クソ喰らえ!
お前も転生してみろよ!
プロローグ:高すぎる壁
目が覚めると、視界が白かった。
いや、視界というか、自分自身が滑らかな白い陶器になっていた。
(……は? 便器? 俺、トラックに跳ねられて小便器に転生したの……?)
冷たい壁面にへばりつく俺の体に、重厚なステップが近づいてくる。身長190センチはあろうかというドイツ人男性が、何食わぬ顔で俺の正面に立った。
静かな水音。流れる洗浄水。うん、清掃が行き届いていて気持ちがいい。ドイツの工業技術と衛生観念は素晴らしい——そう思ったのも束の間だった。
「……うわっ、高っ!? なんだよこれ、届かねぇよ!」
聞き覚えのある日本語だ。見下ろすと、黒髪の日本人男性観光客が必死に背伸びをしていた。
ドイツの小便器は設置位置が高い。設置面の下端が床から60センチ以上離れていることもざらだ。
日本人男性は苦悶の表情を浮かべ、爪先立ちで俺に近づいてくる。
(やめろ! 来るな! 届いてない! あたる! あたるって!!)
ペトッ。
「ひっ……!」
俺の冷たい磁器の縁に、彼の命の先端が直接接触した。
絶叫したのは彼か、それとも俺か。ドイツの洗礼は、あまりにも高く、そして冷たかった。
第1章:限界の開放感(中国農村部)
ドイツでの役目を終え(酔っ払いに叩き割られた)、次に目覚めたとき、俺は屋外にいた。
いや、屋根はある。だが、ドアがない。仕切りすらない。
(ここ……どこだ?)
腐食した泥と強烈なアンモニア臭。ここは現代中国の田舎町、いわゆる「ニーハオトイレ」の現場だった。
俺は一応壁に取り付けられた鉄製の流しのような小便器だったが、もはや機能していなかった。
「おーい、王さん! 今日のキャベツの出荷どうするよ!」
「ああ? 15元で出すに決まってんだろ!」
目の前で、地元のおっちゃんたちが朗らかに世間話をしながら、思い思いの方向へ解き放っている。
(かけるな! 床にかけるな! 溝を狙え! ていうか俺にかかってすらいない! どこに放出してんだよ!)
衛生という概念が暴風に吹き飛ばされたような世界。俺はただ、踏みつけられる泥とアンモニアの海の中で、文明のありがたみを涙(洗浄水)とともに噛み締めるしかなかった。
第2章:消えた便座と極寒の生尻
中国での泥まみれの日常から解き放たれ、次に目を覚ますと、そこは極寒の地だった。
うっすらと凍りつく窓。俺の体はどっしりとした洋式大便器になっている。
(よし、洋式だ! これならゆっくり座ってもらえる——って、あれ……?)
違和感を覚えて自分の上部を「凝視」した俺は、戦慄した。
プラスチック製の「便座」がない。ネジ穴だけを残し、キレイサッパリ消え去っていたのだ。
(便座は!? 俺のプラスチックの優しさはどこ行った!!??)
そこへ、防寒具を身にまとった大柄なロシア人男性が入ってきた。彼は便座がないことなど百も承知と言わんばかりの慣れた手つきでズボンを下ろしすると——
冷酷なる磁器のフチへ、直に生尻をアタックさせた。
「ひぃんっ……!!」
悲鳴を上げたのは俺だ。マイナス5度の室内で冷やされた俺の生の陶器肌に、人間の生肉がダイレクトに密着する。相手も相手で「ス〜……スパシーバ……」と息を呑みながら耐えている。
(なんで便座がないんだよ! 盗まれたのか!? 誰が便座なんか持ち去るんだよ!!)
便座という文明のクッションを剥ぎ取られ、人間と磁器が冷たさの限界でしのぎを削る過酷なロシアの冬。俺は「便座」というパーツの偉大さを、身をもって思い知らされたのだった。
第3章:地獄の逆流大噴火
ロシアの極寒に耐えかねて(寒さでヒビが入った)、次に目覚めたのは陽光が差し込む南国のリゾートホテルだった。
カラフルなタイル、澄み渡る青空。
(おおっ! ついにリゾートか!?)
だが、俺の横には『トイレットペーパーはゴミ箱へ』という怪しげなスペイン語の注意書き。
そこへやってきたのは、テンガロンハットをかぶったアメリカ人観光客だった。彼は注意書きをチラリとも見ず、ぶっとい紙をドッサリと巻き取り、豪快に用を足して俺の体内に放り込んだ。そして、レバーをガチャン。
(やめろ! ここの配管は激細なんだ! 紙を流しちゃダメなんだって——!!)
ゴボゴボッ……ガガガッ!
一瞬の静寂の後、配管の奥深くで絶望的な「詰まり」の音が響いた。
排水されるはずだった水が、勢いを失って俺の喉元で止まる。そして——
ゴボッ! ブシャアアアアッ!!!
(いでででで! 出る! 戻ってくる! 汚物が逆流してくるうううう!!)
キャパシティを超えた水と汚物が、俺の口から逆流し、バスルームの床へと大噴火を起こした。
「オーマイガー! マーガレット、パニックだ!」と叫びながら逃げ出す観光客。
自らの吐瀉物にまみれながら、俺はただ虚空を見上げて泣いた。配管の細さを舐めてはいけない。
第4章:ドレスとサロンの優雅な惨劇(中世ヨーロッパ)
メキシコでの逆流トラウマに震えながら、次に目覚めたのは豪奢な部屋だった。
ベルベットのカーテン、木製の重厚な椅子。
(おお……! ついにまともな部屋に! ん? でも俺、椅子の形をしてないか? 木の穴の中に金属の桶……これ、おまるか!?)
