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災禍

「どうやら俺も、結婚するらしい。」


「それはおめでとうございます。で、お相手は、どのご令嬢ですか?俺が知っているだけでも、数が多過ぎて検討がつきませんが。」


ミュラー殿下に誘われたのは、何年ぶりだろうか?

若い頃は、よく遊び歩いたものだが、最近は、お互いに忙しくなり過ぎてしまい、顔を合わせる事すら稀になってしまった。


「小国の姫君が相手だ。まだ17歳だそうだ。」


「あの国も漸く、日和見を止めて、我が国に従う気になったのですか?どうせなら、10年前に姫を差し出せば、いらぬ犠牲も無かったでしょうに…。」


10年前、この小国が裏切らなければ、俺の父が戦死する事は無かった。

ジェニーの父が、戦死する事も無かっただろう。

しかし、俺が、フェリスと出会うことも無く、それだけは、少々、困るのだが。


「10年前なら、俺は18、姫は7つだぞ。」


「10年もすれば、釣り合いも取れるという訳ですか。しかし、あの国は、国を守る為に、姫君一人ぐらい、見殺しにし兼ねないでしょうね。」


命に重いも軽いも無いはずだが、その重さは、全ての人間が同じであると言えるだろうか?

一国の対価な時もあれば、一個人の欲が対価な時もある。

戦乱が起これば、必ず犠牲が出るが、戦乱を鎮める為にも、必ず犠牲が出る。

そして、犠牲になるのは、何時も弱者である。

弱者の重さは、強者の重さに比べ、明らかに軽いと言わざるを得ない。

何人もの弱者を死地に送り込んで来た俺が、言えた義理ではないが…。


「強国に挟まれた小国の、悲しい性だろうな。ところで、今日、お前を誘ったのは、この話を伝える為ではない。お前に頼みがあるのだが…。」


「昔から、ミュラー様の頼みには、ろくな事がありませんからね。あまり、聞く気にはなれませんが。」


「まあ、そう言うな。お前にしか頼めぬのだ。実はな…、俺には、子供がいる…らしい。」


「はっ?姫君は、既に、ミュラー様のお手付きだったのですか?」


「お前は、俺を何だと思っておるのだ!姫君の方は、顔も知らん!」


「では、数多いる相手の中に、お子を産んだ女がいると?」


「そういうことだ。先日、手紙が来た。『信じて頂けなくても結構ですが、間違いなく貴方の子です。迷惑を掛けるつもりは有りませんでしたが、私に万が一があった場合の為に知らせておきます。』と、綴られていた。本当に、俺の子かどうか証拠は無いし、俺に『万が一』を託されても、困るのだが…。」


「貴方という人は…。」


「お前の怒りは、もっともだが、そう怒るな。しかし、ご落胤が居ては困る立場だという事は、分かってくれ。お前達のような、子を望む夫婦には子が出来ず、俺のような男には子が出来る…。因果なものだ。」


「頼みというのは、ご落胤の証拠を掴んで来いという事ですか?」


「いや、違う。近衛兵団長殿に、そんな事を頼む訳にはいかないからな。それに、ご落胤が事実かどうかは、どちらでも良いのだ。だが、俺が、その女の力になれない状況に陥った場合、その母子をお前に託したい。実は、既に、手紙の返事は送った。事後承諾になって、すまぬ。」


「俺は、どうすれば?」


「『俺に万が一の時は、フランツ公ランドルフを頼れ』と、手紙には書いておいた。ジェニーの時のように、母子を公爵家で使ってくれても良いし、子供の方だけ、お前達夫婦が育ててくれても良い。」


「やはり、ろくな頼みではございませんでしたね…。」


「俺が無事なら、お前に迷惑は掛けないし、その女が、お前を頼るとも限らない。しかし、人の親として、子供が路頭に迷わない為に、布石を打って置きたいのだ。そして、持つべきものは、血を分けた兄弟より、真の友という訳だ。」



