
味方に引き込もうとまではして来ないはずだが、巻き込みたくはないはずであり、権力掌握後は、俺を利用したいはずだ。
それを逆手に取れば、秘密裏に動く事は容易い。
まず、国王陛下が、再度、狙われる可能性は、限りなく低い。
今、陛下が狙われれば、シュバイク公にも嫌疑が掛かるからである。
王妃陛下にも嫌疑が掛かる可能性はあるが、王妃陛下側からすれば、国王陛下存命時にこそ、利がある。
初手を失敗った以上、シュバイク公側にも、陛下存命に利がある。
元々、ミュラー殿下を罠にはめる為だけに毒を盛り、殺すつもりは無かったとしても同じ事だ。
一応、陛下の護衛の為、近衛兵団から一個小隊程度は送るが、これはあくまで、兵団の動きを隠す偽装である。
差し当たって、最も危険が及ぶ可能性が高いのは、王太子殿下になる。
こちらには、表立って部隊を送る訳にはいかない。
近衛兵団の旗色を、公に指し示す事に繋がり、相手方を刺激してしまう。
真の首謀者を炙り出す為に奔走している、殿下の側近や腹心達の妨げにもなる。
よって、警護に送るのは一人のみで、人選の失敗は許されない。
ヘッセンリンクかドレンテ辺りが適任だが、彼等を今、兵団から切り離す訳にはいかない。
俺は、王国軍全体が、シュバイク公派に傾かないように、奔走しなければならないし、殿下の腹心達に同調して首謀者の炙り出しに動かなければならない。
その為、ボルテックも含めた三名には、俺の代わりに、兵団を動かして貰わねばならない。
ブルックスには、ミュラー殿下の側近や腹心達との連絡係をして貰う。
と、なると…。
「俺…ですか?」
「その通りだ。頼んだぞ、キースリング。」
「王太子殿下の方は、それでいいとして、王妃陛下と、二番目の王子の警護は如何致しますか?」
王妃陛下には、兵団から人を割く事が出来ない。
後宮の警備は、近衛兵団の仕事ではなく、別の警備隊がいる為、余計な諍いを招く事態になり兼ねない。
後宮警備隊が居る限り、彼等を信用するしかない。
しかし、後宮警備隊長は、王妃陛下の実父であるマインツ伯である為、何とかなるであろう。
マインツ伯の力量に期待しておく。
後宮の内側にも心配の種はあるが、国王陛下には側室が居ない為、王妃陛下が、恨みを買っている可能性は少ないはずである。
王妃陛下が、侍女達の掌握をしている事が前提条件だが、フェリスの話によると、王妃陛下は、侍女達の尊敬を集めているらしいから、前提条件は満たしていると考えていいだろう。
宰相閣下も、王妃陛下の力量を買っているようだし、「マインツ伯に任せておけ」と言っていた、宰相閣下の言葉に従う事とする。
フェリスを上回る力量を持った女性はいないと思っていたから、王妃陛下の器がフェリスよりも上であるという宰相閣下の評価に、異論を唱えたいところではあるが、どちらが上かの議論は、全てが片付いてからにする。
フェリスが、今までより頻繁に、話し相手になって貰う事も、抑止力にも繋がるかも知れない。
「この一件が片付くまで、王妃陛下の元に、奥方様を行かせない方が宜しいのでは?奥方様にまで、危険が及ぶ可能性がありますから。」
俺も、フェリスを巻き込みたくはない。
しかし、俺が止めたところで、言う事を聞くような女性ではない。
それに、俺の腹心筆頭は、フェリスであると言えるから、少しでも役に立って貰うべきだろうな…。
「奴等が、本気で王国の権力を手に入れようとしているならば、その心配は無用だろう。俺を敵に回す利点が、奴等には無いのだからな。仮に、フェリスを手にかけるような事があれば、近衛兵団の、いや、俺の恐ろしさを、奴等の身を持って知る事になるだけだ。」