カサカサと音を立てて部屋に入ってきたのは、華やかなドレスを身にまとった貴婦人たちだった。
巨大なレースのスカート、高く結い上げられた髪。
(まさか……念願の女性用トイレ!? 転生無双、ついに開幕か!?)
俺の期待は最高潮に達した。だが、ご婦人たちは脱ぎもしなければ、個室にこもりもしない。
一人の婦人が、広大なスカートの裾をふわりと持ち上げ、俺の上に堂々と腰掛けた。
「そう言いましたのよ、オーブリー伯爵が」
「まあ、なんて不躾な!」
婦人たちは優雅に紅茶のカップを手に持ち、カチャンと音を立てて一口すする。
次の瞬間。
ブババババッ!! ぶりぶりぶり!!
(なっ……!!??)
スカートの暗闇の中で、雷鳴のような轟音が響き渡る。
中世ヨーロッパ。個別個室など存在せず、排泄は社交場であり、お茶を飲みながら談笑し、豪快にぶち撒けるのが貴族のステータスであった時代。
「ほほほ、今日のスコーンは少しお腹にきますわね」
「お互い様ですわ、ほほほ」
優雅な笑顔と、俺の中に溜まっていく凄まじい密度のブツ。
暗闇のドレスの中で、俺は己の欲深さを深く、深く恥じた。
第5章:『Convenience』の悟り(現代イギリス)
次に目が覚めたとき、俺は緑色の重厚な鋳物に囲まれていた。
ロンドンの街角。看板にはこう書かれている。
『PUBLIC CONVENIENCE』
(パブリック・コンビニエンス……? コンビニ? トイレのことか!?)
直訳すれば「公共の便利さ」。イギリスにおける公衆トイレの伝統的な呼称だ。
重厚なヴィクトリア調の意匠、磨かれた真鍮のパイプ。これまでの過酷な旅に比べれば、天国のような場所だった。
夜になると、パブ帰りの紳士(と酔っ払い)たちがやってくる。
「やあ便器くん、今日もいい仕事をしてるね」
「フットボールでボロ負けしたよ、愚痴を聞いてくれ」
彼らは俺に向かって放出しながら、人生の悲喜交々を語りかけてくる。
高すぎるドイツ。汚すぎた中国。便座の消えたロシア。逆流大噴火のメキシコ。狂気の過激さだった中世ヨーロッパ。
それら全てを経験した今の俺には、彼らの小小便を受け止めることなど、造作もないことだった。
(いいんだよ、全部出していきな。俺が全部流してやるからさ)
便利(Convenience)とは、ただ機能が優れていることではない。人間の愚かさも、汚さも、溢れ出るすべてを無言で受け止める包容力のことなのだ。
夜風がロンドンの街を吹き抜ける。
ハイネケンの黄金色の液体を全身で浴びながら、俺は今日も静かに、そして誇り高く洗浄水を流すのだった。
エピローグ:究極の安らぎと、手遅れの覚悟
パブリック・コンビニエンスとしての天寿を全うした俺の魂は、次なる安住の地を求めて暗闇を漂っていた。
もう高すぎる壁に絶望することも、泥とアンモニアに塗れることも、便座を盗まれて生尻の冷たさに耐えることも、逆流して自爆することも、ドレスの暗闇で豪快な音に震えることも嫌だ。
(次は……次こそは、絶対日本のシャワートイレだ!!)
温かい便座、繊細な水流、心地よい乾燥風、そして優雅な擬音装置。
世界の便器界を巡り抜けた俺が行き着いた至高の聖地——日本のハイテク温水洗浄便座。それこそが、便器として生まれ変わる者の最終到達点のはずだった。
そして、光が差し込む。
「ウィーン……」
人感センサーが作動し、俺の蓋が静かに自動で開いた。
清潔で明るい空間。ほのかに漂う石鹸の香り。
(ちゃんと温かい便座がある! 盗まれてない! 配管も極太で詰まらない!)
座面からはじんわりと心地よい温もりが伝わってきて、脱臭ファンが静かな音を立てて回っている。
(あぁ……温かい……! 素晴らしい! これぞ日本の技術力! これぞ究極のホスピタリティ……!)
快適すぎる機能の数々に、俺の磁器面は歓喜に震えた。
だが、感動が一巡したそのとき。ふと、冷や水(いや温水)を浴びせられたような冷静さが頭をよぎった。
(……待てよ?)
ふと我に返り、俺は自分の置かれた状況を客観的に見つめ直した。
(俺……なんでまたトイレへの転生を願っちゃってんの……???)
異世界、過去、現代、どこだってよかったはずだ。
もし転生できるなら、剣と魔法の世界の「王様」とか、大富豪のイケメン御曹司とか、ハーレムを築く勇者とか、いくらでも最高な選択肢があったはずだろ!?
なんで「最高の便器」を目指して自ら念願しちゃってんだよ!
(バカなのか俺は!? どんだけ便器魂に染まってんだよ!!)
自分自身の迷走した欲望に絶望しかけた、まさにその瞬間。
カチャリとドアが開き、疲れ果てた表情のサラリーマンが入ってきた。
彼はホッと息をつきながらズボンを下ろし、俺の温かい便座の上に腰を下ろした。
「ふぅ……やっぱり家のトイレが一番落ち着くなぁ……」
……やめろ。そんな心から寛いだ顔をするな。
転生したくねー!