* * *



年が変わって直ぐ、宰相ブラウミッツ侯が体調を崩し、休養に入った。

すると、その後継を巡り、醜い権力闘争が王宮で起こる。

侯が正式に退任した訳でも無いのだが、宰相代理を巡っての闘争である。

正式な宰相を巡ってとなれば、血が流れる事態になるであろう。

権力欲の為に血を流すなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

そんな奴等に比べれば、俺の方が、幾分か良いはずだ。


そして、権力闘争の勝者は、内務大臣フリード侯爵であった。

誰が勝者になろうとも、俺には関係無いが、この人物だけは避けるべきと思っていた。

本命視されていたのは、知ってはいたが。


先王の末弟シュバイク公は、フリード侯の義弟にあたる。

王族に縁のある人物が権力を握ると、ろくな結果にならない事は、歴史が証明している。

更に、フリード侯は、野心溢れる御人であり、シュバイク公は、先王の末弟という事もあり、まだ若い。

この二人が結託した場合、政変が起こっても不思議はなく、にわかに、きな臭くなって来た。


そして、俺の勘は、残念ながら的中してしまう。

あろうことか、国王陛下の毒殺未遂事件が起こる。

陛下は、一命を取り留めたが、その事件の首謀者として、ミュラー殿下が投獄されるという結末を迎えた。


俺に関わった者達の中で、不幸が訪れた者は、これで何人目であろうか?

俺は、死神に好かれていないと思ってはいるが、その死神は、俺の周りにいる者に、取り憑き直しているとでも言うのか?

それとも、"不死身の軍神"とは、災禍の調べを奏でる悪霊その物なのであろうか…。



* * *



「ぬかるなよ。策は授けたが、この策は、実行する貴公の腕に懸かっておるのだからな、ヒッヒッ、ゴホッ、ゲホッ。」


「この策を授けてくれた御方が、読み違えていなければ、恐らく大丈夫でしょう。」


「これくらいの事なら、貴公も読めていたはずだが、ゴホッ。」


「ここまで正確ではありませんでしたが、私でもある程度、読めていた事は否定しません。しかし、答え合わせが必要でしたので。」


「ふんっ!生意気な小僧じゃ、ゲホッ。ワシが、貴公の味方だと確信して、ワシの所に来ている事自体も、小賢しい事この上ない。それにしても、奴等には、真ともな策士は居らんのかのう。此処だけの話、ワシが奴等の立場なら、まず、ミュラー殿下を消し、その後、陛下をじっくりと料理するのだがな。二人一遍に消そうとするから、付け入る隙が生まれるのだ。もっとも、奴等が採った方法以外で、ミュラー殿下を消す事が出来るのは、貴公ぐらいしか、この国には居らんが。」


「奴等も焦っているのでしょう。中々、退いてくれないご老人もいらしたので。やっと退いてくれても、復帰する気満々では焦りもしますよ。復帰するまでに、地盤を固めないと、自分達の方が危ういですから。」


「後継者を見つけるまで、ワシは死ぬつもりはない、ゴホッ、ゴホッ、ゲホン。まあ、見つけてはいるが、畑違いの場所にいる故、その者を、ワシの下に引っ張って来ねばならんが」


「新芽に蓋をしていては、その芽は伸びませんよ。」


「雑草の芽は、新芽の内に抜いて置かぬと、大きくなってからでは厄介極まりない、ゴホッ。ワシは、雑草と大樹の芽を見間違う程、老いてはおらぬ。ところで貴公、何時まで軍人などというやくざな商売をしておるのだ?」


「さて?考えた事もございませんでした。そんな質問をされたのは、初めてですので。子供の頃より、軍人になるのが当たり前の道であり、戦場で朽ち果てる運命と思っておりました。最近は、背負う物も大きくなり過ぎました故、生き残るのに一生懸命で、退役など考えも及びません。」