万が一、フェリスに不測の事態が起きれば、"軍神"は抜け殻となり、使い物にならないと思わないでもないが…。
精一杯の強がりだったが、強がりでも吐かないと、フェリスが居なくなるかも知れないという恐怖に、耐えられそうもない…。
「貴方が味方で良かったと、つくづく思いますよ。こんな恐ろしい御方を、昔、顎で使っていたかと思うと、冷や汗が止まりません。」
宗教先導者擬きの、本領発揮だな…。
「当時のヘッセンリンクのお陰で、今の俺がある。感謝しているよ。」
「兵団の方針は、それで問題無いでしょう。あとは、各々の持ち場で全力を尽くすのみです。」
「最後に、貴官等に言って置く事がある。この一件では、絶対に死ぬな。これは、命令だ。身に危険が迫ったら、持ち場を放棄して逃げろ。それを咎める事はしないと約束する。」
「命を賭けて、任務を遂行するのが軍人の勤めでは?」
「勿論、戦場ならその通りだが、今回は違う。この一件で死ぬのは、犬死に等しい。此処だけの話、玉座に座る者が、シュバイク公であっても俺は構わない。しかし、現在の王国の繁栄は、戦場に散った兵士達の犠牲の上に成り立っている。奴等が、権力闘争に明け暮れていられるのは、王国の為に死んで行った者達がいるからだ。それを忘れている輩には、天罰を下さなければならない。それは、多くの者を、死地に送って来た俺の役目だ。天罰の残り火を、貴官等が被る必要はない。」
「我々でも、多少の火の粉は振り払えますよ。」
「ならば、貴官等が振り払う事が可能な火の粉だけを振り払え。余分に振り払う必要はない。他に質問が無ければ、今日はこれで解散とする。明日からは、不眠不休が続く事になるかも知れない。貴官等も、今日ぐらいは早く帰り、奥方でも抱いてやれ。俺もそうする。」
「既婚者全てが、団長夫妻のように仲睦まじい訳ではありませんよ。私と家内は、独り身だった年数より、結婚してからの年数の方が、既に長いのですから。」
「ボルテック夫妻は、若かりし頃、見ているこちらが恥ずかしくなる程、仲睦まじかったと、父から聞いていましたが?」
「ユルゲンの奴め、余計な事まで息子に吹き込みおって…。」
「そういえば、キースリングは独り身だったな。お前には、話もあるから残っていろ。では、他の者は以上で解散だ。」
* * *
「今回、お前が一番危険な任務だから、もう一度、念を押して置く。お前の今回の任務は、何を以て成功としたら良いか、分かっているか?」
「命を賭けて、王太子殿下の盾となり…。」
「違う!お前が、無事、生還する事を以て成功とするのだ。勿論、王太子殿下をお守りするのが、お前の役目だが、お前が、王太子殿下の代わりに死ぬ必要はない。万が一の時は、お前だけでも戻って来い。良いな。」
「承知致しました。」
「お前が、無事、戻って来たら、ジェニーとの結婚を認めてやろう。フェリスは何か言うかも知れないが、ジェニーの父親に、彼女を託されたのは俺だ。反対はさせない。」
「ジェニーは、俺との結婚を承諾してくれるでしょうか?気の強い女なので、本心が読めないのです。奥方様より、そちらの方が心配なんですが…。」
「それは、自分で何とかしろ。俺は知らん。何れにしても、この件が片付き、お前が帰って来てからの話だ。」
ジェニーの本心は分からないが、キースリングの事を、悪くは思っていないはず。
女性の考えている事は、未だに分からない部分もあるから、何とも言えないが。
「俺に、王太子殿下の守役が勤まるかどうかも心配で…。」
「お前に、守役としては、多くを期待していない。しかし、警護役としてなら、お前は充分過ぎる程だ。教育役は、もう一人の守役に任せれば良い。」
「もう一人の守役は、どういう人物なのですか?」