「フランツ大公は、その名声程、大した男ではないが、このワシが認めているところが無い訳でもない。自分の限界を悟り、新しい芽を育てたところじゃ。しかも、その新芽は、とてつもない大木の可能性がある、ゲホッ、ゲホッ、ゴホン。奴が、そこまで見透していたかは知らぬがな。」


「その新芽が、誰の事を指しているのか存じませんが、大公は、私が足下にも及ばない程の御方ですよ。」


「謙遜か本音かは、どちらでも良いが、その大木は、ワシの所に植え変えたいと思っておる、ゴホッゴホッ。貴公、奥方の為にも、軍人以外の道を考えてみる気はないのか?」


「色々、買い被られているようですが、これ以上、背中の荷物を増やす気はございません。しかし、軍人以外の道は、妻の為にも、一考の余地がありそうです。何れにしても、今回の件が片付いたら、ゆっくり考える事に致しましょう。そういえば、先日、感じの悪いご老人に出くわしたと、妻が怒っておりましたが、その時、彼女は、何か失礼な事でも申しませんでしたか?父親に似て血の気が多いもので、私も少々、難儀する事があるのですが。」


「相変わらず、気の強い女子じゃった。世辞を世辞として、冗談を冗談として捉えられぬ、器量の狭い女子じゃ。」


「相手が、世辞や冗談を言う者には見えなかったのでしょう。色々、誤解しているところもあるようですので。」


「ワシは、貴公に不測の事態があった場合の為に、援助をすると申しているだけなのだがな。大公は以前、『あれが男なら立派な軍人になれる』などと申しておったが、それこそ、戦場で朽ち果てるだけじゃ。」


「奥方様の存在を公表なされば、我が妻の誤解も溶けると思いますが。何故、内縁とされているのですか?」


「愚問じゃな。貴族が平民の未亡人を後妻に迎えたなど、後世の笑い者になるだけであろう。」


「本音が、違うところにありはしませんか?」


「貴公、ゴホッ、ゲホッ、何が言いたい?」


「聞かれるなら申し上げますが、ご息女が、平民の、しかも、軍人の男と結婚する時、大反対なされた手前、退くに退けぬのでは?」


「ワシに娘など居らぬ、ゲホッ、ゲホッ!20年以上前に、勘当したのだからな。」


「しかし、孫娘の事は、心配しているようにお見受け致しますが?『いやらしい目で、お前の夫を見繕ってやろうと言われました』と、孫娘の方は怒っておりましたが。」


「貴公の妻といい、その侍女といい、貴公の躾がなっておらぬのではないか?」


「生憎、婿養子なもので、立場が弱いのです。」


「ふんっ!まあ良い。少々、長話が過ぎたようだ。災禍の調べを奏でるが如き貴公と、馴れ合う気はない。災いが、ワシにまで飛び火するのは御免だ。貴公は、とっとと帰り、準備でも致せ。」


「焦って動いても仕方ありません。相手も、初手を失敗っておりますので、今頃、結論の出ない議論を繰り返している事でしょう。次の行動を起こすまで、少々、時間はあるはずです。その時が、奴等の終焉となるでしょうが。」


「まさかとは思うが、貴公が裏切る事はあるまいな?」


「その心配は、この件に関しては無用でしょう。しかし、私は、宰相閣下に、少々、恨みもありますので、事が収まった後は知りませんが。」


「"不死身の軍神"とやらは、昔の事をねちねちと、小さい男よのう。恨むなら、フランツ大公を恨めと申したはずじゃが。ワシは、公爵家令嬢の方が、王妃に相応しい器と見込んでいたのだが、断って来たのは大公なのじゃからな。しかし、結果的には、現王妃陛下の方が、その器に相応しく、貴公の奥方は、その場所が限界であると、ワシには見えるがのう。ワシでも、女子の器までは計れぬようじゃ。」