「宰相閣下曰く、『女に生まれたのが残念でならない程の秀才』だそうだ。宰相閣下の奥方の連れ子で、エリーゼという女性だ。」
「宰相閣下は、独り身なのでは?」
「表向きはな。あの御方にも事情がある。余計な詮索も他言も無用だ。万が一の場合の逃走方法は、エリーゼが知っているから、よく聞いて置け。それから、明後日、彼女を拾ってから、王妃陛下に謁見する予定になっている。それまでに、身の回りの整理でもして置け。俺は、お前達の身元を保証する人間だから、謁見には俺も同席する。」
「団長の期待を、裏切る事にならなければ良いのですが…。」
「この件が片付いた時、生き残っていれば、それで良いのだ。自分の身すら守れない者は、近衛兵団には居ないはずだぞ。今回、お前は、敵を倒す必要はないのだからな。お前が、王宮の美女達に目を奪われて、不覚を取る事が無い様、俺も祈っている。」
「そんな事はしませんよ!こう見えても、一途な男ですから!」
王妃陛下ことシャルロット嬢に会うのは、何年ぶりであろうか?
何度か見掛けた事はあるが、話すとなると、10年以上も前の話になるのか。
お互い歳を取り、守るべき家族も出来た。
この道が、正解だったかどうかは分からないが、俺は、後悔だけはしていない。
* * *
「おい、フェリス!どうしたのだ?今日一日で、随分とやつれたようだが。アミルの乳母は、見つかったのか?」
「無事、乳母は見つかりました。しかし、私は、大きな勘違いをしていました…。赤子の面倒を見る事が、これ程、大変だったとは…。私の事を、自分の面倒を見てくれる人と、認識してくれているのが救いですが…。」
「誰か、人を雇うか?」
「いいえ、それは必要ありません!私は乳が出ないので、乳母を雇うのは仕方ありませんが、育てるのは自身でやります。昔から、そう決めていましたから。今のところ、ジェニーの助けが無いと、無理なのですが…。」
『昔から』という言葉に、少々、胸が痛んだ。
彼女に、我が子を抱かせてやる事が出来ない、腑甲斐ない俺自身に、苛立ちが募る。
「無理をするなよ。お前が倒れては、元もこも無い。」
「昔から、身体だけは丈夫ですので、心配ありません。それに、今日一日で、大分、慣れました。ところで、ミュラー殿下の件は、どうなりましたか?」
「それは、心配致すな。この俺が、必ず救出してみせる。義父上も、奔走してくれているしな。」
「子供の頃、殿下とは、よく一緒に遊んだものです。私の弟みたいな御方なのです。」
「殿下からは、子供の頃、フランツ公爵家の令嬢に、よく苛められ、強くなりたいと決意させるきっかけだったと伺っているぞ。」
「私は苛めてなどおりません!殿下の戯れでございますよ!」
「では、そういう事にしておこう。ところで、最近、王妃陛下には会いに行ったか?」
「今回の事件の直前に、会いに行きましたよ。その時は、お変わり無かったのですが、今は心労が募っているでしょうから、心配しております。早く、元気付けて差し上げたいのですが。」
「まずは、アミルの方が優先だ。王宮内も血生臭いから、もう少し、落ち着いてからでいいだろう。」
「そういう訳には参りません。私は、シャルロット様の友人を自負しておりますので、早い内に、アミルを連れて会いに行きます。」
やはりな…。
「友人の為に動く…という訳か…。」
「当たり前です。ランドルフ様も、そうしていらっしゃるでしょ?シャルロット様には、母親としての心構え等も聞いてみたいですから。」
『母親』だと?
フェリスは、アミルの母親になるつもりなのか?
アミルの事は、暫く、フランツ家で面倒を見るが、引き取る訳ではないのだが…。