「私の言葉が、少々、足りませんでした。恨みもありますが、それ以上に、感謝もしておりますよ。」



* * *



その日の帰り道、早い段階で、後を付けられている事には気付いていた。

しかし、その男に殺気が感じられないのを、不思議に思っていた。

流石に真っ直ぐ帰る訳にもいかず、時間も早い為、様子を見ながら機会を伺っていた。


「貴様、何者だ!誰の命令で動いている!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はあんたの敵じゃ無い!味方というか、味方を頼みに来ただけだ!」


その身のこなしと、喉元に突き付けられた刃に怯える態は、とても玄人とは思えない。


「どういう事だ?」


その時、この男が、両手で荷物を抱えている事に気付いた。

その荷物は、なんと、すやすや寝ている赤子だった。


「あんたが、フランツ公だろ?街に出回っている肖像画と、噂に聞いている背格好から見て間違いないと思うんだが。あんた、すげぇ有名人なんだな。知らなかった俺の方が、おかしいようだ。」


「いかにも俺が、ランドルフ・フランツだが。その赤子は何だ?」


「この子の名前はアミル、女の子だ。」


「何!アミル…だと?」


「その反応からすると、話はついてるようだな。この子の母親は、ロージィ。俺は、その弟でハンクだ。」


「この子の母親は何処に居る?」


「その前に、その物騒な物をしまってくれよ。悪いが、あんたに、姉さんの居場所を教える事は出来ない。時間が無いんだ。姉さんは、産後のひだちが悪くて、後どれくらい生きられるか分からないんだよ。だから、最後に故郷を見せてやりたくて。姉さんと相談した結果、この子だけは、あんたに託すのが一番だという結論に達した。」


「この子の母親と話がしたい。俺を姉の所に連れて行け!」


「だから、それは出来ないって言ってるだろ!あんたを信用していないという事じゃないが、一刻も早く、此処を離れたい。俺には理由が分からないが、姉さんは、この子共々、命を狙われているらしいんだ。あんたが見つかったから、今夜にでも出発だ。このビンには、母乳が入ってる。明日の分は無いが、それは、あんたの方で何とかしてくれ。」


「おい、ちょ、ちょっと待て。」


「なっちゃいねぇな。赤子の抱き方も知らねぇのかよ。泣く子も黙る"軍神"なんだろ、あんた。」


その男、というより、まだ少年のようだが、その少年に、無理矢理、赤子を渡され、危なっかしい手つきで受け取る。


「いいか、ちゃんと頼んだからな。俺は、ちょくちょく、この子の様子を、遠くからだが見に来るからな。ちゃんと育てろよ!じゃあな!」


「おい、待て!」


赤子を押し付けられ、暫く、茫然とするしかなかった。

『母親はロージィ、子供の名前はアミル、女の子だそうだ』

その間、ミュラー殿下の言葉が、頭の中で、繰り返し再生されていた。



* * *



「やはり、そうでしたか…。怪しいと思う事も、ありましたから…。何時か、こういう日が来る事は、覚悟していました…。一体、何処の女に産ませたのですか?嫉妬に狂い、早まった真似などは致しませんので、正直に仰って下さい。」


やはり、こうなるか…。

あの少年に、一緒に説明して貰うべきだった。


「ちょっと待て、フェリス!お前は勘違いをしている。」


「勘違い?確かに、勘違いをしておりました。ランドルフ様は、外に妾などは作らない御方だと…。勘違いというより、信じていたと言うべきでしょう…。しかし、フランツ家の為には、こうするべきだとは思っていました…。頭では…、頭では…、分かって…、分かって…。」


妻の頬に涙が零れ落ちる。

その涙は、卑怯だと思うが、非常にまずい事態になった。

義父上が居ない事が、救いではあるが。


「まずは、落ち着け!順を追って説明する。」


「言い訳等は、聞きたくありません!」


「だから、言い訳ではなくて、経緯を説明するのだ!ジェニー!お前にも説明するから、一緒に来い!」


涙を流すフェリスの横で、鬼の形相で俺を睨むジェニーにも、説明しておく必要がある。

俺の名誉の為に…、ではなく、この赤子の未来の為に…。





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